スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
「実は、昨夜莉緒ちゃんがいなくなって、連絡もつかなくて。今朝も樫江精機に来てくれないし、そんなふうに莉緒ちゃんを追い詰めてしまった責任は私にもあると思うから」
「そんな、莉緒が……」

 伯父が呟く。続けてため息をこぼしたその顔には、伯父の今までの苦悩が滲み出ている。

「だから、会社のお金のことやこれからの手続きは、私が責任を持って引き継ぐね」

 私は伯父に安心してほしいと、笑顔を向けた。だが伯父は納得いかない様子でこちらを振り向く。

「ホテルの仕事はどうするんだ? 旦那さんは、なんて言ってるんだい?」

 その必死な顔に胸が痛む。きっと伯父は、私と北斗さんが恋愛の末に結ばれたと思っている。だからこそ、こんなに心配してくれるのだ。
 だけど、私は首を横に振った。

「仕事のことは、信頼できる仲間がいるから大丈夫。北斗さんとは……離婚するよ。彼に迷惑をかけたくないもの」
「離婚なんて絶対ダメだ。琴子ちゃんがやっと手に入れた幸せを私が崩すなんて、あってはならん」

 案の定、伯父は必死の顔でそう伝えてきた。

「大丈夫。生きていれば、またいいことは巡ってくる。樫江精機が立て直したら、今度は私が北斗さんに求婚しようかな」

 冗談めかしてそう言ったけれど、余計に胸がちくちくと痛む。鞄の中で、役所でもらってきた離婚届の紙がカサリと音を立てたような気がした。
 そんな切なさをごまかすように、私は慌てて口を開く。

「伯父さん、今は治療に専念してね。悪いところを全部治して伯父さんが戻ってくるまで、とにかく樫江精機は私が繋ぐから」

 そう言って、私は立ち上がる。

「待ってくれ、琴子ちゃん」

 制止しようとする伯父の声を振り切り、頭を下げて病室を後にした。きっと伯父なら、わかってくれるはずだ。

 私は一度樫江精機に戻り、今後の予定をざっと組み立ててから帰宅した。
 樫江精機のことは、一旦は大丈夫。だから次にやることは、北斗さんとのことだ。

 私はリビングの床に、背を正して正座した。鞄から離婚届を取り出し、目の前のローテーブルに広げる。昨日からそこに置いたままのリングを横目に見ながら、離婚届にボールペンを走らせた。

 私たちの関係は偽装。愛などない、利害一致の結婚だった。
 北斗さんの気遣いはスパダリ級で、何度もその優しさに救われた。彼の態度にほっとしたり、ドキドキさせられたりもした。泊りに出かけた時にはキスもされ、それから彼を好きだと意識して――。

 書けば書くほど、涙があふれそうになる。だけど、涙で離婚届を濡らすわけにはいかない。
 好きになってしまったのは私の勝手。この気持ちは、私だけの秘密でいい。

 私は自分に言い聞かせ、なんとか離婚届を書き終える。それから、北斗さんへの手紙も書いた。

 今までともに過ごしてくれたことへの感謝、仕事についてはきちんと引き継いでから辞めるから心配しないでほしいこと。『一度決めたことはやり通す』と言ったのに、それを守ることのできなかった浅はかさに対するお詫びも添えた。

 それを終えると、私はスマホを取り出し、北斗さんの連絡先を消去した。彼と繋がる手段を残していたら、彼に甘えたくなってしまうかもしれないから。

 胸が重くて、痛い。だけどそのまま座っていたら動けなくなってしまう気がして、私はすぐに寝室へと移動した。必要なものをとりあえず鞄に詰め込み、家を出る準備をする。

 明日、最後の仕事に出かけたら私は樫江精機に向かう。しばらくそこで住み込みで働きながら、莉緒ちゃんのことも探すつもりだ。

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