選ばなかった人生

 老人は少し遠くを見るような目をした。

 「そうですか」
 「私、母親に向いてなかったのかもしれません」
 「……」
 「独身だった頃に戻れたらって、何度も思います」
 
 しばらく沈黙が続いた。
 やがて老人が尋ねた。

 「もし、本当に人生をやり直せるとしたら?」
 私は笑った。

 「そんなこと、できるわけないでしょう」
 「もし、できるとしたら?」

 私は少し考えた。
 そして、冗談のつもりで言った。
 
 「……子供のいない人生がいいです」
 
 老人は私を見た。

 「そうですか」
 
 それだけ言って、老人は歩いていった。
 私はその背中を不思議な感覚で見送った。

 ……変なおじいさん。

 その日のことはそれで終わった。
 ――そう思っていた。


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