全てあなたに捧げるために
「それでも、自分が受けた地獄を繰り返さない為にって、何かを考えることはできたはずでしょう?」
「そうだね」
「大体、蔵なんてそんな─……」
はた、と、桂華は頭の端の記憶が呼び戻される。
黙った桂華に、凪は察したのだろう。
「─思い出した?昔、水無瀬家が全体的に改修工事に入ってたこと」
「……ん」
「そう。それこそがね、お父上の条件だった。自分が苦しめられた、窓のない部屋や地下牢、大きな蔵など、そういう全てを処分させたんだ。隠された部屋が存在しないよう、全てを確認した上で。翠の意思を最大限尊重する条件で、彼は泣く泣く手放した」
それでも、翠が閉じこもる地獄を完成させたあと爺さんは……いや、水無瀬家の闇は深いのかもしれない。
「それをね、透雅は知っていた。知っていたからこそ、お父上を責めなかった。知っていたからこそ、桂華の執事になるはずだった翠を攫った」
「いや、それは誰にも渡したくないからでしょ」
「そうだね。それが9割かも。でも、あそこで釘を刺したからこそ、彼は大きなことを言えなくなった。翠に何を言っても、それは自分の教育のせいで、透雅に筒抜けになるからね。余計な口を叩けないよね」
「……基本的に、執事に感情は必要ないって公言するような人だから、どっちかって言うと、翠に対して、透雅が吐かせるが正しいんじゃ?」
「どっちでもいいよ。結末同じだしね」
長年、ふたりを見守り続けているから、最近はもう焦れったいというか、なんというか。
翠の傷を理解出来なくても、知ってしまったから、余計なことはできないってのが─……。
「あ」
「?、どしたの、桂華」
「や……そいや、そろそろ、透雅の誕生日じゃんと思って。毎年、翠がプレゼントを悩みすぎて知恵熱出すじゃん?だからそんなことになる前に、手助けしなきゃって」
そろそろ、7月が終わる。
透雅の誕生日は10月の初めだから……。
「スパイってこと?」
あまりにも個人でのお祝い事にしては動き出すには早すぎるのだが、毎年恒例なので、今更、凪も突っ込まない。
「そそ。─まぁ、そうやってあたふたしている翠を見て、透雅は馬鹿みたいに喜んでるから、少し間を空けてやるのがコツ」
「二人揃って、意地悪すぎない?」
「んー……最近はちょっと、反省気味ではある」
それでも、透雅のプレゼントを真剣に悩む時の横顔は、ただの恋する乙女だ。それを自覚していない翠。
それでいて、翠の心を優先するあまり、翠に思うままに手を伸ばせない透雅からしたら、幸せな時間だろう。
桂華がそう言うと、凪は肩を竦めて。
「拗らせてるねぇ」
と、呟いた。