サヨナラは未来のはじまり ―君が描いた物語の、その先へ―
第1話「放課後図書室の奇跡」
放課後のチャイムが鳴った。
校舎のあちこちから、生徒たちの話し声や笑い声が聞こえてくる。
「じゃあ栞、また明日ね!」
「うん、麗美ちゃんも部活頑張ってね!」
教室の入り口で手を振る友達に笑顔で手を振り返し、朝比奈栞は鞄を肩に掛けた。
高校二年生で文芸部に所属している栞は、友達も多く、学校生活はそれなりに充実している。
中でも一番仲がいいのは、同じクラスの桜庭麗美。
高校に入学して一番最初にできた友達だった。
一年の頃から二年間クラスが同じで、今では嬉しかったことも、悩んでいることも、くだらない愚痴さえも話せる親友だ。
麗美と過ごす時間も楽しい時間ではあるが、栞にはもう一つ楽しみがあった。
それは、学校の旧校舎にある図書館。
新校舎が建てられてから、旧校舎の図書館を利用する人の数は激減し、調べものをする人が時々利用している程度ではあったが、栞にとっては秘密基地のように癒される場所でもあった。
どこか切ない橙色に染まり始めてる夕暮れ時の校舎。
築年数の古い木の床が歩くたびにきしりと小さく鳴るそこは、校内でも指折りの静寂が約束された場所だった。
少し古びた木製の扉。
年季の入った本棚。
窓から差し込む西日。
静かな空間に漂う、紙と古い木の匂い。
栞はこの図書館で過ごすひと時が楽しみだった。
文芸部に所属している栞は、小説を読むのも書くのも好きだったが、それ以上に人生のバイブルとして愛してやまない作品があった。
大人気バトルファンタジー漫画、『ブレイブクロニクル』。
中でも栞が心を奪われているのが、作中で圧倒的な頭脳とクールな佇まいを見せる参謀役、早瀬秀馬だ。
冷徹な判断力の中に覗かせる不器用な優しさ、仲間を密かに思いやる深情け。
栞にとって秀馬は、単なる二次元のキャラクターを超えて、半ば本気の恋心を抱いてしまうほど特別な存在だった。
栞はいつもの窓際の席へ向かい、鞄を置いた。
そして、鞄の中から取り出された一冊の漫画。
表紙には、四人の少年が描かれている。
表紙を見るだけで顔が緩んでしまう。
もちろん、ストーリーも好きだ。
妖怪、人間、死神。
人間の負の感情を喰らう妖怪たちと戦う少年たち。
友情、戦い、葛藤。
何度読み返しても面白い。
栞にとっての最推し、早瀬秀馬。
「秀馬くん、今日もかっこいい……」
思わず頬が緩む。
漫画の中の秀馬は、何をやらせても完璧だった。
頭が良くて、冷静で、戦闘では誰よりも仲間のことを考えている。
しかも、滅多に感情を表に出さないからこそ、ほんの少し笑っただけで破壊力がすごい。
「こんな人が現実にいたらなぁ……」
栞はページを指先でそっとなぞる。
「秀馬くんが現実に現れないかなぁ」
思わず口をついて出たのは、いつもの口癖だった。
現実の男子にはない凛とした強さと優しさを持つ彼が、もしこの目の前に現れたら。
そんな叶うはずのない妄想を抱くこと自体が、栞のささやかな癒やしだったのだ。
夕日が窓から差し込み、図書室全体を黄金色に染め上げていく。
鳥の羽音すら聞こえそうな静寂の中、栞は秀馬が大きく描かれた名場面の見開きページに差し掛かったその時だった。
カサッ、とページが小さく鳴った。風が吹いたわけではない。
「……え?」
栞が目を見張った瞬間、周囲の景色が奇妙な変貌を遂げ始めた。
窓から差し込む夕光が静止し、視界の端々が、まるで漫画の「コマ割り」のように四角くひび割れていく。
影の濃い部分がスクリーントーンのような幾何学的な粒状に揺らぎ、空間そのものが現実の立体感を失っていくかのような錯覚。
「な、なにこれ……!?」
慌てて立ち上がろうとしたが、体が金縛りに遭ったように動かない。
視線の先、手元に広げた『ブレイブクロニクル』の本から、一筋の細い光が立ち上った。
光は瞬く間に膨れ上がり、図書室全体を丸ごと呑み込むほどの眩い閃光となって弾けた。
突然の弾けるような光に栞の意識は一瞬吹き飛んでしまう。
次の瞬間、栞はいつもと変わらない光景の中にいた。
(今のは一体何だったのだろうか…)
よく分からない不思議な感覚に困惑しつつ、今日はもう帰ろうと席を立ったその時だった。
栞の目の前に一人の男性の姿が映る。
学校の制服ではないが、見慣れた格好をしていた。
まるでコスプレのような…格好だけではなく髪型や瞳の色までまったく同じ。
舞い散る微かな埃と、夕暮れの光が交差する中に立つその姿を目にした瞬間、栞の息が完全に止まった。
彼と一心同体のように周りを覆う真紅の鎖。
夕日の光ともマッチするような赤茶色の髪、すべてを見通すかのように冷たく、けれど強い意志を秘めた鋭い瞳。
整いすぎた鼻筋と、引き結ばれた唇。
絵画でも、スクリーントーンの集合体でもなく、圧倒的な圧倒的存在感をもってそこに彼が『立っている』。
あまりの出来事に栞は頭の中がついていけずにいた。
心臓が跳ね上がる音だけが、耳の奥で激しく打鐘を鳴らしている。
(嘘……でしょ……?)
信じられない光景が今栞の目の前に存在している。
妄想でも、夢でもない。
目の前にいるのは、間違いなく——『ブレイブクロニクル』の参謀、早瀬秀馬その人だった。
怪訝そうに周囲を見回す秀馬と、目が合う栞。
真紅の鎖をジャラリと小さく鳴らし、鋭い視線で近づいてくる。
栞はその場から動くことが出来なかった。
「……ここは、どこだ?」
低く、どこか凛とした声が図書室の空気を振るわせた。
言葉の意味を理解するより前に、栞の視界が涙で潤んでいく。
絶対に叶うはずのなかった奇跡。
栞の手から一冊の漫画「ブレイブクロニクル」が床に落ちた。
そして、そのページには秀馬の姿が消えていたのだった。
校舎のあちこちから、生徒たちの話し声や笑い声が聞こえてくる。
「じゃあ栞、また明日ね!」
「うん、麗美ちゃんも部活頑張ってね!」
教室の入り口で手を振る友達に笑顔で手を振り返し、朝比奈栞は鞄を肩に掛けた。
高校二年生で文芸部に所属している栞は、友達も多く、学校生活はそれなりに充実している。
中でも一番仲がいいのは、同じクラスの桜庭麗美。
高校に入学して一番最初にできた友達だった。
一年の頃から二年間クラスが同じで、今では嬉しかったことも、悩んでいることも、くだらない愚痴さえも話せる親友だ。
麗美と過ごす時間も楽しい時間ではあるが、栞にはもう一つ楽しみがあった。
それは、学校の旧校舎にある図書館。
新校舎が建てられてから、旧校舎の図書館を利用する人の数は激減し、調べものをする人が時々利用している程度ではあったが、栞にとっては秘密基地のように癒される場所でもあった。
どこか切ない橙色に染まり始めてる夕暮れ時の校舎。
築年数の古い木の床が歩くたびにきしりと小さく鳴るそこは、校内でも指折りの静寂が約束された場所だった。
少し古びた木製の扉。
年季の入った本棚。
窓から差し込む西日。
静かな空間に漂う、紙と古い木の匂い。
栞はこの図書館で過ごすひと時が楽しみだった。
文芸部に所属している栞は、小説を読むのも書くのも好きだったが、それ以上に人生のバイブルとして愛してやまない作品があった。
大人気バトルファンタジー漫画、『ブレイブクロニクル』。
中でも栞が心を奪われているのが、作中で圧倒的な頭脳とクールな佇まいを見せる参謀役、早瀬秀馬だ。
冷徹な判断力の中に覗かせる不器用な優しさ、仲間を密かに思いやる深情け。
栞にとって秀馬は、単なる二次元のキャラクターを超えて、半ば本気の恋心を抱いてしまうほど特別な存在だった。
栞はいつもの窓際の席へ向かい、鞄を置いた。
そして、鞄の中から取り出された一冊の漫画。
表紙には、四人の少年が描かれている。
表紙を見るだけで顔が緩んでしまう。
もちろん、ストーリーも好きだ。
妖怪、人間、死神。
人間の負の感情を喰らう妖怪たちと戦う少年たち。
友情、戦い、葛藤。
何度読み返しても面白い。
栞にとっての最推し、早瀬秀馬。
「秀馬くん、今日もかっこいい……」
思わず頬が緩む。
漫画の中の秀馬は、何をやらせても完璧だった。
頭が良くて、冷静で、戦闘では誰よりも仲間のことを考えている。
しかも、滅多に感情を表に出さないからこそ、ほんの少し笑っただけで破壊力がすごい。
「こんな人が現実にいたらなぁ……」
栞はページを指先でそっとなぞる。
「秀馬くんが現実に現れないかなぁ」
思わず口をついて出たのは、いつもの口癖だった。
現実の男子にはない凛とした強さと優しさを持つ彼が、もしこの目の前に現れたら。
そんな叶うはずのない妄想を抱くこと自体が、栞のささやかな癒やしだったのだ。
夕日が窓から差し込み、図書室全体を黄金色に染め上げていく。
鳥の羽音すら聞こえそうな静寂の中、栞は秀馬が大きく描かれた名場面の見開きページに差し掛かったその時だった。
カサッ、とページが小さく鳴った。風が吹いたわけではない。
「……え?」
栞が目を見張った瞬間、周囲の景色が奇妙な変貌を遂げ始めた。
窓から差し込む夕光が静止し、視界の端々が、まるで漫画の「コマ割り」のように四角くひび割れていく。
影の濃い部分がスクリーントーンのような幾何学的な粒状に揺らぎ、空間そのものが現実の立体感を失っていくかのような錯覚。
「な、なにこれ……!?」
慌てて立ち上がろうとしたが、体が金縛りに遭ったように動かない。
視線の先、手元に広げた『ブレイブクロニクル』の本から、一筋の細い光が立ち上った。
光は瞬く間に膨れ上がり、図書室全体を丸ごと呑み込むほどの眩い閃光となって弾けた。
突然の弾けるような光に栞の意識は一瞬吹き飛んでしまう。
次の瞬間、栞はいつもと変わらない光景の中にいた。
(今のは一体何だったのだろうか…)
よく分からない不思議な感覚に困惑しつつ、今日はもう帰ろうと席を立ったその時だった。
栞の目の前に一人の男性の姿が映る。
学校の制服ではないが、見慣れた格好をしていた。
まるでコスプレのような…格好だけではなく髪型や瞳の色までまったく同じ。
舞い散る微かな埃と、夕暮れの光が交差する中に立つその姿を目にした瞬間、栞の息が完全に止まった。
彼と一心同体のように周りを覆う真紅の鎖。
夕日の光ともマッチするような赤茶色の髪、すべてを見通すかのように冷たく、けれど強い意志を秘めた鋭い瞳。
整いすぎた鼻筋と、引き結ばれた唇。
絵画でも、スクリーントーンの集合体でもなく、圧倒的な圧倒的存在感をもってそこに彼が『立っている』。
あまりの出来事に栞は頭の中がついていけずにいた。
心臓が跳ね上がる音だけが、耳の奥で激しく打鐘を鳴らしている。
(嘘……でしょ……?)
信じられない光景が今栞の目の前に存在している。
妄想でも、夢でもない。
目の前にいるのは、間違いなく——『ブレイブクロニクル』の参謀、早瀬秀馬その人だった。
怪訝そうに周囲を見回す秀馬と、目が合う栞。
真紅の鎖をジャラリと小さく鳴らし、鋭い視線で近づいてくる。
栞はその場から動くことが出来なかった。
「……ここは、どこだ?」
低く、どこか凛とした声が図書室の空気を振るわせた。
言葉の意味を理解するより前に、栞の視界が涙で潤んでいく。
絶対に叶うはずのなかった奇跡。
栞の手から一冊の漫画「ブレイブクロニクル」が床に落ちた。
そして、そのページには秀馬の姿が消えていたのだった。