スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
「樫江さん、聞きましたよ。おめでとうございます!」

 翌日。ホテル勤務の私が着替えを済ませてバックオフィスに入ると、さっそく夜勤上がりの川西さんが話しかけてきた。

 着替えの前に結婚に関する手続きを事務に提出しただけなのに、こんなスピードで広まるなんて思わなかった。
 そわそわして、つい左手薬指の指輪に右手で触れる。

「ありがとう。でも、特別変わることもないよ。仕事では旧姓を使うから」
「いやいや、そんなことないでしょう。御曹司と電撃結婚ですよ? お式はやっぱり、このホテルの宴会場を使うんですかね? でも、オリオングループの御曹司って、どのくらいの人を呼んで披露宴するんだろう。一日じゃ足りないですね、きっと」

 なぜか勝手に人の結婚披露宴に思考を巡らせる川西さんに苦笑を浮かべつつ、私は業務へと入った。

 私たちの関係は偽装だ。式を挙げるつもりはないし、披露宴もするつもりはない。もしこの間のようなパーティーがあれば北斗さんに帯同することになるから、そこで挨拶をして周りへ私との関係性を広めていければそれでいいと、北斗さんからも確認済みだ。

「でもいったい、いつの間にそんなことになっていたんですか? やっぱり、コンシェルジュを務めていた時に距離が縮まって……って感じですかね?」

 前のめりになって聞いてくる彼女に、私は笑みを浮かべつつも、内心冷汗をかいていた。
 同僚にはなんて説明をするべきか、まったく考えていなかった。

「川西さん、そういうのは野暮だろう」

 背後から、ため息交じりの声がする。振り向くと、早乙女くんが呆れ顔で立っていた。今日は彼も、私と同じシフトだ。

「……そうですね。樫江さん、すみません。でも、羨ましいなあ。私も、樫江さんと結婚したかった~」

 思わず「そっち!?」と心の中でツッコミを入れていると、川西さんはそのままバックオフィスを出ていった。

 私は振り返り、彼に頭を下げた。

「早乙女くん、ありがとう」
「別に、助けたつもりはない。そういう話をバックオフィスでするのはどうかと思っただけだ」
「そうだよね、ごめん」

 しごくまっとうな意見に、私は自分を戒めた。偽装結婚だというのに、無意識に浮かれていたのかもしれない。
 私は今後はそういう話は外でしようと思いつつ、今日の宿泊者名簿を確認するためパソコンに向かった。

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