サヨナラは未来のはじまり ―君が描いた物語の、その先へ―

第7話「夏風と桜色の兆候」

ある日の放課後。

栞も麗美も部活がなく、授業が終わった後、秀馬も一緒に3人で下校していた。

空はどこまでも青く、容赦なく太陽が照りつけている。

「暑い……」

栞は額の汗を拭いながら、校門を出た。

「本当、暑いよね…」

麗美も汗をぬぐいながら歩いている。

しかし、秀馬は平気な様子。

いつもと変わらない。

もうすぐ期末テストの期間に突入し、この日は鵺斗の家でみんなで勉強会を予定していた。

「秀馬君が転校してきてから期末テストってあっという間だよね」

秀馬の学力が気になっていた麗美。

漫画の内容を知り尽くしている栞には、秀馬は余裕だと思っていた。

しかし、秀馬の様子がおかしかった。

若干青ざめた様子で、無言を続けている。

「秀馬くん?どうしたの?」

栞は心配そうに秀馬の顔を覗き込むと…

「ああ?なんだよ!人の顔ジロジロ見てんじゃねぇよ!期末テストくらいなんてことねぇよ!」

ぶっきらぼうな言い方をする秀馬になれてきた栞は、秀馬の発言を冷静に分析し始める。

「漫画では学年トップなのに、本当は違うの?」

「だったら何だってんだよ!俺は勉強嫌いなんだよ!」

ここでも新たな秀馬を発見したと思った栞。

「設定と違って幻滅したか?」

「勉強が嫌いでも幻滅はしないよ。でも、赤点とって留年しないように勉強会はやっぱりした方がいいと思う!」

「・・・」

栞の発言は正論だと思った秀馬は、何も言い返すことが出来なかった。

「大丈夫だよ。鵺斗の教えかた上手だから!それにテストのやまの的中率も高いんだよね!」

「もしかして、麗美ちゃん!鵺斗の勉強後の夕飯も楽しみにしてない?」

「それって栞もでしょ!私に隠れてリクエストして他のバレバレなんだからね!!」

「だって…いいじゃん食べたいんだから!あ~いいな~秀馬くんは毎日鵺斗のご飯食べられて~」

もはや期末テストのことではなく、栞と麗美の中では鵺斗が作るご飯の話でいっぱいになっていた。

そんな2人を見て、秀馬はドン引きをしつつも微笑ましく感じるのだった。

その時――

ひらり。

「……?」

何かが栞の肩に落ちた。

「今、何か……」

栞は肩に手を伸ばした。

指先に触れたものを摘まむ。

「……花びら?」

薄い桃色をした小さな花びら。

手に乗せてみると、それは桜の花びらだった。

夏が近づこうとしているこの時期には絶対に見ることがない花びら。

栞は、桜の花びらを見て不思議な気持ちになる。

麗美が覗き込んだ。

「桜だね」

「でも……」

栞は辺りを見回し、空を見上げた。

周囲に桜の木など一本もない。

「今、夏だよ?」

「……そうだね」

麗美も首を傾げる。

「近くに桜なんてあったっけ?」

「ないと思う」

道路沿いに並んでいるのは、夏の緑に覆われた街路樹ばかりで、桜の木は見当たらない。

なぜ、桜の花びらが一枚だけ落ちてきたのだろうか。

不思議に感じつつ、キレイな花びらにうっとりしていた。

「そう言えば、秀馬くんのお母さんが再婚相手との結婚式をした季節って桜の季節だったよね」

「…ああ。子供の頃、よく桜の木に登って母親に怒られてた」

これは、作中でも言われていた。

危ないから降りて来なさいと。

そして、どんな時でもしっかり受け止められる体制をとっていた。

「この桜…あの時の桜とよく似てる」

秀馬の世界の桜がこっちの世界に来ている。

秀馬はそんな風に考えているようだったが、季節外れの桜を見ることが出来たのは貴重なことだと、栞はテンションが上がった。

数十メートルほど歩いたところで。

「……あれ?」

 栞が立ち止まった。

「どうしたの?」

 麗美が振り返る。

「今……」

 栞は後ろを見た。

 誰もいない。

 道路。

 住宅。

 青々とした街路樹。

 それだけだ。

「何でもない」

「何?」

「……ううん」

確かに、何かが見えた気がした。

道路の向こう側。

一瞬だけ、桜の木が立っていたような――。

手に持っていた桜の花びらを見て、春の頃を思い描いていた。

麗美も桜の花びらをきれいだと言っていたが、秀馬は再び無言になった。

「秀馬くん?」

「……何でもない」

「さっきからそればっかり」

「気にするな」

 その時。

 周りの騒音や声が突然、途切れた。

「……?」

三人が同時に足を止める。

ついさっきまで、あれほど騒がしかった周囲の音や声が。

まるで誰かが音量を下げたかのように、急に消えた。

時間が経てばまたいつも通りに静かな環境に戻った。

「俺がこれまでいた所では、何かが現れる前には似たようなことが起きる」

 栞の笑顔が消えた。

「妖怪とか、異界のものとかでるの?」

「……」
「ただの偶然かもしれない」

 秀馬はそう付け加えた。

「今はまだ何とも言えない」

 栞は少し不安になった。

 空から降ってきた光。

 おかしな雲。

 季節外れの寒さ。

 そして――。

 夏に落ちてきた桜の花びら。

 どれも一つ一つなら、偶然で片付けられる。

 けれど、こうも続くと。

 さすがに「ただの偶然」と言い切ることが難しくなってくる。

「……ねえ、秀馬」

「何だ」

「もし……本当に世界がおかしくなってるなら」

 栞は不安そうに聞いた。

「どうなるの?」

 秀馬はすぐには答えなかった。

「分からない」

 やがて、そう答えた。

「俺の世界と、この世界が混ざり始めているのかもしれない」

「混ざる……?」

「ああ」

「じゃあ、私たちの世界に妖怪が出てきたりするの?」

「可能性はある」

 麗美が青ざめる。

「……それ、全然笑えないんだけど」

「俺だって笑えない」

 秀馬がため息をついた。

 しばらく三人は無言で歩いた。

 すると。

 また。

 ひらり。

 今度は麗美の目の前を、桃色の花びらが通り過ぎた。

「……え?」

 麗美が振り返る。

 花びらは道路に落ちた。

「また……?」

 栞が近づく。

 そこには確かに、もう一枚。

 桜の花びらが落ちていた。

「さっきのと同じ……」

 栞が拾おうと手を伸ばす。

「これ、何?」

 秀馬が紙片を見る。

「……」

 栞と麗美は顔を見合わせた。

 小さな違和感。

 それはまだ、誰もが気のせいだと思える程度のものだった。

 けれど――。

 確実に。

 現実世界のどこかで。

 「別の世界」の景色が、少しずつ滲み出し始めていた。
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