スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない

5 私がすべき選択

 年が明けてから、あっという間に一か月が経った。

 箱根に建設していたオリオン・グラン・ヴィラは予定通りに竣工し、私は年末までにつくり上げたマニュアルを手に、ヴィラと都心を行き来する生活を送っていた。というのも、ヴィラのクオリティ・マネージャーとして、現地スタッフへの教育の一環を担っているからだ。

 オープンまでの約三か月、現地スタッフは座学でオリオングループのブランド理念や接客の基本概念、さらにシステムの使い方や救急救命について身に着ける。その中で、私は接客の基本概念を伝えたり、実際にロールプレイングをしたりしてスタッフたちの成熟度を上げる役割を担っているのだ。

 北斗さんには「あまり無理をしないで」と告げられたけれど、今までも彼は私を十分に労わってくれている。仕事くらいでしか返せないのだから、箱根との往復くらいなんでもない。

 一方、川西さんに間接的に応援された恋の進展は……ない。

 あのキスの意味は結局わからぬままだし、その後の生活の中で北斗さんの様子も以前と変わらない。だから私もできるだけ普通にして、キスのことは忘れようと努めている。

 一月の終わりから二月の初めにかけては、大寒というらしい。その言葉の通り、今日も朝から冷えている。
 私は北斗さんとダイニングで、いつものように朝食後のコーヒーを飲んでいた。

 だけど、彼との食事は今のこの時間でしばらくお別れだ。北斗さんは今日から一週間、海外出張に行くのだ。

 北斗さんは、秋に日本に戻るまで滞在していたアメリカで、有名高級ホテルチェーンとの業務提携を担当していたそうだ。ヴィラの運営統括担当になったことをきっかけに日本に戻ってきたが、アメリカではまだ交渉人が残っていたらしい。
 今回は、その最後のサインのためにアメリカに赴くのだという。パーティーや式典にも出席するため日程が長くなるとのことだ。

 まさか、そんなことまでしていたなんて。

 北斗さんは家ではまったく疲れた様子を見せないし、忙しさも感じさせない。だからたまに忘れてしまうけれど、彼はオリオングループの御曹司で、アミューズメント事業部、次期部長だ。そんなポストに就く彼が、忙しくないわけがない。

 コーヒーを飲み終えると、彼はさっそく玄関に向かう。

「琴子、行ってくる。今日からの研修、頼んだよ」

 彼は靴を履き終え、私に爽やかに微笑んだ。

 研修というのは、今日からホテルで行われるスタッフ研修のことだ。
 それはオリオン・グラン・ヴィラで働くスタッフをオリオンレジデンスホテル東京に呼び、実際の接客を通して接客の精度を上げようという試みで、私が提案し実現した。例年ホテルではこの時期は客室稼働数が減るから、人時的にも問題ないだろうと提案したのだ。

「北斗さん、こちらはお任せください。道中、お気をつけて」

 私はそう言って、笑顔で彼を見送った。なんとなく寂しさを感じてしまうのは、このところ一緒に出社していたからだと思う。

「さて、私も仕事、仕事」

 私は胸にやってきた寂しさをごまかすように、玄関でそう呟く。それから準備を整えて、早々に仕事へ向かった。

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