スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
 今、私たちはオリオンレジデンスホテル東京の最上階にあるフレンチレストランの個室で、夜景を見下ろしながら食事をしている。

 先ほど市役所に寄って婚姻届を提出し、その足で同居予定のマンションも見てきた。

 都心の一等地であることは覚悟していたが、まさか最上階のワンフロア丸々だとは思わなかった。さらに部屋の中にはモデルルームのように、すぐにでも生活ができそうな家具が揃っていた。
 北斗さんは『兄さんにしてやられた』と笑っていたが、彼は今夜からそこに住むそうだ。私はこんなところに住むなんてと気後れしてしまったが、先ほど同居を承諾した身。次の休みに引っ越しを手配することで合意した。

 てっきりそのまま別れると思ったのだけれど、彼に「結婚記念日だから」と誘われ、この場所にやってきた。

 窓の外はすっかり日が暮れ、街にはあまたの光が灯る。公園や庁舎のイルミネーションも美しく輝いていて、普通のカップルならば記念日の素敵な思い出になるのは間違いない。

 だが、私たちは偽装結婚だ。しかも、それを提案したのは私。
 だから食事を進めながら、申し訳なく思っていた。彼は今日のために、この場所を予約しておいてくれたのだろう。

 デザートのフォンダン・オ・ショコラは、この季節らしい粋な計らいか、イチゴとピスタチオのソース、銀色のアラザンがプレートを彩っている。
 ケーキにナイフを差し込むと、ジャンドゥーヤが中からあふれてきた。そのどろりとしたソースは、まるで私の心のよう。私はそれを丁寧にいただくことで、自分を納得させようとしていた。
 いただいた分は、きっちりとお返しをする。彼に任せているだけでは、フェアじゃない。

 やがて食後のコーヒーが運ばれてくると、彼が不意に私の名前を呼んだ。

「琴子さん、これを」

 差し出されたのは、ベロア調の小箱だ。蓋には、高級ブランド店のロゴマークがついている。
 思わず目をしばたたいていると、彼はそっと小箱の蓋を開けた。中には、イエロー、ピンク、ホワイトの、三色の細いゴールドが重なる上品なリングが、大小ふたつ入っている。

「君のパートナーとして、君への忠誠を誓う意味も込めて。これを、俺に嵌めさせてくれないか?」

 だが、こんな見た目にも高価だとわかるものを受け取れるわけがない。
 目を見開いたまま固まっていると、北斗さんはテーブルの上に置いていた私の左手をさりげなく取った。そのまま、三連の指輪が私の左薬指に収まる。

「琴子さんの細い指に、とてもよく似合う」

 北斗さんはそう言うと、私の薬指をつうっと撫でるようにして、そっとテーブルに戻してくれた。

 まさか、自分の指にこんなに高価なものが嵌っているなんて。そう意識するだけで、卒倒しそうだ。
 だが、彼の厚意を無下にしてはいけない。これも〝偽装結婚〟のために、彼が用意してくれたものなのだ。

 私は心を落ち着けて、彼に告げる。

「ありがとうございます。とても素敵な指輪ですね」
「琴子さんも、俺に着けてくれるかな」

 彼がそう言うから、今後の生活の中で絶対にお返ししようと誓いながら、彼の左手薬指にそっと同じデザインの指輪を嵌めた。

「これからも、よろしく」

 彼は指輪の嵌った指を満足そうに眺めてから、こちらに爽やかな笑みを向ける。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 私はそう言って、彼に微笑み返した。

< 37 / 105 >

この作品をシェア

pagetop