サヨナラは未来のはじまり ―君が描いた物語の、その先へ―
第8話「男の約束と背中のぬくもり」
期末テストに向けてここ最近、栞と麗美、秀馬は、麗美の彼氏の鵺斗の家で定期的に勉強会を開いていた。
「くそっ……! なんで『x』と『y』が急に仲良くなってグラフを描き始めてんだよ! 意味が分からねぇ!!」
鵺斗の家のリビングに、秀馬の絶望に満ちた叫びが響き渡った。
鵺斗が淹れてくれた冷たい麦茶のグラスの横で、秀馬は頭を抱え、数IIの問題集と血みどろの死闘を繰り広げている。
「秀馬くん、そこは一次関数の応用だよ。公式に当てはめれば……」
頭を抱えながら、鵺斗に勉強を教わっている秀馬の姿に、向かい側でゲームをしていた朔真が不思議な顔で疑問を投げかけた。
「秀馬って勉強得意じゃないの?」
「……」
「漫画の秀馬って、優等生じゃん」
「…………」
「こんな問題、簡単にできるんじゃないの?」
秀馬の眉がぴくりと動いた。
「俺は漫画の秀馬じゃない」
「でも秀馬なんでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあできるんじゃないの?」
「できるできないと、好き嫌いは別だろ!」
「へえ……」
朔真は面白そうに笑った。
「優等生なのに勉強嫌いなんだ」
「……お前、喧嘩売ってるのか?」
「別に」
二人の間に、微妙な空気が流れる。
相変わらず、秀馬と朔真の距離は縮まっていない。
「ねえ、朔真くん」
気まずい雰囲気を察したのか、ノートを広げていた麗美がふと声をかけた。
「さっきからずっと元気がなさそうだけど、何かあったの? いつもなら鵺斗お兄ちゃんに『ゲームやろう』ってねだる時間でしょ?」
「……っ、別に。何でもないよ」
朔真はあからさまに動揺し、視線を泳がせた。だが、麗美の鋭い観察眼からは逃げきれなかった。
「ウソね。右の頬、うっすら赤くなってるし、制服の肘のところが汚れてる。……学校で何かあったの?」
麗美の優しい、けれど真剣な追及に、朔真はついに耐えきれなくなったようにポツリポツリと語り始めた。
「……クラスの男子グループとトラブルになってて。僕がアニメのフィギュアの話をしてたら『オタクキモい』って笑われて……言い返したら、放課後に裏庭に呼び出されて、鞄を蹴飛ばされたり……嫌がらせを受けてるんだ。後…俺が『ブレイブクロニクル』好きなの、変だって」
「なんですって!?」
麗美がバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。
だが、誰よりも強く反応したのは秀馬だった。
彼は持っていたシャープペンシルを置き、低く濁った声で朔真を睨みつけた。
「……で? お前はそのまま黙ってコソコソ逃げてきたのか?」
「っ……だって! 相手は三人だし、喧嘩なんて勝てるわけないだろ!? 僕には秀馬みたいに強くないし…!」
「力の強さじゃねぇ!!」
秀馬の喝声が部屋を震わせた。
あまりの迫力に、朔真も私も息をのむ。
「逃げてばかりいたら、相手はつけ上がるだけだ。言いたいことがあるなら、正々堂々と胸を張って立ち向かえ! 己の足で立たねぇ奴を、誰も救うことはできねぇんだよ!」
「そんなこと言ったって……!」
「いいか、朔真。俺とお前で約束だ」
秀馬はバッと指を突きつけた。
「俺は次の期末テストで、全科目80点以上取ってみせる」
「「「えええええッ!?」」」
私と麗美、そして鵺斗の声が綺麗にハモった。
今の秀馬の赤点ギリギリの偏差値からすれば、それはエベレストに素手で登るような無謀な宣言だった。
「ひ、秀馬くん!? 全教科80点以上なんて、今の状態からじゃ睡眠時間を削っても足りないよ!?」
「うるせえ!やるって言ったらやるんだよ! ……いいか朔真、俺が有言実行してみせたら、お前も腹括れ。自分の問題から逃げずに、ちゃんと向き合って戦え。……分かったな?」
秀馬の真剣そのものの瞳に射抜かれ、朔真はゴクリと唾を呑み込んで、小さく「……わかった」と頷いた。
こと言われた」
その日からだった。
秀馬の猛勉強が始まった。
♦
朝。
学校へ行く前に問題集を開く。
学校でもずっと机に向かい勉強をしている。
放課後。
鵺斗の家に帰ると、すぐに勉強。
夕食後も勉強。
ある日の休み時間には、秀馬は先生に分からないところを質問しに行っていた。
先生も、秀馬の熱意に応えるかのように親身になっているようだった。
そんな秀馬の姿を、栞と麗美はずっと見守っている。
「秀馬くん、学校でも頑張ってるよね」
「うん。有言実行するタイプなんだね」
「どう?栞、秀馬くんのこと惚れ直した?」
「え?何それ…惚れ直すも何も嫌ってないから!」
「照れてる栞も可愛いね~!」
麗美に茶化されつつも、栞の中で今の秀馬を見て、漫画とは違う彼の新たな一面を感じていた。
ぶっきらぼうで口が悪い。
人付き合いが少し苦手で不器用な人。
けれど。
一度決めたことは、最後までやり抜く。
そして、自分のためではなく、朔真のために勉強を始めた。
「……責任感もあるんだ」
「秀馬くん、家でもずっと勉強していて、鵺斗にも色々質問して勉強を教えてもらっているみたいよ」
麗美は鵺斗から、家での秀馬の様子を聞いていた。
そして、そんな秀馬の姿を朔真は何も言わずに見守っている。
話しかけることもなく、ただ遠くから様子を見ている感じのようだ。
秀馬の姿を見て、何を思っているのかは鵺斗にも分からない。
♦
トラブルが起きたのは、期末テストの前日の放課後―――。
この日も鵺斗の家でお勉強会を行う予定だった。
栞と麗美、秀馬の3人が下校をしている道中の公園で、数人を小学生が喧嘩をしているのを見かける。
よく見ると、朔真がクラスメイトと思われる男子生徒に囲まれ、地面に押し倒されそうになっていた。
「おいオタク、調子乗ってんじゃねぇよ!」
「反省してねぇなら、その大事な漫画、池に叩き落としてやろうか?」
「やめてよ……!」
恐怖で震える朔真。
その瞬間、秀馬が風を切って飛び出した。
「秀馬くん、ダメ! 力を使ったら大騒ぎに──!」
私の叫びに、秀馬は走る背中で応えた。
(分かってる……! この世界で『死神の鎖』や『霊力』を使えば、警察沙汰になり、俺の存在が公になって栞たちに迷惑がかかる……! それに、こいつらはただの子供だ。殴るわけにもいかねぇ!)
秀馬は速攻で朔真と威嚇する男子生徒たちの間に割り込んだ。
──ドカッ!!
「がっ……!?」
身構える間もなく、相手のひとりが振り下ろした木切れが、秀馬の背中に激しく叩きつけられた。
「秀馬!?」
朔真が悲鳴をあげる。
だが、秀馬は一切反撃しなかった。
攻撃の能力も、人間離れした身軽さも封印し、ただ分厚い壁のように朔真を背中に庇い、立ちはだかり続けたのだ。
「な、なんだお前!? 引っ込んでろよ高校生!」
「うぜぇんだよ!」
襲いかかる蹴りや突きを、秀馬は最小限の身捌きでいなし、どうしても防げない攻撃は自らの肩や腕で全て受け止めた。
絶対に、後ろの朔真へ一擦りの傷も負わせないように。
「な……なんで、反撃しないんだよ……!? 秀馬なら、こんな奴ら一瞬で倒せるでしょ!?」
朔真の叫びに、秀馬は背中越しに低く、力強い声を返した。
「馬鹿野郎……! 暴力を暴力で返しても解決しねえんだよ。争いごとが余計に膨れ上がるだけだ。お前が『正しい』って、お前自身で証明してやれ! 俺が守ってやる……だからお前自身で立ち向かえ!!」
「っ────────!」
秀馬の背中に滲む汗と、傷ついても決して倒れない圧倒的な威圧感。
その背中に守られながら、朔真の胸の中で、小さく燻っていた火種が爆発した。
朔真は秀馬の影から一歩踏み出し、前を睨みつけた。
「やめろーーーっ!!」
喉がちぎれんばかりの大声に男子生徒たちがぎょっとして足を止める。
「僕がオタクで何が悪いんだよ! 好きなものを好きって言って何が悪いんだ! お前らが僕を嫌いでもいい……でも、僕の好きなものを馬鹿にするな! 暴力で押さえつけようとするな!!」
涙をボロボロとこぼしながら、胸を張って自分の気持ちをぶつける朔真。
その気迫に押され、男子生徒たちは顔を見合わせた。
「わぁーーーー!!!」
朔真は男子生徒の1人を押し倒し反撃する。
押し倒された男子生徒も朔真に殴りかかる。
そこに偶然、生活指導の先生が目撃するのだった。
そして―――
秀馬の無数の痣と怪我、男子生徒が無傷であること、朔真とやり合った男子生徒と朔真が同じように傷があること。
この状況から、秀馬は子どもたちに危害を加えていないことが明らかに分かる。
また、栞も麗美も目撃者であることから、秀馬は何のお咎めもなかった。
さらに、生活指導の先生からも秀馬に謝罪のお言葉をもらう。
この一件で意外だったことは、実は朔真をイジメていた彼らが朔真に勧められて「ブレイブクロニクル」を読んだ結果、ドハマりしたそうだ。
これをきっかけに朔真と和解し、仲良くなるのだった。
♦
数日後。期末テストの返却日。
鵺斗の家で麗美が秀馬の答案用紙を見て絶句していた。
栞も秀馬のテストの点数に驚いている。
「……信じられない」
英語:82点
数学:90点
国語:85点
理科:81点
社会:88点
「全教科……80点以上……クリアしてる……!」
「フン、当然だ。俺を誰だと思ってやがる」
秀馬はフッと鼻で笑ってみせたが、その目の下にはうっすらと隈ができていた。
陰でどれほどの努力を重ねてきたのか、それは誰もがよく分かっていた。
「すごいよ秀馬くん! 約束、守ったんだね!」
「当たり前だ。男が一度口にした約束を破れるかよ」
胸を張る秀馬の姿は、どんな漫画のヒーローよりも格好良くて、眩しかった。
「どうだ朔真!俺も約束守ったぞ!」
秀馬は朔真との約束を守った。
そして、朔真も今ではクラスの男子生徒と仲良くなり、時々一緒にゲームをしに遊びに来るそうだ。
「秀馬!本当に全教科80点以上なんだね!」
「ああ」
「すごい!」
朔真の顔が、久しぶりに明るくなった。
「……やっぱり漫画の秀馬みたい!」
秀馬は眉をひそめる。
「それは褒めてるのか?」
「褒めてる…やっぱり俺が好きになった秀馬で嬉しい!」
朔真の笑顔に秀馬も少しだけ困ったような顔をしつつも、悪くないとも思うのだった。
「……そうか」
その様子を、栞は少し離れたところから見ていた。
いつの間にか。
あれほど距離のあった二人の間に、ほんの少しだけ変化が生まれている。
秀馬は相変わらず子どもが苦手だ。
朔真も、漫画の秀馬と現実の秀馬の違いに戸惑っている。
それでも。
互いを少しずつ知り始めている。
そして栞は思った。
――秀馬は、やっぱり優しい人だな。。
漫画に描かれていた「完璧な秀馬」ではない。
口が悪くて、不器用で、勉強が嫌いで、子どもも苦手。
でも。
誰かが困っていたら、見て見ぬふりはしない。
自分が決めたことは、最後までやり抜く。
栞は「ページの外の秀馬」に少しずつ惹かれ始めていた。
「くそっ……! なんで『x』と『y』が急に仲良くなってグラフを描き始めてんだよ! 意味が分からねぇ!!」
鵺斗の家のリビングに、秀馬の絶望に満ちた叫びが響き渡った。
鵺斗が淹れてくれた冷たい麦茶のグラスの横で、秀馬は頭を抱え、数IIの問題集と血みどろの死闘を繰り広げている。
「秀馬くん、そこは一次関数の応用だよ。公式に当てはめれば……」
頭を抱えながら、鵺斗に勉強を教わっている秀馬の姿に、向かい側でゲームをしていた朔真が不思議な顔で疑問を投げかけた。
「秀馬って勉強得意じゃないの?」
「……」
「漫画の秀馬って、優等生じゃん」
「…………」
「こんな問題、簡単にできるんじゃないの?」
秀馬の眉がぴくりと動いた。
「俺は漫画の秀馬じゃない」
「でも秀馬なんでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあできるんじゃないの?」
「できるできないと、好き嫌いは別だろ!」
「へえ……」
朔真は面白そうに笑った。
「優等生なのに勉強嫌いなんだ」
「……お前、喧嘩売ってるのか?」
「別に」
二人の間に、微妙な空気が流れる。
相変わらず、秀馬と朔真の距離は縮まっていない。
「ねえ、朔真くん」
気まずい雰囲気を察したのか、ノートを広げていた麗美がふと声をかけた。
「さっきからずっと元気がなさそうだけど、何かあったの? いつもなら鵺斗お兄ちゃんに『ゲームやろう』ってねだる時間でしょ?」
「……っ、別に。何でもないよ」
朔真はあからさまに動揺し、視線を泳がせた。だが、麗美の鋭い観察眼からは逃げきれなかった。
「ウソね。右の頬、うっすら赤くなってるし、制服の肘のところが汚れてる。……学校で何かあったの?」
麗美の優しい、けれど真剣な追及に、朔真はついに耐えきれなくなったようにポツリポツリと語り始めた。
「……クラスの男子グループとトラブルになってて。僕がアニメのフィギュアの話をしてたら『オタクキモい』って笑われて……言い返したら、放課後に裏庭に呼び出されて、鞄を蹴飛ばされたり……嫌がらせを受けてるんだ。後…俺が『ブレイブクロニクル』好きなの、変だって」
「なんですって!?」
麗美がバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。
だが、誰よりも強く反応したのは秀馬だった。
彼は持っていたシャープペンシルを置き、低く濁った声で朔真を睨みつけた。
「……で? お前はそのまま黙ってコソコソ逃げてきたのか?」
「っ……だって! 相手は三人だし、喧嘩なんて勝てるわけないだろ!? 僕には秀馬みたいに強くないし…!」
「力の強さじゃねぇ!!」
秀馬の喝声が部屋を震わせた。
あまりの迫力に、朔真も私も息をのむ。
「逃げてばかりいたら、相手はつけ上がるだけだ。言いたいことがあるなら、正々堂々と胸を張って立ち向かえ! 己の足で立たねぇ奴を、誰も救うことはできねぇんだよ!」
「そんなこと言ったって……!」
「いいか、朔真。俺とお前で約束だ」
秀馬はバッと指を突きつけた。
「俺は次の期末テストで、全科目80点以上取ってみせる」
「「「えええええッ!?」」」
私と麗美、そして鵺斗の声が綺麗にハモった。
今の秀馬の赤点ギリギリの偏差値からすれば、それはエベレストに素手で登るような無謀な宣言だった。
「ひ、秀馬くん!? 全教科80点以上なんて、今の状態からじゃ睡眠時間を削っても足りないよ!?」
「うるせえ!やるって言ったらやるんだよ! ……いいか朔真、俺が有言実行してみせたら、お前も腹括れ。自分の問題から逃げずに、ちゃんと向き合って戦え。……分かったな?」
秀馬の真剣そのものの瞳に射抜かれ、朔真はゴクリと唾を呑み込んで、小さく「……わかった」と頷いた。
こと言われた」
その日からだった。
秀馬の猛勉強が始まった。
♦
朝。
学校へ行く前に問題集を開く。
学校でもずっと机に向かい勉強をしている。
放課後。
鵺斗の家に帰ると、すぐに勉強。
夕食後も勉強。
ある日の休み時間には、秀馬は先生に分からないところを質問しに行っていた。
先生も、秀馬の熱意に応えるかのように親身になっているようだった。
そんな秀馬の姿を、栞と麗美はずっと見守っている。
「秀馬くん、学校でも頑張ってるよね」
「うん。有言実行するタイプなんだね」
「どう?栞、秀馬くんのこと惚れ直した?」
「え?何それ…惚れ直すも何も嫌ってないから!」
「照れてる栞も可愛いね~!」
麗美に茶化されつつも、栞の中で今の秀馬を見て、漫画とは違う彼の新たな一面を感じていた。
ぶっきらぼうで口が悪い。
人付き合いが少し苦手で不器用な人。
けれど。
一度決めたことは、最後までやり抜く。
そして、自分のためではなく、朔真のために勉強を始めた。
「……責任感もあるんだ」
「秀馬くん、家でもずっと勉強していて、鵺斗にも色々質問して勉強を教えてもらっているみたいよ」
麗美は鵺斗から、家での秀馬の様子を聞いていた。
そして、そんな秀馬の姿を朔真は何も言わずに見守っている。
話しかけることもなく、ただ遠くから様子を見ている感じのようだ。
秀馬の姿を見て、何を思っているのかは鵺斗にも分からない。
♦
トラブルが起きたのは、期末テストの前日の放課後―――。
この日も鵺斗の家でお勉強会を行う予定だった。
栞と麗美、秀馬の3人が下校をしている道中の公園で、数人を小学生が喧嘩をしているのを見かける。
よく見ると、朔真がクラスメイトと思われる男子生徒に囲まれ、地面に押し倒されそうになっていた。
「おいオタク、調子乗ってんじゃねぇよ!」
「反省してねぇなら、その大事な漫画、池に叩き落としてやろうか?」
「やめてよ……!」
恐怖で震える朔真。
その瞬間、秀馬が風を切って飛び出した。
「秀馬くん、ダメ! 力を使ったら大騒ぎに──!」
私の叫びに、秀馬は走る背中で応えた。
(分かってる……! この世界で『死神の鎖』や『霊力』を使えば、警察沙汰になり、俺の存在が公になって栞たちに迷惑がかかる……! それに、こいつらはただの子供だ。殴るわけにもいかねぇ!)
秀馬は速攻で朔真と威嚇する男子生徒たちの間に割り込んだ。
──ドカッ!!
「がっ……!?」
身構える間もなく、相手のひとりが振り下ろした木切れが、秀馬の背中に激しく叩きつけられた。
「秀馬!?」
朔真が悲鳴をあげる。
だが、秀馬は一切反撃しなかった。
攻撃の能力も、人間離れした身軽さも封印し、ただ分厚い壁のように朔真を背中に庇い、立ちはだかり続けたのだ。
「な、なんだお前!? 引っ込んでろよ高校生!」
「うぜぇんだよ!」
襲いかかる蹴りや突きを、秀馬は最小限の身捌きでいなし、どうしても防げない攻撃は自らの肩や腕で全て受け止めた。
絶対に、後ろの朔真へ一擦りの傷も負わせないように。
「な……なんで、反撃しないんだよ……!? 秀馬なら、こんな奴ら一瞬で倒せるでしょ!?」
朔真の叫びに、秀馬は背中越しに低く、力強い声を返した。
「馬鹿野郎……! 暴力を暴力で返しても解決しねえんだよ。争いごとが余計に膨れ上がるだけだ。お前が『正しい』って、お前自身で証明してやれ! 俺が守ってやる……だからお前自身で立ち向かえ!!」
「っ────────!」
秀馬の背中に滲む汗と、傷ついても決して倒れない圧倒的な威圧感。
その背中に守られながら、朔真の胸の中で、小さく燻っていた火種が爆発した。
朔真は秀馬の影から一歩踏み出し、前を睨みつけた。
「やめろーーーっ!!」
喉がちぎれんばかりの大声に男子生徒たちがぎょっとして足を止める。
「僕がオタクで何が悪いんだよ! 好きなものを好きって言って何が悪いんだ! お前らが僕を嫌いでもいい……でも、僕の好きなものを馬鹿にするな! 暴力で押さえつけようとするな!!」
涙をボロボロとこぼしながら、胸を張って自分の気持ちをぶつける朔真。
その気迫に押され、男子生徒たちは顔を見合わせた。
「わぁーーーー!!!」
朔真は男子生徒の1人を押し倒し反撃する。
押し倒された男子生徒も朔真に殴りかかる。
そこに偶然、生活指導の先生が目撃するのだった。
そして―――
秀馬の無数の痣と怪我、男子生徒が無傷であること、朔真とやり合った男子生徒と朔真が同じように傷があること。
この状況から、秀馬は子どもたちに危害を加えていないことが明らかに分かる。
また、栞も麗美も目撃者であることから、秀馬は何のお咎めもなかった。
さらに、生活指導の先生からも秀馬に謝罪のお言葉をもらう。
この一件で意外だったことは、実は朔真をイジメていた彼らが朔真に勧められて「ブレイブクロニクル」を読んだ結果、ドハマりしたそうだ。
これをきっかけに朔真と和解し、仲良くなるのだった。
♦
数日後。期末テストの返却日。
鵺斗の家で麗美が秀馬の答案用紙を見て絶句していた。
栞も秀馬のテストの点数に驚いている。
「……信じられない」
英語:82点
数学:90点
国語:85点
理科:81点
社会:88点
「全教科……80点以上……クリアしてる……!」
「フン、当然だ。俺を誰だと思ってやがる」
秀馬はフッと鼻で笑ってみせたが、その目の下にはうっすらと隈ができていた。
陰でどれほどの努力を重ねてきたのか、それは誰もがよく分かっていた。
「すごいよ秀馬くん! 約束、守ったんだね!」
「当たり前だ。男が一度口にした約束を破れるかよ」
胸を張る秀馬の姿は、どんな漫画のヒーローよりも格好良くて、眩しかった。
「どうだ朔真!俺も約束守ったぞ!」
秀馬は朔真との約束を守った。
そして、朔真も今ではクラスの男子生徒と仲良くなり、時々一緒にゲームをしに遊びに来るそうだ。
「秀馬!本当に全教科80点以上なんだね!」
「ああ」
「すごい!」
朔真の顔が、久しぶりに明るくなった。
「……やっぱり漫画の秀馬みたい!」
秀馬は眉をひそめる。
「それは褒めてるのか?」
「褒めてる…やっぱり俺が好きになった秀馬で嬉しい!」
朔真の笑顔に秀馬も少しだけ困ったような顔をしつつも、悪くないとも思うのだった。
「……そうか」
その様子を、栞は少し離れたところから見ていた。
いつの間にか。
あれほど距離のあった二人の間に、ほんの少しだけ変化が生まれている。
秀馬は相変わらず子どもが苦手だ。
朔真も、漫画の秀馬と現実の秀馬の違いに戸惑っている。
それでも。
互いを少しずつ知り始めている。
そして栞は思った。
――秀馬は、やっぱり優しい人だな。。
漫画に描かれていた「完璧な秀馬」ではない。
口が悪くて、不器用で、勉強が嫌いで、子どもも苦手。
でも。
誰かが困っていたら、見て見ぬふりはしない。
自分が決めたことは、最後までやり抜く。
栞は「ページの外の秀馬」に少しずつ惹かれ始めていた。