婚約破棄された悪役令嬢ですが、最推しの騎士様を愛でるのに忙しいのでノーダメージです!〜推しグッズ工房を立ち上げたら、なぜかご本人から甘やかされています〜
私は思わず、理性の歯止めを失っていた。
「……あの、レイナルド卿!」
レイナルドが、ゆっくりとこちらを振り向く。
その瞳に宿るのは、憐憫すら微塵もない、絶対的な虚無。
冷ややかな氷の壁だ。
「……何か御用でしょうか、エルデンベルク嬢」
(ひっ……! 冷たい! けどその絶対零度の眼差しさえもご褒美……! ありがとうございます!!)
私は昂ぶる動悸を必死に抑え込み、懸命に言葉を紡いだ。
(落ち着け私! キモいファンだと思われたら終わる!)
「その……常日頃の献身に感謝を。殿下をお守りする貴方の気高きお姿、心から尊敬しておりますわ」
レイナルドの形の良い眉が、わずかにピクリと動いた。
困惑か、それとも嫌悪か。
……うん、これはね、間違いなく嫌悪だ。
「……お言葉ですが、これは私の義務にすぎません。エルデンベルク嬢に心痛をおかけするようなものではないかと」
突き放すような、無機質な拒絶。
だが、その瞬間、私の脳内に前世で学んだ、とある哲学者の言葉が雷撃のように奔った。
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『愛とは、
対象を所有することではない。
対象の自由を承認することである』
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――ああ、これだ。これこそが推し活のイデア……!
「……エルデンベルク嬢?」
怪訝そうに眉をひそめる最推し。
その、まるで路傍の石を見るような冷徹な瞳があまりにも尊くて、私は危うくその場にひれ伏しそうになるのをこらえた。
(危ない危ない、思わず「好きです」って拝み倒すところだった)
そう、彼は『義務』という氷の檻の中に、その高潔な魂を閉じ込めている。
ならば、私がすべきことは彼に媚びへつらうことではない。
彼の義務を物理的に支え、彼の美学をこの世の形あるものとして固定すること……!
ひらめいてしまった!
彼のすべてを全肯定するために、この完璧に磨き上げられた令嬢の爪を切り捨て、鍛冶ハンマーを握ることも辞さない。
この手で、推しの美を永遠に保存するための聖域を築き、その中で哲学的に彼を愛でるのだ!
死の運命?
王子との婚約破棄?
そんなもの、推しの尊さに比べたら些末な問題にすぎない。
ていうか今それどころじゃないし!
「珍しいな、アルマデリア。お前が私以外の男に言葉をかけるとは……話はまた改めて。……行くぞ、レイナルド」
エドウィン殿下が訝しげに目を細めた後、踵を返す。
彼らが去った後、重い扉の音が虚しく響いた。
今の私は知っている。
原作の悪役令嬢アルマデリアは、レイナルドのことを「殿下の時間を奪う邪魔な番犬」として忌み嫌っていたことを。
つまり、現在の彼の私に対する好感度は、すでにゼロを通り越してマイナスだ。
「…………つらっ」
誰もいなくなった応接室で、私は顔を覆ってひとり天を仰いだ。
推しに嫌われてるとか、前世だったら三日は寝込むレベルのダメージだ。
だが、オタクは逆境にこそ燃える生き物である。
マイナスからのスタート?
上等じゃない。
見てなさい。
推しを拝めるこの世界で、私は私のオタク道を極めてみせるわ!
あ、断罪回避もしなくちゃ。