サヨナラは未来のはじまり ―君が描いた物語の、その先へ―

第2話 ページの向こう側の少年

夕暮れ時の橙色の光が射し込む静寂の中に、一人の少年が立っていた。眩しい。

 彼の姿に、栞の思考回路は大混乱。

 今、目の前にいる彼は誰なのか。

 彼はどうして秀馬君に見えるのか。

 そして、目の前の彼もまた、困惑した顔をしている。

 「ここ…どこ?ってかお前誰?」

 彼の言葉遣いはぶっきらぼうな感じだった。

 そんな雰囲気の彼を見て、この人は秀馬君にそっくりな人だと思う栞。

 しかし、さらに衝撃な出来事を目にする。

 「あ…失礼します」

 栞はその場から逃げようと、床に落ちた漫画を拾った時だった。

 「ちょっと待って」

 彼に呼び止められ、彼は漫画を手にしてペラペラめくり始めると――

 「俺がいない」と、ポツリと言った。

 栞も漫画の中を見ると、なんと、描かれているはずに秀馬の姿だけがどこにもなかったのだ。

 ここで栞は確信し始めていく。

 「あなたはもしかして…本当に秀馬君?」

「……は?」

 秀馬の顔が険しくなる。

「なんだかよく分からないけど、漫画の中から私たちが住んでいる世界に出てきたんだと思う。さっきこの本を読んでいたらすごくまぶしい光が飛び出てきたの」

「は?何言ってんの?意味が分からないんだけど」

「私だって分からないよ!」

 思わず声を荒げてしまう。

 そもそも、一番混乱しているのは栞自身だった。

 漫画の中にいるはずの人物が、目の前にいる。

 そんなこと、ありえるはずがない。

「……待って」

 栞はカバンの中に入っている違う巻の漫画を出して開いた。

『ブレイブクロニクル』の続きの巻には秀馬の姿が描かれていた。

それを見て秀馬は驚き、その漫画を栞から奪い取り、乱暴にペラペラとめくり始めた。

「俺たちが、紙の上に描かれている……? 隼人も、ピオニーも……おい、なんだよこれは! 俺たちの戦いが、全部ここに書かれてるってのか!?」

秀馬は乱暴にページをめくった。パラパラと音を立ててめくられるページには、彼が歩んできた激闘の記録が、セリフ付きで鮮明に印刷されている。

「マジかよ……ふざけんな。俺は……俺はあの決戦の最中に、別の世界に飛ばされたってことか……!?」

冷静沈着で知的で、仲間を静かに支える参謀役。

女性読者にも圧倒的に人気の高いキャラクターとして紹介されていた。

栞も秀馬のことが大好きだった。

「ほら……」

栞は漫画を秀馬に見せた。

「あなたがいる」

「……」

秀馬は黙ってページを見つめる。

「俺……?」

「そう。あなた」

「……ふざけるな」

「え?」

「こんな奴、俺じゃない」

「いやいやいや!」

栞は慌てて漫画を覗き込む。

「秀馬でしょ!?」

「顔は似てるな」

「似てるどころか本人じゃん!」

「だが、こんなこと言わない」

秀馬はページを指差した。

そこには、仲間を励ます秀馬の台詞。

栞が何度も読み返した名場面だった。

「こんなキザなこと、俺が言うと思うか?」

「……え?」

「俺ならもっと普通に言う」

「…………」

栞は秀馬を見た。

漫画の秀馬と実際に目の前にいる秀馬。

そして、更にもう一度漫画の秀馬を見る。

「……性格、違いすぎない?」

「何がだ」

「漫画の秀馬は、もっと落ち着いてて、優しくて、知的で……」

栞は漫画で見ていた秀馬と、目の前にいる秀馬のキャラの違いに困惑していた。

眉間に深いシワを寄せ、「チッ」と舌打ちをし、「マジかよ」「ふざけんな」とガラの悪い言葉を連発している秀馬を見たことがない。

ぶっきらぼうで、口が極めて悪い。

「あの……秀馬くん?」

「ああ!?」

「ひっ……! あ、あのさ……漫画の中だと、君ってすごく落ち着いてて、丁寧な言葉遣いで、クールな頭脳派キャラじゃなかった……? 『俺の計算通りだ』とか言ってたよね……?」

私が思い切って問い詰めると、秀馬はあからさまに嫌そうな顔をして、ハッと鼻で笑った。

「はあ? そんなの本来の俺の言葉じゃねぇよ。あんなキザなセリフ、言わされてただけだっつーの!」

「い、言わされてた!?」

「当たり前だろ! 『参謀らしくしろ』だの『知的そうに見せろ』だの周りが勝手に期待してくるから、合わせて演じてやってただけだ! 実際はあいつらだって、あんなキャラじゃねぇよ。隼人のやつなんか本当は喧嘩嫌いの平和主義者だし、風真だって、漫画じゃバカ扱いされてるけど実際はあいつの方が頭良くて俺に勉強教えてくれてんだからな!」

「設定の裏側が重すぎる!!!!」

秀馬は漫画を見つめながら、静かに息を吐く。

「……俺は、ここに来る前まで普通に戦っていた」

「戦ってた?」

「ああ。隼人たちと一緒に」

その名前を聞いて、栞の胸が跳ねる。

神崎隼人は漫画「ブレイブクロニクル」の主人公。

彼を筆頭に物語が進んでいく。

「じゃあ……本当に『ブレイブクロニクル』の世界から来たの?」

「それが何なのかは知らない。だが……」

秀馬はページをめくる。

そこには、隼人たちの姿。

自分の戦い。

自分の記憶。

そして――自分自身。

「……俺たちの世界が描かれている」

「やっぱり……」

栞は背筋が寒くなった。

偶然でも夢でもなく、本当に漫画の世界から秀馬が来てしまった。

確かに顔は秀馬そのものなのに、知っている秀馬とは、何かが違う。

漫画に描かれているキャラクター。

それは、読者が知っている彼らの一面に過ぎないのかもしれない。

作者が描かなかった部分。

ページの外に存在していた「本当の彼ら」。

栞は初めて、そのことを考えた。

「……なんか」

「何だ」

「漫画って、全部が本当じゃないんだね」

「は?何言ってんの?意味わかんねぇ」

秀馬は呆れたように言った。

しかし。

「……それより問題は」

 栞は頭を抱えた。

「秀馬をどうするかだよ……」

「どうするって?」

「だって、このまま図書室にいるわけにはいかないでしょ!」

「俺は帰る」

「帰れるの?」

「とにかく! 俺は一刻も早く元の世界に戻らなきゃならねぇんだ! 隼人たちが黄泉王と戦ってる最中なんだぞ! 俺が抜けた穴をどうにか埋めてるはずだが、あいつらだけじゃ持たねぇ!」

「戻るって……どうやって!? 漫画から飛び出してきた人を元に戻す方法なんて、私だって知らないよ!」

「知らねぇなら考えろ! お前、この本を持ってただろ! 何か手がかりはないのか!」

「いきなり押しかけてきて無茶言わないでよ! 第一、そのカッコ何!? 真紅の鎖なんて全身に巻きつけてたら、図書室から出た瞬間に警察に通報されるよ!」

「ハッ、通報だと? やってみろ、この鎖で全員縛り上げて──」

「物騒なこと言わないで!!」

言い合いは平行線をたどり、図書室の中に虚しく響き渡る。

外はすっかり日が落ち、夕闇が室内を包み込み始めていた。

(どうしよう……本当にどうしよう……!)

推しが現実世界に現れたという歴史的快挙(?)の喜びなど、一瞬で吹き飛んでいた。

目の前には、ガラは悪いが焦りと不安を隠しきれない二次元の少年。

そして、彼をこのまま放っておけば、間違いなく大騒動になるという現実。

私の家には弟の湊がいるし、勝手に男の人──しかもこんな目立つ格好の人を連れて帰ったら、家を出ている両親に怒られるどころの騒ぎではない。

栞は真剣に悩んだ。

しかし、答えが見つかることはない。

もう、パニック状態だ。

そんな時、栞のスマホにメッセージが届いた。

画面を見ると、麗美からのメッセージだった。

『今部活終わったんだけど、まだ学校にいる?』

「……麗美ちゃん」

栞は画面を見つめる。

麗美ちゃんに相談してみよう。

栞は秀馬に何も相談することなく、麗美に助けを求めた。

「何だその機械は?武器か?」

「スマホだよ。あ…遠くの人と連絡するトランシーバーだよ」

栞はサクサクッと麗美にメールを返した。

『まだ図書館にいるよ!』

麗美にメッセージをすると、図書館まで来てくれることになり、とりあえず安心する栞。

――まだ、この時の栞は知らなかった。

これが、長い長い「サヨナラ」と「はじまり」の物語の、本当の第一歩になることを。

 

ページの向こうからやって来た早瀬秀馬。

彼の「現実世界での物語」は、まだ始まったばかりだった。
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