天使とケサランパサランの靴屋
 コーリャは、心からそうありたいと深く頷きます。

「ああ、そうするよ。このまま君と……ずっとここにいる」

 その言葉を聞いた瞬間、そばかすの天使の顔が哀しみで歪みました。
 彼女は愛おしそうにナターシャの頭をなでると、心の中で静かに別れを告げます。

 温かく楽し気な夫婦の会話と、ナターシャのまっすぐな視線を背に受けながら、天使はゆっくりと工房の入り口へ近づいていきました。

 もう一度だけ食卓の笑顔を見つめ返すと、意を決したように、弱々しく、けれど拒絶するようにドアを叩きました。

 トン、トン……。トン、トン……。

「あら?」

 再び立ち上がろうとするエレーナを、コーリャは手で静かに制します。

「いいよ、僕が出よう」

 そばかすの天使は悲痛な表情を浮かべ、最後の力を振り絞るように、再び口元だけを動かしました。

(――ケサラン、パサラン)

 すると、先ほどまでの優しいノックの音は、まるで時の終わりを急かすような、不穏で奇妙な響きへと変貌していったのです。

 ドンドンドンッ。ドンドンドンッ。

 激しい音に、コーリャは戸惑いながらドアに向かって声をかけました。

「……どなたですか?」

 返事は返ってきません。ただ、静寂とともに、先ほどまでの温かなオレンジ色の光が急速に褪せ、部屋にすうっと冷たく暗い影が落ちていきました。

 横に立つそばかすの天使は、胸を痛めながらもうつむき、彼から静かに顔を逸らしています。

 コーリャが意を決してドアを開けると、そこに立っていたのは――顔色を変え、凄まじい勢いで走ってきた「もう一人の自分」でした。
< 22 / 36 >

この作品をシェア

pagetop