スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない

1 謎のスパダリなお客様

 燦然と輝く三基の巨大なシャンデリアが、八階までの吹き抜けを誇るエントランスの天井で圧倒的な存在感を放っている。その下、洗練されたロビーでは、この場所での滞在を心待ちにする人々が行き交っていた。
 パリッとしたスーツ姿のビジネス客、華やかなドレス姿の女性たち。小さな子どもの声や、飛び交う多様な言語が心地よく響いている。

 ここは、オリオンレジデンスホテル東京。
 とある庁舎の隣に位置するこのホテルは、要人を迎えての国際会議や著名人の結婚式、企業パーティーまでが催される、国内有数の宿泊施設。長年、東京のビジネスとVIPを支えてきた、歴史ある老舗ホテルだ。

 私はそのフロントクラークとして、今日もフロントからロビーを眺めていた。

 不快な思いをされている方はいないだろうか。お困りのお客様はいらっしゃらないだろうか。
 笑顔を浮かべつつも目を光らせていると、五歳くらいのお子様が、手にしていたうさぎのぬいぐるみを落とされたことに気がついた。

「少し離れるね」

 近くにいた同僚の早乙女(さおとめ)くんに声をかけ、インカムを耳に押し込みそちらへ向かう。

 どんなに慌てていても、焦ってはいけない。周りを見ながら、少女とぬいぐるみを見失わぬよう目で追う。

 その時、視界の端で黒い影が崩れるのに気がついた。
 はっと視線を向ける。ドンッという音を立て、上質なウールのスーツを着た中年の男性が床に倒れ込んだ。

 ロビーが騒然となる。私は思考を切り替え、急いでそちらへ向かった。緊急案件は明らかにこちらだ。
 すぐにフロントを振り返り、インカムのマイクに向かって早口で告げる。

「早乙女くん、医務室の医師手配を。川西(かわにし)さんは衝立の手配をお願い。ベルデスクはお客様の導線確保をお願いします」

 それから、私は男性の頭部近くにしゃがみ声をかけた。

大熊(おおくま)様、聞こえますか?」

 しかし反応はない。顔色が悪く、ぐったりしている。

「大熊様、おわかりになりますか?」

 はっきりと発音しながら肩を叩くも、帰ってくるのは曖昧な反応だ、
 私は落ち着いて「失礼します」と脈と呼吸を確認する。かすかに呼吸音が聞こえた。

 904号室、アンバサダースイートに連泊中のお客様。奥様は確かこの時間、スパに行かれているはずだ。

 早乙女くんが念のためにと、フロントからAEDを持ってきてくれる。

「脈と呼吸あり。医師を待つほうがよさそう。奥様にも連絡をお願い」

 そう言った時、向こうのほうからガラガラと機材を転がす音が聞こえた。

「失礼します、大きな機材が通ります」

 川西さんが衝立を運んできてくれたのだ。だがすぐ、私は目を見開いた。

「川西さん、足元!」

 慌ててインカムで告げる。彼女の振り上げた足の先に、あのぬいぐるみが落ちていたのだ。
 彼女は大きく目を見開くも、衝立は勢いを止めない。

 するとそこに、さっと大きな手が差し込んだ。
 寸分の狂いなく着こなされた、隙のないスーツ姿の男性。彼はにこやかに、そして軽やかにぬいぐるみを拾い上げる。

「失礼」

 彼がそう言った時、衝立がこちらに到着した。大きな三つ折りの衝立が、迅速に大熊様と私たちの周囲を囲んでゆく。
 彼は衝立の向こうでぬいぐるみを掲げ、こちらに小さく頷いた。

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