スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
「あの、これ……」
「ハーブティーだ。カモミールと、レモングラス」

 彼はそう言うと、驚く私の背後にちらりと目を向けた。それから、くすりと笑う。

「部屋の明かりが点いているのが、扉の隙間から見えたから。やはり、仕事をしていたんだね」

 慌てて背後を見る。テーブルの上に、ヴィラの図面を広げたままだ。

「すみません、気を遣わせてしまいました」
「とんでもない。ヴィラは俺の大切な仕事だ。だから、それに真剣に向き合ってくれている琴子さんに、息抜きをと思って持ってきただけ。フェアだろう?」

 北斗さんは微笑を浮かべてそう言った。押しつけがましくない優しさは、さすが北斗さんだと思う。

「ありがとうございます。少し、休憩したいと思っていたんですよね」

 彼の優しさを無下にしてはならないと、私はハーブティーを受け取る。
 だがその時、懐かしい記憶が脳裏をかすめた。それでつい、くすりと笑みがこぼれる。

「どうした?」
「ちょっと、昔のことを思い出しました。私の両親、すごく仲良かったんです。父が会社の経営をしていて、母がそれを手伝っていて。たまに、あうんの呼吸っていうんですかね? なにも言ってないのに、息ぴったりになることがあるんです。私は幼いながらに、なんとなくいいなと思っていて」

 忘れていた、幼い頃の記憶。私の頭にあった両親の思い出は、オリオンレジデンスホテルで過ごしたあの日だけじゃない。懐かしさに、ついそんなことを口走る。

「それは、俺たちが夫婦らしくなっているということか?」

 北斗さんがそう言って、はっとした。私たちは、偽装の夫婦だ。夫婦らしくなっていいのだろうか。

 だけどそう思うと、なぜか胸にちくりとした痛みが走る。
 その痛みに動揺しているうちに、北斗さんは「頑張りすぎないで」と言い残し、部屋から出ていった。

 北斗さんの顔を見られなかったのは、よくなかった。彼は、私たちが夫婦らしくなるのを嫌だと思って言ったのか、そうじゃないのか、わからない。

 とにかく、この結婚は偽装だ。彼はスパダリ気質だから、私に気を遣わせないようにと先まわりしてくれているだけ。
 彼のことだ。たとえ夫婦らしくなるのが嫌だったとしても、彼は露骨に態度に出したりしないだろう。だけど彼の本意がわからぬ今、過去のことをうっかり口走らないように気をつけよう。

 そう心に決め、私はさっさとハーブィーを飲み干すと、残りの仕事に勤しんだ。

< 45 / 105 >

この作品をシェア

pagetop