窓ガラスの向こうにいた恋
「珍しいな、凪が寝坊なんて。」
その声に振り返ると、澪先輩が笑って立っていた。
「おはようございます。」
「おはよう。凪ちゃんは?」
「寝坊みたいです。」
「あらら。」
二人で顔を見合わせて笑う。それだけのことなのに、なんだか少し嬉しかった。
十分ほどして、息を切らした凪が駆け込んできた。
「ごめんなさいー‼」
髪は少し跳ねたまま。マフラーも曲がっている。その姿がおかしくて、私も澪先輩も噴き出してしまった。
「もう、二人とも笑わないでよ!」
凪は頬を膨らませる。
「だって、凪が寝坊なんて初めて見た。」
「ほんとそれ。」
澪先輩まで笑うものだから、凪は「今日は厄日だ~」と肩を落とした。
花市場は、想像以上の活気だった。色とりどりの花が並び、花の香りと人の声が入り混じっている。
バラ、カーネーション、スイートピー、ラナンキュラス。
普段は店先でしか見ない花たちが、箱いっぱいに並ぶ光景に胸が躍った。
「好きなの選んでいいよ。」
澪先輩が言う。
「えっ、私たちが?」
「うん。売る相手のことを想像しながら選んでみて。」
凪はすぐにオレンジ色のガーベラを手に取った。
「元気が出る色!」
「凪らしいね。」
私は淡いブルーのデルフィニウムへ自然と目が向く。澪先輩はそれを見て、小さく微笑んだ。
「翡翠ちゃん、その色好き?」
「はい。なんだか…見てるだけで落ち着くので。」
「私も大好き。」
その一言が、胸に刺さった。
仕入れを終え、伝票を確認していた澪先輩が突然首をかしげた。
「あれ…?」
「どうしました?」
ガーベラ十本頼んだつもりが…。」
伝票を見ると、二十本になっていた。
「先輩、倍になってます。」
凪が笑いをこらえながら言う。
「ほんとだ…。」
澪先輩は耳まで赤くした。
「ごめん、やっちゃった。」
その姿があまりにも新鮮で、私まで笑ってしまう。
「澪先輩でも、こんなことあるんですね。」
「あるよ~。」
照れくさそうに笑う澪先輩を見て、
(完璧じゃないんだ)
そう思った。少しだけ親近感が湧いて、嬉しかった。