スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
 仕事終えてホテルの従業員出入口を出ると、少し先に見知った背中を見つけた。
 レザージャケットにジーンズという、どこにでもいそうな格好をした青年。だけどホテルマンらしくやたらと歩き方が綺麗な彼は、早乙女くんだ。

「お疲れ様」

 声をかけると、彼も「お疲れ」と返してくる。どちらともなく、私たちは並んで駅へと歩きだした。

「聞いたぞ。八階のVIPの、プライベートコンシェルジュになったって」

 私は「うん」と曖昧に答えた。彼の口調が、なぜか怒っているように感じたのだ。

 鷲見様を部屋に案内した後、私は事の次第をフロント課長に話した。課長は驚きつつも、「お客様の要望にできる限り応えるのはホテルマンのあるべき姿」「フロント課内でも共有しておく」と言ってくれた。

 けれど、フロントクラークの私が鷲見様のコンシェルジュを兼任するということは、フロント業務に支障を来たす恐れがあるということ。業務を増やされたと、同じフロント課の人間に敵意を向けられてもおかしくない。

「ごめん。フロント業務に支障が出ないようにはするから」

 言い訳がましいけれど、今はそう言う他ない。鷲見様にできる限り対応すると言ったのは私自身だ。
 だが、早乙女くんは「いいや」と言うように首を横に振った。

「別に怒ってるわけじゃない。樫江さんが多忙になるのが目に見えてわかってるから、潰れないかと思っただけだ。それに、彼……あの容姿だろう?」

 むすっとしたまま告げられた言葉に、きょとんとする。

 確かに、鷲見様をお迎えした後、バックオフィスはちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
 老舗ホテルの高級スイートに連泊されるVIP。若く容姿が整っていて、おそらく財力もあり行動力もある。個人的なことは考えないように気をつけている私も、いったい何者なのだろうと考えてしまった人物だ。女子たちが、色めき立たないわけがない。
 表では絶対にそれを出さないところが、彼女たちの素晴らしいところではあるけれど。

 そんなことを思い出し、私は苦笑いを浮かべて答えた。

「ありがとう。もちろん、難しいことは対応できないって断るつもりだし、早乙女くんに心配されないように自己管理もきちんとするよ」

 少しおどけてそう言うと、早乙女くんは「そう」と呟き、早足で先に行く。

「せいぜい、頑張れよ。フロント課の〝スパダリ〟さん」

 早乙女くんは言いながら、地下鉄の階段をさっさと降りていってしまう。
 ここから家まで、私は私鉄を使う。だから、一緒に歩くのはここまでなのだけれど。

「お疲れ様」

 慌てて彼の背中に言ったけれど、彼は手を軽く上げただけで振り返らなかった。

 早乙女くん、絶対に怒ってたな。

 私はため息をこぼしつつ、私鉄の駅へと方向転換する。だけど真っ直ぐ帰る気になれなくて、馴染みのバーへ向かった。

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