スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
「琴子!」

 北斗さんだ。彼は息を弾ませながらこちらにやってきて、私の隣で止まる。それからすぐに息を整え、早乙女くんに向かって笑みを向けた。

「君は、琴子の同僚の早乙女さん」

 すると、早乙女くんはすぐに目を伏せる。

「俺、帰りますね」

 彼はそのまま、私たちに背を向け早足で地下鉄のほうへと行ってしまう。

「お疲れ様」

 私が声を上げると、早乙女くんは一度こちらを振り向き会釈して、そのまま去っていった。

「すまない、邪魔をしてしまったかな?」

 北斗さんが私の顔を覗く。いつもと同じ笑顔のはずなのに、少しだけ不安そうに見えるのはなぜだろう。そしてそれが、嬉しいと思ってしまうのはなぜだろう。

 自分の気持ちに戸惑ったものの、私はすぐに気持ちを切り替え、笑顔を浮かべて小さく頭を振った。

「いえ、大丈夫です」

 本当は、早乙女くんの気持ちを覗いてしまったようで、気持ちが落ち着かない。北斗さんが来てくれたことに嬉しさを感じた自分自身にも、落ち着かない。
 だけど、もし早乙女くんの言葉を最後まで聞いてしまったら。北斗さんが、来てくれなかったら。私はうまく早乙女くんに言葉を返せていたとは思えないし、だからこれで大丈夫だったということにしたい。

 北斗さんは私の言葉に、不安の気配を消し去る。そのほっとしたような笑みにどきりと胸が跳ねたが、私は気持ちをどうにか鎮め、努めて冷静に声を出した。

「北斗さんは、どうしてここへ?」
「今日は俺も仕事が早く終わったし、たまには一緒に夕食を食べて帰ろうと思って」

 北斗さんはただの提案のように言ったが、きっと昨夜、私が遅くまで根詰めていたことを気にしているのだろう。彼の優しさは、いつもさりげない。

「ありがとうございます」

 すると、彼は静かに首を横に振る。

「俺がしたくて、誘っているだけ。なにか、食べたいものはある?」

 爽やかな笑みでそう言って、北斗さんは私の背に手を置いた。まるで抱き寄せられているような体勢に、胸がきゅんと音を立てる。

 あれ、どうしてこんなふうになるの……?

 ドキドキという胸の響きに戸惑い、彼を見上げる。その笑顔を見ていると、今度は胸がきゅっと苦しくなる。

「どうかした?」

 彼の問いに、はっとする。私は慌てて、口を開いた。

「さっぱりとした、和食が食べたいです」

 すると北斗さんは「了解」と優しく微笑んで、私をレストランへと誘った。

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