見積もりには書けないもの

第三十話 『サイドブレーキ奈津子』

左手に、優しい圧力を感じた。

暫く、見つめ合う。

もう……

どうにでもなれ。

一瞬、そうよぎった。

けれど、我に返った。

視界に、見慣れた車が入ったからだ。

「あれ……山崎さんの車だな……」

対面するように車庫入れをしている車のナンバーを見て確信した。

725。

山崎 奈津子。

幾度となく通っているコンビニで見る山崎さんのナンバーは、嫌でも記憶されていた。

目が合った。

気まずさと言い訳を必死に練り合わせながら、先に車を降り、山崎さんの元へと近づいていく。

もう、それしかないだろ……

そう言い聞かせながら。

「こんにちは」

ニヤリとした、含み笑いを浮かべながら山崎さんから挨拶をくれた。

「こんにちは」

必死に、

「やましくないよ」

を言葉に結びつけながら説明をした。

すると山崎さんは、

「別に何も言ってないじゃん」

と、すっと言った。

見透かされている感を感じるしかなかった。

車に戻る。

今度は森下さんに、山崎さんの説明をした。

「そっか……」

「わたしが車で食べたいなんて言わなきゃ良かったね……」

寂しそうに話す森下さんを、やっぱり愛おしく感じた。

それと同時に、バッタリ会った山崎さんに、

サイドブレーキ奈津子

と勝手にあだ名をつけ、心の中でお礼を言った。

最初こそ少し暗い感じになってしまったものの、二人は車内でお弁当を食べながら、またたわいもない会話で盛り上がった。

そして、改めて居心地の良さを感じていた。

午後十二時五十五分。

「そろそろ行こっか」

俺が言った。

午後からの作業も順調に進んだ。

大山さんから、

「明日、二人で来て頑張れば終わりそうですね」

と言ってもらえた。

床は半分近く張り終わり、明日の間仕切り側も終わるように段取りができていた。

翌日も、段取り通りに進みそうだ。

帰りの車で、自問自答を繰り返した。

山崎さんに感謝すべきか……

メイン通りから二つ目の信号を左折する頃には、答えが出ていた。

正解、不正解じゃない。

俺が選ぶんじゃない。

山崎さんにバッタリ出会えたのは、

正解以外、なにものでもない。

そういうことに……

ピコーン。

LINEが鳴った。
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