誰でもいい、にはなれなかった

第2部 押してしまった「いいね」

画面に表示された、ひとつのプロフィール。

さっきから何度も見ていた。

写真は自然で、自己紹介もそこまで作り込まれていない。

趣味も、少しだけ自分と合いそうだった。

何より。

「この人なら、明日一緒に遊んでもいいかも」

そう思えた。

その「かも」が、ほんの少しだけ嬉しかった。



指を画面に近づける。

さっきまでなら、ここで止まっていた。

でも。

今回は違った。

「……えい」

ほんの一瞬。

指先が画面に触れる。

いいね。

押した。



「……押した」

自分でも驚いた。

たったそれだけなのに、妙に心臓が速い。

別に告白したわけじゃない。

会うと決まったわけでもない。

ただ、プロフィールに「いいね」を送っただけ。

それなのに。

「……どうしよう」

少しだけ落ち着かない。



そのときだった。

画面が切り替わる。

見慣れない表示。

一瞬、意味が分からなかった。

そして。

目を見開く。

「マッチしました」

「……え?」

思わず画面を二度見する。

「え、うそ」

まさか。

まさか、本当に。

向こうからも「いいね」が来た。

だから、マッチした。

当たり前の仕組みなのに。

実際に自分の画面に表示されると、思っていた以上に現実味があった。



「……マッチ、した」

少しだけ嬉しい。

やっぱり。

自分のことを悪く思われなかったのだと思うと、ちょっと安心する。

ほんの少しだけ、自信も湧く。

そして。

その直後。

胸の奥が、ざわついた。

「……あれ?」

さっきまでと違う。

「いいね」を押す前は、

この人と話してみようかな。

ただそれだけだった。

でも今は。

この人が、私を「いい」と思った。

そして。

私たちは、お互いに「いい」と思ったことになった。

それが急に。

妙に重たく感じた。



スマホを伏せる。

数秒。

また手に取る。

マッチ画面を見る。

プロフィール写真。

名前。

年齢。

さっきまでただの「知らない人」だったものが。

今は。

「私と話すことのできる人」

になっている。

その変化が。

なんだか怖かった。



通知が鳴った。

「……!」

反射的に画面を見る。

メッセージ。

もう来た。

早い。

少しだけ緊張しながら開く。

「マッチありがとうございます!
よかったらお話ししませんか?」

短い。

普通の文章。

嫌な感じは全くしない。

むしろ、丁寧だった。

だからこそ。

困った。



「……返さなきゃ」

そう思う。

自分から「いいね」を押したのだから。

返事をするのが普通だ。

入力欄を開く。

「こちらこそありがとうございます!」

打つ。

……止まる。

なんとなく違う気がして、消す。

「よろしくお願いします!」

打つ。

また消す。

「こんばんは!」

……これも違う。



何を書けばいいんだろう。

たった一言。

たった一通。

それなのに。

指が動かない。



相手は何も悪くない。

むしろ。

感じのいい人だ。

写真も嫌いじゃない。

プロフィールも悪くない。

だから。

「返事をしたくない理由」が見つからない。

なのに。

胸の奥のざわつきだけが。

どんどん大きくなっていく。



私は画面を閉じた。

「……ちょっと落ち着こう」

水を飲む。

スマホから離れる。

少しして。

また戻ってくる。

通知を見る。

まだ。

メッセージは一件だけ。

「マッチありがとうございます!
よかったらお話ししませんか?」

何度見ても。

変わらない。



「……ごめんなさい」

誰に言っているのか、自分でも分からなかった。

別に。

断られたわけじゃない。

嫌われたわけでもない。

むしろ。

向こうから話しかけてくれた。

それなのに。

私は。

返せなかった。



「明日、暇だったから始めたんじゃん」

自分に言い聞かせる。

誰かと遊びたかった。

だから。

アプリを入れた。

いい人がいた。

だから。

勇気を出して「いいね」を押した。

そして。

ちゃんとマッチした。

全部。

思い通りに進んでいる。

なのに。

どうして。

こんなに苦しいんだろう。



画面を見つめる。

メッセージ入力欄。

そこにカーソルが点滅している。

返そうと思えば。

今すぐ返せる。

「ありがとうございます」

それだけでもいい。

なのに。

どうしても。

送信ボタンを押せなかった。



私はとうとう。

スマホを伏せた。

そのまま。

しばらく動かなかった。

マッチしたことが嬉しくなかったわけじゃない。

むしろ。

嬉しかった。

誰かに選ばれたこと。

「会ってみてもいい」と思ってもらえたこと。

それは確かに嬉しい。

でも。

その嬉しさと。

この胸のざわつきは。

どうしても一緒にはならなかった。



まだ。

私は知らなかった。

この違和感が何なのか。

なぜ。

「いいね」を押すところまではできたのに。

「話しませんか?」

と聞かれた途端。

何もできなくなったのか。
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