サヨナラは未来のはじまり ―君が描いた物語の、その先へ―

第4話「もうひとりの『サクマ』」

玄関に立った少年を見て、秀馬は眉をひそめた。

年齢は十歳くらい。

少し癖のある髪に、好奇心を隠しきれない大きな目。

そして何より、秀馬を見つめるその表情には、驚きと興奮が入り混じっていた。

「……秀馬?」

少年が、もう一度その名前を口にする。

その瞬間。

秀馬の表情が変わった。

秀馬も朔真と同じように驚いた表情をしている。

ただ「自分を知っている人間がいた」ことに驚いているわけではない。

まるで、その名前そのものに何か引っかかっているようだった。

そう言えば、漫画「ブレイブクロニクル」の中でも秀馬には父親違いの弟がいて、朔真と同じ名前であることを思い出す栞。

弟の名前は早瀬朔真。

作中の弟は中学生くらいで煙草を吸う不良少年。

主人公の隼人も不良少年ではあったが、彼は迎え撃つ不良に対して返り討ちにするタイプだが、早瀬朔真は陰湿にいじめをするタイプ。

妖怪に身体を乗っ取られたことで正確が「悪」になってしまったのだが…

鵺斗の弟の朔真は早瀬朔真と同じ名前であることが嬉しいと言っていたのを栞は聞いていたことがあった。

栞と朔真はブレイブクロニクルを通して仲が良かった。

朔真は突然叫ぶように言った。

「『ブレイブクロニクル』の早瀬秀馬じゃん!! 本物!? なんで!? すごい! かっこいいー!!」

朔真はドタバタとリビングへ走り込むと、一冊の漫画本を手に速攻で戻ってきた。

それは擦り切れるほど読み込まれた『ブレイブクロニクル』の単行本だった。

表紙には、真紅の鎖を構える冷徹な参謀・早瀬秀馬の姿が描かれている。

「ほら! これ! 僕、ブレクロの中で秀馬が一番好きなんだよ! いつも冷静で、頭がよくて、隼人を助けるところが超かっこいいんだ!」

興奮が抑えられない朔真をなだめつつ、

「とりあえず中に入ろう。玄関で話すことじゃないだろ」

鵺斗はリビングへと誘導する。


リビングでも秀馬は朔真のことを警戒していた。

そんな秀馬を見て栞は思った。

(作中の朔真くんとは実際には仲はいいのかな…)

栞は秀馬に聞いてみようと思ったのだが、栞よりも一足先に朔真が秀馬に話しかける。

「僕、朔真って言うの。早瀬朔真と同じ名前なんだよ」

それを聞き、秀馬の表情がピクッとした。

「ペラペラとうるさいんだよ、ガキ。まとわりつくな。お前に答える義理も、遊んでやる義理もねぇんだよ」

「……え?」

朔真の動きが、ぴたりと止まった。

「後、俺はあのガキのことを弟だなんて思ったことはねぇし、妖怪に憑りつかれてなくてもあんな性格なんだよ!俺の前で二度とあいつの名前を言うんじゃねぇ!」

秀馬に怒鳴られて一瞬固まってしまう朔真だったが、秀馬に対するキラキラした視線は変わらなかった。

「秀馬って怒ったらそんな表情するんだ!漫画では見せない表情が見れてレアだね!」

「はあ?」

秀馬は不機嫌な表情をしていた。

「でも、僕はやっぱり自分の名前が好き!僕が早瀬秀馬だったら絶対に仲良くなりたい!って思いながら読んでた!」

漫画・ブレイブクロニクルを握りしめてう朔真に秀馬は黙ってしまう。

そして、漫画と朔真を交互に見た。

「なんで俺なんだ」

「だってカッコいいじゃん!」

「……そうか」

「頭もいいし!」

「……」

「強いし!」

「……」

「仲間思いだし!」

「……」

秀馬は無言だった。

その隣で栞は、少しにやけていた。

朔真はさらに続けた。

「漫画の秀馬ってさ、何でも知ってて、困った時にみんなを助けてくれるんだよ!」

「……そうか」

「それに、あんまり怒らないし!」

「…………」

秀馬の眉がぴくりと動く。

「優しいし!」

「…………」

「女の子にもモテるし!」

「…………」

ついに秀馬が口を開いた。

「……うるさい」

「え?」

「さっきからずっと喋ってるだろ」

「だって気になるんだもん!」

「俺は気にならない」

「なんで!?」

「子どもの相手は疲れる」

「子どもじゃない!」

「十歳だろ」

「もう十歳!」

「十分子どもだ」

「ひどい!」

朔真は頬を膨らませた。

栞は思わず吹き出す。

「ふふっ……」

「栞!」

「ご、ごめん。でも……」

栞は笑いながら秀馬を見る。

「本当に漫画の秀馬と違うね」

「だから言ってるだろ」

秀馬は不機嫌そうに答えた。

「漫画の俺と実際の俺は違う」

「でも、これじゃ……」

朔真が漫画を見ながら首を傾げる。

「全然違う!」

「……」

「漫画の秀馬はもっと優しい!」

「俺だって優しい」

「どこが?」

「……」

 秀馬が黙った。

「ほら!」

「……」

「やっぱり違う!」

朔真が笑う。

どうやら、少しずつ秀馬をからかうことが楽しくなってきたらしい。

「ねえ秀馬!」

「何だ」

「本当に鎖使えるの?」

「使える」

「見せて!」

「嫌だ」

「なんで?」

「ここで使ったら危ないだろ」

「じゃあ外!」

「嫌だ」

「じゃあいつ見せてくれる?」

「知らない」

「学校ってどんなところ?」

「俺に聞くな」

「妖怪って本当にいるの?」

「いる」

「本当に!?」

「ああ」

「どんなの?」

「いろいろいる」

「怖い?」

「お前よりはな」

「ひどい!」

朔真の質問は止まらない。

秀馬はどんどん疲れていく。

ついにはソファに深く腰を沈め、額を押さえた。

「……うるさい」

「やっぱり漫画の秀馬と全然違う!」

「何度言わせるんだ」

「だって本当に違うんだもん!」

そのやり取りを見ながら、栞は不思議な気持ちになっていた。

秀馬は子どもが苦手なのだろう。

朔真が近づくたびに露骨に嫌そうな顔をする。

なのに、本気で突き放しているわけではない。

質問にも結局は答えている。

栞は秀馬の面倒見のいい一面を見た気がしていた。

漫画とは違うけれど、漫画と同じ部分もあるんだろうな。


少し時間が経つと、キッチンからいい匂いがしてきた。

「そろそろ飯できるよ」

「やった!」

朔真が飛び跳ねる。

テーブルの上に並べられたのは、あつあつの和風ハンバーグに、ツヤツヤの炊きたてご飯、そして具だくさんの豚汁だった。

プロ顔負けの彩りと匂いに、栞と麗美の目がお腹を空かせて輝く。

「うわぁぁ! 鵺斗のハンバーグ! いただきまーす!」

食い意地の強い栞にドン引きする秀馬。

「お前って…食いしん坊なんだな」

そんな秀馬に麗美は言った。

「栞が食い意地すごいのは否定しないけど、鵺斗のハンバーグ食べたら秀馬くんも感動するよ!」

目の前に出された熱々のハンバーグ。

「秀馬、一緒に食べよう!」

秀馬の隣に座る朔真。

秀馬と一緒にご飯を食べることが純粋に嬉しい様子。

「……」

「ね?」

「……分かった」

秀馬にとって作中の朔真は大嫌いな相手だった。

しかし、今隣にいる朔真を見て、あいつとは違うと頭ではわかっていた。

まだ、感情は完全についていけていないけど…。


秀馬はまだ知らなかった。

目の前の少年との出会いが、やがて自分の「家族」というものに対する考え方を大きく変えていくことを。

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