サヨナラは未来のはじまり ―君が描いた物語の、その先へ―
第5話「彼女になってよ」
秀馬が鵺斗の家で暮らすことになってから、数日が経った。
最初こそ「漫画のキャラクターが現実世界に現れた」という、とんでもない状況に戸惑っていた栞だったが、少しずつ日常は形を作り始めていた。
秀馬は鵺斗の家に匿われる。
そして、学校へ通うために必要な手続きについては、鵺斗の父親の権力によってあっさりと片付けてしまった。
「親父に頼んでみた」
ある日の朝、鵺斗がそう言った。
「親父?」
「うん。学校関係の仕事してるから、事情をうまく話してもらった」
詳しい事情をどこまで話したのかは、栞にも分からない。
父親は持ち前の超法規的なコネと交渉力を発揮し、あっという間に書類上の手続きを整え、秀馬は「朝倉秀馬」として、栞の通う高校に転校することになった。
同じクラスに転校すると聞いたときには栞はビックリした。
ずっと推しだった、異次元の彼が自分と同じクラスで勉強することになるなんて、現実ではありえない出来事だ。
しかし、今目の前にはあり得ることのない現実が起きている。
自己紹介では、秀馬は漫画の中から抜け出したことは伏せていた。
言えば頭がおかしいと誰もが思うだろう。
しかし、それ以前に誰も秀馬の自己紹介をちゃんと聞いていないようだった。
聞いていないというよりかは、聞こえていないと言った方があっているかもしれない。
教室の扉が開いた瞬間。
女子生徒皆が悲鳴をあげる。
赤茶色の髪に、吸い込まれそうなほど鋭く美しい瞳。
モデル顔負けの長身と抜群のスタイル。
制服の着こなしすら異次元のオーラを纏っており、まるで二次元の漫画から抜け出してきたかのような圧倒的イケメンの登場に、クラスの女子どころか隣の教室の女子までが廊下に鈴なりになった。
しかし、そんな女子たちのことを秀馬はうっとおしく思っていた。
秀馬が転校してきて数日は、女子生徒のほとんどが周りに集まり秀馬に話しかけていたのだが、その狂騒曲が静まり返ったのはあっという間でもあった。
「朝倉くん! 好きな食べ物はなに? 連絡先教えて!」
「うるさい。話しかけるな」
「朝倉くん、次の授業の教室、案内してあげる!」
「邪魔だ。群がるな、気安く触るな」
「あ、あの! 休日に一緒に遊びに──」
「興味ない。消えろ」
あまりにもぶっきらぼうで、容赦のない劇薬のような毒舌。
女子たちが親切心や好奇心で近づくたび、秀馬は容赦なく冷酷な言葉で一蹴し続けた。
そして、次第に誰も秀馬に寄り付かなくなっていた。
栞は秀馬のことを心配する。
♦
放課後、一人で窓の外を見ている秀馬に栞が話しかける。
「秀馬くん…」
「何だ」
「もう少し言い方を考えたほうがいいよ」
「面倒くせぇ。あいつら、俺の中身なんて見ちゃいねぇよ。上っ面の顔だけに群がってきてベラベラと……反吐が出る。俺は元々、馴れ合いなんて嫌いなんだ」
「それはそうかもしれないけど……孤立しちゃったら学校生活大変だよ?」
「知るか。俺は観光しに来たわけじゃねぇ。元の世界に戻る方法を探すまでの暇つぶしだ」
強がりな口調で吐き捨てる秀馬だったが、どこか寂しそうな雰囲気にも感じて見える栞。
沈黙が流れる夕暮れの教室。
沈黙が流れた後、秀馬はポツリと口を開いていった。
「俺だって彼女が欲しい」
「え?」
(いきなり口を開いたかと思えば、唐突に何を言い出すんだ?)
「本来の世界では、結末にはみんなカップルになっているのに、俺だけ恋愛要素ないんだよ」
栞は目を瞬かせた。
確かに。
主人公の隼人にも恋愛関係がある。
他の仲間たちにも、それぞれ恋愛や友情の物語が描かれており、物語が進むにつれて、仲間たちはそれぞれ誰かと結ばれていった。
けれど――。
「俺だけ、何もない」
秀馬が呟く。
「……」
「なんでだろうな」
「秀馬くんは作中でもモテてたし告白もされていたよね?でも、戦いに巻き込まれるからって振っちゃったんだよね」
「そうだよ。俺は他の奴らとは違うんだよ」
少しだけ寂しそうな声に栞は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
(秀馬くんは作中でもよく言っている。「俺は他の奴らとは違う」って)
漫画の中で、何度も秀馬が一人でいる場面。
仲間たちが楽しそうにしている場面で必ず言っていた。
当時は、秀馬らしいクールな台詞だと思っていたが、今、目の前にいる秀馬が口にした言葉は、格好つけた台詞には聞こえなかった。
まるで――
自分自身に問いただしているような…。
「漫画でも言ってたよね」
「……」
「何度も」
秀馬の表情がわずかに変わった。
「そうなのか?」
「うん」
「……覚えてない」
「え?」
「俺は、そんなに言った覚えはない」
栞は漫画を思い出した。
確かに、秀馬は何度も同じ言葉を口にしていた。
(もしかして、無意識で言ってる言葉なの…?)
「私は正直、今の秀馬くんに戸惑ってる。毎日推しの秀馬くんを見て、いろいろなシーンを妄想するのが楽しみだったから。でも、今の秀馬くんは全然私のイメージとは違うんだもん」
「そんなこと言われてもこれが俺なんだよ」
「そう。でもそれって漫画から出て来たとか、現実の人とか関係なくて、どんな人でも想像とは違うものだと思う。それでも私は今の秀馬くんに幻滅はしていない」
秀馬の目を見つめて栞は言った。
「大好きな推しの新しい一面を見ることが出来て嬉しい気持ちもあるかな」
栞は素直に自分の気持ちを秀馬に言った。
言った後で突然恥ずかしくなり、身体全体が熱くなっていく。
「あ…今のは忘れて…私なに言ってるんだろう…」
栞はパニックでアタフタしてしまう。
そんな栞に秀馬は距離を詰めて言った。
「お前、そんなに俺が好きなの?」
真っ直ぐな瞳で見られ、顔を赤くする。
(そんなに近づいて私の顔見ないで…!!)
「……だったら」
秀馬が言った。
「俺の彼女になってよ」
「…………え?」
栞の思考が止まった。
「──ええええええええええええッ!?」
放課後の誰もいない教室に、私の絶叫が虚しく響き渡ったのだった。
最初こそ「漫画のキャラクターが現実世界に現れた」という、とんでもない状況に戸惑っていた栞だったが、少しずつ日常は形を作り始めていた。
秀馬は鵺斗の家に匿われる。
そして、学校へ通うために必要な手続きについては、鵺斗の父親の権力によってあっさりと片付けてしまった。
「親父に頼んでみた」
ある日の朝、鵺斗がそう言った。
「親父?」
「うん。学校関係の仕事してるから、事情をうまく話してもらった」
詳しい事情をどこまで話したのかは、栞にも分からない。
父親は持ち前の超法規的なコネと交渉力を発揮し、あっという間に書類上の手続きを整え、秀馬は「朝倉秀馬」として、栞の通う高校に転校することになった。
同じクラスに転校すると聞いたときには栞はビックリした。
ずっと推しだった、異次元の彼が自分と同じクラスで勉強することになるなんて、現実ではありえない出来事だ。
しかし、今目の前にはあり得ることのない現実が起きている。
自己紹介では、秀馬は漫画の中から抜け出したことは伏せていた。
言えば頭がおかしいと誰もが思うだろう。
しかし、それ以前に誰も秀馬の自己紹介をちゃんと聞いていないようだった。
聞いていないというよりかは、聞こえていないと言った方があっているかもしれない。
教室の扉が開いた瞬間。
女子生徒皆が悲鳴をあげる。
赤茶色の髪に、吸い込まれそうなほど鋭く美しい瞳。
モデル顔負けの長身と抜群のスタイル。
制服の着こなしすら異次元のオーラを纏っており、まるで二次元の漫画から抜け出してきたかのような圧倒的イケメンの登場に、クラスの女子どころか隣の教室の女子までが廊下に鈴なりになった。
しかし、そんな女子たちのことを秀馬はうっとおしく思っていた。
秀馬が転校してきて数日は、女子生徒のほとんどが周りに集まり秀馬に話しかけていたのだが、その狂騒曲が静まり返ったのはあっという間でもあった。
「朝倉くん! 好きな食べ物はなに? 連絡先教えて!」
「うるさい。話しかけるな」
「朝倉くん、次の授業の教室、案内してあげる!」
「邪魔だ。群がるな、気安く触るな」
「あ、あの! 休日に一緒に遊びに──」
「興味ない。消えろ」
あまりにもぶっきらぼうで、容赦のない劇薬のような毒舌。
女子たちが親切心や好奇心で近づくたび、秀馬は容赦なく冷酷な言葉で一蹴し続けた。
そして、次第に誰も秀馬に寄り付かなくなっていた。
栞は秀馬のことを心配する。
♦
放課後、一人で窓の外を見ている秀馬に栞が話しかける。
「秀馬くん…」
「何だ」
「もう少し言い方を考えたほうがいいよ」
「面倒くせぇ。あいつら、俺の中身なんて見ちゃいねぇよ。上っ面の顔だけに群がってきてベラベラと……反吐が出る。俺は元々、馴れ合いなんて嫌いなんだ」
「それはそうかもしれないけど……孤立しちゃったら学校生活大変だよ?」
「知るか。俺は観光しに来たわけじゃねぇ。元の世界に戻る方法を探すまでの暇つぶしだ」
強がりな口調で吐き捨てる秀馬だったが、どこか寂しそうな雰囲気にも感じて見える栞。
沈黙が流れる夕暮れの教室。
沈黙が流れた後、秀馬はポツリと口を開いていった。
「俺だって彼女が欲しい」
「え?」
(いきなり口を開いたかと思えば、唐突に何を言い出すんだ?)
「本来の世界では、結末にはみんなカップルになっているのに、俺だけ恋愛要素ないんだよ」
栞は目を瞬かせた。
確かに。
主人公の隼人にも恋愛関係がある。
他の仲間たちにも、それぞれ恋愛や友情の物語が描かれており、物語が進むにつれて、仲間たちはそれぞれ誰かと結ばれていった。
けれど――。
「俺だけ、何もない」
秀馬が呟く。
「……」
「なんでだろうな」
「秀馬くんは作中でもモテてたし告白もされていたよね?でも、戦いに巻き込まれるからって振っちゃったんだよね」
「そうだよ。俺は他の奴らとは違うんだよ」
少しだけ寂しそうな声に栞は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
(秀馬くんは作中でもよく言っている。「俺は他の奴らとは違う」って)
漫画の中で、何度も秀馬が一人でいる場面。
仲間たちが楽しそうにしている場面で必ず言っていた。
当時は、秀馬らしいクールな台詞だと思っていたが、今、目の前にいる秀馬が口にした言葉は、格好つけた台詞には聞こえなかった。
まるで――
自分自身に問いただしているような…。
「漫画でも言ってたよね」
「……」
「何度も」
秀馬の表情がわずかに変わった。
「そうなのか?」
「うん」
「……覚えてない」
「え?」
「俺は、そんなに言った覚えはない」
栞は漫画を思い出した。
確かに、秀馬は何度も同じ言葉を口にしていた。
(もしかして、無意識で言ってる言葉なの…?)
「私は正直、今の秀馬くんに戸惑ってる。毎日推しの秀馬くんを見て、いろいろなシーンを妄想するのが楽しみだったから。でも、今の秀馬くんは全然私のイメージとは違うんだもん」
「そんなこと言われてもこれが俺なんだよ」
「そう。でもそれって漫画から出て来たとか、現実の人とか関係なくて、どんな人でも想像とは違うものだと思う。それでも私は今の秀馬くんに幻滅はしていない」
秀馬の目を見つめて栞は言った。
「大好きな推しの新しい一面を見ることが出来て嬉しい気持ちもあるかな」
栞は素直に自分の気持ちを秀馬に言った。
言った後で突然恥ずかしくなり、身体全体が熱くなっていく。
「あ…今のは忘れて…私なに言ってるんだろう…」
栞はパニックでアタフタしてしまう。
そんな栞に秀馬は距離を詰めて言った。
「お前、そんなに俺が好きなの?」
真っ直ぐな瞳で見られ、顔を赤くする。
(そんなに近づいて私の顔見ないで…!!)
「……だったら」
秀馬が言った。
「俺の彼女になってよ」
「…………え?」
栞の思考が止まった。
「──ええええええええええええッ!?」
放課後の誰もいない教室に、私の絶叫が虚しく響き渡ったのだった。