今日も悪魔に恋してる 〜塩対応な先輩は、絶対に好きと囁かない~
「何した?」
祈りも虚しく、召喚されたのは佐久間主任。
感情の読めない漆黒の瞳が、今のあたしには悪魔より怖い。
「えっと……」
「数式消えてる」
尋問するような瞳が、あたしの答えを促してくる。
姿勢だけは背筋を伸ばし、萎縮してしまいそうなのを踏ん張る。
「あ……見やすくしようと思って——」
「頼まれてへんこと、勝手にすんな」
「……っ」
感情の見えない、ただ冷たいだけの声がピシャリと遮った。
絶対零度の空気がフロア中に広がり、他の社員も一斉に黙りこくる。
「備品管理やろ。数字ひとつ狂ったら、困るんお前だけちゃうぞ」
「……はい」
「次から、触る前に確認せぇ」
「すみませんでした……」
分かってる。
佐久間主任がド正論しか言ってないことぐらい。
でも——。
(……優しくない!!)
鼻の奥がツンとするのは、仕事でミスをしたからか。
それとも、塩対応のせいだからか。
でも、迷惑をかけたことを、涙で誤魔化したくない。
(悔しいっ……次は絶対同じミスはしないっ)
服の裾を掴み、なんとか堪える。
そうこうしている間に、作業をしていた佐久間主任が立ち上がる。
「山根、ここだけチェックしとけ」
「分かりました。ありがとうございます」
主任が指差した画面を、山根さんは目で追っていく。
「おい、新人」
「はっ……はいっ」
多分、あたしのことだと返事したが、佐久間主任は何も言わない。
その代わり、じっと目を見つめたまま。
(なに……?)
結局、一言も発しないまま、背を向けて歩き出す。
山根さんがもう一度お礼を言ったので、あたしも慌てて続ける。
「ありがとうございましたっ」
(全っ然、優しくない!!)
心のどこかで期待していた淡い気持ちは、見事に打ち砕かれた。
「小鳥遊さん、ちょっと休憩しておいで」
「……大丈夫ですっ」
「そっか。でも……」
山根さんが自分の目元をトントンと指差す。
そこで初めて気づいた。
頬に、冷たいものが伝っている。
「……っ」
慌てて眼鏡を外し、手の甲で拭う。
(だから佐久間主任、あたしのこと見てたんだ……)
(涙……見られたくなかったなぁ……)
再び眼鏡をかけて、パソコンを見る。
「あれ?」
「佐久間主任、全部直してくれたんだよ」
「え?」
「ついでに入力ミスしにくいように、管理表も組み直してくれてる」
「……見やすくなってる」
(……だから、全然、優しくない)
そう思ったはずなのに。
きれいに整えられた管理表を見ていると、さっきまでの怒りが行き場を無くした。
(何なのあの人……)
優しくない。
言い方だって最低で、悪魔なのも分かるかも。
それなのに。
管理表の向こうに、さっきの漆黒の瞳がちらつく。
(……全然、分かんない)
分からないからこそ。
もう少しだけ、知りたいと思ってしまった。