選ばなかった人生

 その日の夜。
 仕事帰りにスーパーへ寄った。
 買い物を終えて外へ出たところでスマホが鳴った。
 娘からだった。

 『お菓子買ってくれた?』
 『もう買ったよ』
 『やった!ありがとう』
 
 続けて夫からもメッセージが入る。
 
 『今日ちょっと遅くなる』

 私は画面を見つめた。

 「……またか」
 
 小さく呟いた。
 その瞬間だった。
 買い物袋の底が破れた。
 野菜が転がりお菓子が道路に散らばった。

 「あ……」
 
 しゃがみ込む私の横に、杖をついた老人が近づいてきた。

 「大丈夫ですか?」
 「すみません……」
 
 老人は何も言わず、一緒に拾ってくれた。

 「ありがとうございます」
 「いえいえ」

 老人は拾ったお菓子を私に渡した。
 「お子さんのお菓子ですか?」
 パッケージには有名な子供向けキャラクターが描かれている。
 
 「そんなとこです」
 「そうですか」
 
 老人は少し笑った。
 
 「大変でしょう」
 
 なぜかそんなことを言われた。
 とても優しい表情だった。
 どうしてか、その言葉を聞いた瞬間涙が出そうになった。
 
 「……はい」
 「お見かけしたところだいぶ疲れてそうだったので」
 
 一瞬動きが止まる。

 「不躾な物言いですみません」
 「……いえ」

 ……なぜ?
 不思議な感覚だった。
 見ず知らずの老人なのに嫌な感じがせず、警戒心も湧いてこない。
 口が勝手に動いた。

 「子供は可愛いんです」
 
 老人は黙って聞いている。
 
 「本当に可愛い。でも……」
 
 私は言葉を止めた。
 
 「時々、一人になりたいと思ってしまうんです」
 
 老人は驚かなかった。

 「そういうこともありますよ」
 
 その一言に胸が詰まった。
 
 「夫も悪い人じゃないんです。でも、子供のことはほとんど私で……」
 
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