スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
 やがて彼が車を止めたのは、案の定大きすぎる邸宅の前だった。北斗さんはいつものように助手席の扉を開いてくれたが、私は緊張して仕方ない。
 緊張するなと言われても、しないほうが無理だ。それを北斗さんはわかってくれたようで、すぐに私の肩を抱き「行こうか」と玄関へ案内してくれた。

 お手伝いさんらしき人に通され、応接室へ。調度品やオリオングループの歴史を物語る写真がいくつも並ぶ部屋の中、私は彼のご両親と対面しソファに座った。
 彼のご両親は、品のある笑みを浮かべている。それが部屋の雰囲気を相まって、どこかホテルのロビーを彷彿とさせる。

 私はいつもフロントクラークとしてそうしているように、仕事用の笑みを浮かべた。そのほうが、緊張しなくていい。

「改めまして、私、樫江琴子と申します」

 そう言って、深く頭を下げる。頭を上げた時、会長が口を開いた。

「先日は簡単な挨拶になってしまってすまなかったね。北斗の父、獅子内佳寿也だ。琴子さんのことは、ホテル部門の者から聞いている。優秀なホテルクラークだそうだね。ヴィラの件も北斗が引き抜いたと聞いているよ」
「お褒めいただき、光栄です」

 再び頭を下げると、隣にいた女性が口を開く。

「北斗の母、奈津(なつ)です。よろしくね、琴子さん」

 そう言ってにこっと微笑む顔は会長の持つ威厳ある雰囲気とは異なり、柔らかい。少し垂れ目な彼女を見て、北斗さんはきっとお母さん似なのだろうと思った。

 ふたりは私たちのなれそめなどを聞くことはなく、また北斗さんも淡々と話を進める。あっという間に証人の欄を書いてもらい、婚姻届が文字で埋まった。

「お忙しい中、時間をつくっていただきありがとうございました」

 玄関の上がり口で別れの挨拶をしていると、後方の玄関扉が突然がちゃりと開いた。思わずぴくりと肩が跳ねる。

「ああ、よかった。間に合った」

 そう言って入ってきたのは、北斗さんのお兄さんだ。

「琴子さん、こんにちは。北斗の兄の、獅子内天馬(てんま)です」

 彼は親しげな笑みを浮かべてそう言うと、私たちに無地の大きな封筒を差し出した。

「こんなところで申し訳ないね。これ、俺からの結婚祝い」

 きょとんとしていると、北斗さんが「これは?」とお兄さんに聞く。

「本社近くのマンションの、部屋の権利書。部屋を探していた北斗に、どうせならと用意させてもらったんだ。贈与税の手続きも済ませてあるから、北斗はサインして住むだけでいい。琴子さんとの新生活に、ぜひ使ってくれ」

 彼の言葉を聞きながら、私は内心うろたえた。
 結婚祝いに部屋を贈られるなんて、思ってもみなかった。それに、あの場所はオフィスの立ち並ぶビジネスの一等地だ。そんなところにあるマンションだなんて、低層階でもかなりのお値段がするはず。

 だが、それを顔に出すわけにはいかない。そのまま笑顔で黙っていると、中身を確認する北斗さんにお兄さんが続ける。

「気に入らなかったら、好きにしてくれて構わない」
「いや、ありがたく使わせてもらうよ。ありがとう、兄さん」

 北斗さんがそう言うので、私も「ありがとうございます」と頭を下げる。だが心の内では、かなり動揺していた。
 北斗さんはまさか、本当にその部屋に一緒に住むつもりなのだろうか。

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