スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
 803号室前へと着く。私はマスターキーを使って扉を開け、鷲見様を中へと促した。

「こちらでございます」

 扉の先にあるのは、大きな窓の向こうに公園の緑が見下ろせる大パノラマのリビングルームだ。ここに勤めている私でも、この光景にはいまだに圧倒されてしまう。

 だが鷲見様は中に入ると、手にしていたビジネスバックを事もなげにソファに置く。そしてすぐに、こちらを振り向いた。
 ばちっと目が合い、どきりと胸が鳴る。まさか、部屋よりも先にこちらに意識を向けられるなんて。

 備え付けのバゲージボードに、後ろからやってきたベルスタッフが彼のスーツケースをのせる。鷲見様は彼に笑顔で「ありがとう、下がって」と言い、彼を部屋から追い出した。

 もしかしたら彼は、あまり部屋にこだわりがないのかもしれない。だったらなぜこの部屋に?

 疑問に思うものの、私はにこやかに彼に告げた。

「それでは、私もこれで失礼いたします。ご不便がございましたら、内線五番のフロントへお申し付けください」

 そう言って丁寧に頭を下げ、私も部屋を去ろうとした。

「待って、樫江さん」

 彼の声に、頭を上げる。すると彼は、美しい微笑を崩さず私に告げた。

「君、俺のコンシェルジュになってくれ」

「はい?」という声がもれかけたが、一瞬で喉奥にしまいこむ。私は笑顔を浮かべたまま、彼に告げた。

「大変光栄なことでございますが、専属のコンシェルジュにつきましてはフロント階のコンシェルジュデスクにて、専門の知識を持ったスタッフが承っております。私はフロントクラークですので、ご滞在中のあらゆるご要望にお応えするには力不足かと――」
「それは、ただの謙遜? それとも、俺と関わるのは面倒?」

 笑顔をぴくりとも動かさずにそう言う鷲見様に、私は言葉に詰まってしまう。本音が見えないから、返答に窮してしまったのだ。

 すると、鷲見様はくすりと笑う。

「ごめん、意地悪だったね。俺はただ単純に、優秀な君に頼みたいと思っただけなんだ。もちろん、無理難題を押し付けようと思っているわけではないよ。ちょっとした日常の補佐を、君にしてもらえたらいいなと思っただけ」

 だが、私にもホテルマンとしての矜持がある。私はすぐに笑顔を浮かべ、彼に告げた。
 
「大変失礼をいたしました。面倒だなんて、滅相もございません」

 すると、鷲見様の笑みが意味ありげなものに変わる。まるで試されているようにも感じたが、私は背を正し、にこやかで丁寧に口を開いた。

「私にできることは限られております。ですが、お力になれることがあれば、できる限りご対応させていただこうと思います」
「そう? 我儘を言ってしまったみたいで申し訳ないけれど……ありがとう。助かるよ」

 鷲見様は、満足そうな顔をしていた。

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