弾け跳ぶアセロラ
7. 縮まったか!?2年3組
「もしもしーヒロ?ゴメン!晩御飯いらないって早苗ちゃんにも言っといて」
「はー?今日バイト早く終わるって言ってたろ」
「そうだけど、校外学習の何やらやってもらうのに、班のみんながアタシのバイト先に来るってなったの!」
「へー。でも残念だなー。由加梨の好きな唐揚げ食べながら、テレビ見たかったのになー。じゃ、母さんに伝えとく」
「え!ちょっと、残し」
プープー⋯⋯。
「クソッ!」
アイツわざと電話切ったな。スマホをカバンに投げ込んで、注文用のハンディ端末を乱暴にポッケに突っ込んだ。
「いらっしゃいませー⋯⋯うっ」
出勤早々、入り口に見覚えのある4人組。
もう帰りたい。まさか本当に全員来るとは。
「あ、リーダーだ!僕たち4人でーす。ご案内お願いしまーす」
遠くから大きく手を振る中園の後ろで、あとの3人はモジモジしている。
「4名様ですね、こちらの席にどうぞー」
入り口まで行かずに大声で4人を呼んで、奥にある端っこの席に案内した。
お冷を持って行く途中、道を塞ぐようにデカいエノキが1本生えている。
「瑞嶋、ちょっと邪魔」
声をかけても動かなかったので、席まで押し込みながらお冷を運んだ。テーブルに、お冷とカトラリーを並べる。
「くれぐれもアタシの邪魔だけはしないように!はい、注文は?ご注文どぞー」
メニュー表越しに瑞嶋がアタシを見ている。何も言ってこないし、足で押し込んだことに怒っているのかもしれない。
なぜか、メニュー表は逆さまだけど。
「まだ注文なんて決まってないよ。冷たいなーリーダー。邪魔なんて、そんなことしないよ。ね、みんな?世良さん制服も似合ってて、様になってるしスゴイ!学校じゃポッケに手を突っ込んで歩いてるとは思えなーい」
「⋯⋯」
呆れて言葉も出ない。スラスラと嫌味まで言ってくる中園が憎たらしい。
他のみんなは無言のまま、スマホを見て不自然に笑っている。気持ち悪いのでシカトして仕事に戻った。
常連のおばさんに料理を運んだ帰り、重なる入店音。
「いらっしゃいませー⋯⋯って茉菜?それに、岡田その2と岡田その3も!」
考える間もないほど入店音が連続で鳴り響く。
「は?寺前?ちょ、他にも。部活は?って、アンタも?え⋯⋯」
理由を聞けないまま、次から次へと来る人の塊を、ロボットのように案内していく。
「こちらにどうぞーこちらにー」
どんどん埋まっていく席。気付けば全班いた。
ため息をつきながら、大量のお冷を準備していると茉菜の声が聞こえてきた。
「由加梨コレ見てよ」
スマホを片手に周囲と目配せしながら近づいてくる。
見せてきたスマホには、短いやりとりで埋め尽くされたトーク画面。その画面をスクロールする素早い指が、止まった。
「何だコレ⋯⋯『世良さんがジョイクルでバイトしてるから会議場所で困ってる班は集合!もしかしたらオマケしてくれるかも?』って、できるかー!」
フザけたことを送っていたのは中園。それに続けて岡田とちほちゃんも『カモン!』のスタンプを送っていた。瑞嶋だけが『NO!』のスタンプ。
ムカついてるアタシの横で、茉菜はヘラヘラと笑っている。
「用事で来れなかった子もいたみたいだケド。それとクラスのグループチャット入ってないの、あとは由加梨だけだから。バイト終わったら入ってちょうだいね〜」
そう言って、少しだけ駆け足になってく後ろ姿。
「鬼丸さんのとこ、行かなくて良かったのー?」
声を掛けたが振り向かず、親指を立てて席へ戻っていった。
「彼氏彼氏だったくせに、珍し」
声が漏れてしまう。聞こえてたかもしれないけど。
みんなからのウザい視線は、気付けば無くなっていて今はプリントに夢中っぽい。
そんなみんなを見ながら、散らかったテーブルを片付けて、拭いて、整える。
この作業は苦痛だったけど今なら楽勝。案内、提供、片付けを、ひたすら繰り返して繰り返す。
そして怒涛の2時間がやっと終わった。こんなシビレた日はゴールデンウイーク以来。
「お待たせー!」
「由加梨、お疲れ様」
座ると副リーダーが、付箋紙のついたプリントを持ってアタシに差し出す。
「すご、分かりやす、ほぼ決まってんじゃん。」
「瑞嶋君を中心にみんなで頑張りましたー。あ、班だけじゃなくてクラスのみんなね」
中園は得意げに他の班のみんなへ手を向ける。
「三人寄れば文殊の知恵?的な」
この中園の発言で、あちこちのテーブルから小さくパチパチと聞こえてくる。
いつの間に団結してたんだ。
「文句言いたいところだけど、ここまでやってもらったら何も言えない。ありがとう。でも、クラスのみんなもよく来たよね」
ここで、ちほちゃんが茉菜を指さした。
「中園君の呼びかけだけじゃみんな来ないよ。彼氏が怖いからだと思う。あの不良の。」
毒にやられ、固まっている中園を押しのけて、岡田がアタシにスマホを向ける。そこには。
「『ワタシ彼氏との予定より班会議優先するから。そしたら彼氏も、みんな熱心に会議してるなら見に行こうかな?って言ってるわ』って。だからあんなに早くスクロールしてたのか」
確かに鬼丸さんが来るってなったら怖いよなー。とクラスのみんなには同情した。
それと面白がっていた数人は後で始末しよう。
「ハァ、ハァ」
急にちほちゃんは、水を一気にガブ飲みしたあと口をパクパクさせていた。
「ちほちゃん?どうしたの?」
アタシが声をかけた瞬間、テーブルに強く手を置いて、空になったグラスと皿が鳴る。みんなの手も止まってしまった。
「私ね」
ちほちゃんは、勢いよく立ち上がりアタシを見る。
「あのね、私も由加梨ちゃんって呼んでもいい?」
「ん?」
何を言われるかとヒヤヒヤしてたせいで、しばらく言っている意味が分からなかった。
意味をやっと理解した。でもすぐ思い出してしまった。100本目のアセロラジュースが買えなかった日のこと。
「大丈夫?由加梨ちゃん、口元が⋯⋯」
「え?口元?」
アタシはどんな口元をしてたのか。すぐに口を引き締める。
「あ、全然オッケー!ならアタシも、ちほって呼ぼうかな?」
「それは嫌」
「嫌?」
思わず聞き返してしまった。ちほちゃんは座ると、震えていた手をテーブルの下に隠す。
「ほっちって呼んでほしいかな。仲良い子からそう呼ばれてるから」
「ほっち?イイね!」
一瞬ドキッとしたけど、嬉しくてすぐにほっちと呼んだ。鼻歌交じりにペンを回して、プリントを見返す。
ペン回しが最近、上手になってきた気がする。
「えーじゃあ僕はみつるんがいいな」
抜かりないな中園。
「わかったー、中園ね」
「なんでよ、世良さんって男子は下の名前で呼ばないの?」
カシャンッ――。
ペンが思ったよりも、遠くに落ちた。