スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
 だがそう言った時、ピンポーンとドアベルが鳴った。玄関を振り向いたが、北斗さんに「俺が出るよ」と制されてしまう。

「獅子内様、本日は我がリゾートにようこそお越しくださいました」

 ホワイエから聞こえるのは、改まったような男性の声だ。私は荷解きの手を止め、思わず背を正した。そっとホワイエを覗くと、北斗さんが上質なタキシードを着た、ロマンスグレーの髪を丁寧にまとめた男性と笑顔で握手を交わしている。
 彼の襟元には金色のピンバッジと、このホテルのロゴマークの入った襟章がついていた。背後には黒いベストにソムリエエプロンをつけたスタッフがにこやかに佇み、その横には白い布を被せたワゴンが置かれている。

「支配人、今日も素敵な部屋をありがとうございます」
「とんでもない。獅子内様の大切な新婚旅行に我がチェアマンスイートをご指名いただけるなど、ホテルマンとしてこれ以上の名誉はございません」

 支配人はそう言うと、ふとこちらを向いた。優しく微笑まれ、つられるように北斗さんもこちらを振り向く。そして、私に穏やかな笑みを向けた。

「琴子、彼はこの施設の支配人だ。幼い頃からの馴染みでね」

 それで、慌ててそちらに向かう。彼の隣に立ち、私は丁寧に頭を下げた。

「初めまして、妻の琴子です」

 そう言いながらも、頭の中はパンクしそうなほど色々な情報がぐるぐると回っていた。

 支配人が直々に挨拶に訪れた、というだけでない。
 北斗さんが支配人と幼い頃からの馴染みであるということに加えて、彼の説明によると、この視察は『新婚旅行』で、私たちが今いるこの客室は『チェアマンスイート』らしい。

 チェアマンスイートとはホテルで最高級の、特別客室の名称だ。かなり広い部屋だと思っていたが、まさかこの部屋がそうなんて。
 北斗さんが御曹司ということを忘れていたわけではないが、あまりにも情報過多。咄嗟に彼の妻だと自己紹介できたことが、奇跡なくらいだ。

「この度は、本当におめでとうございます」

 支配人からの祝辞に、口角を引き上げる。だが、さすがに引きつってしまいそうだ。

「ありがとうございます」

 答えた声が硬かったからか、北斗さんが私の背にそっと手を置いてくれた。

「ウェルカムシャンパンをお持ちしたので、どうぞお楽しみください」

 支配人がそう言って、私たちをダイニングへと促す。それでも唐突にやってきた緊張は、なかなか抜けなかった。

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