誰でもいい、にはなれなかった

第3部 だったら、遊びならどうカナ?

マッチングアプリを閉じた。

スマホをベッドに放り投げる。

「……無理」

天井を見る。

「やっぱ無理だわ」

何が無理なのかは、自分でもよく分からない。

ただ。

さっきマッチした相手から来たメッセージ。

「よかったらお話ししませんか?」

あれに返事ができなかった。



そもそも。

私は恋人を探しているわけじゃない。

明日の予定がなくなった。

暇になった。

誰かと遊びたい。

それだけ。

なのに、マッチングアプリを開けば。

「真剣に恋人を探しています」

「素敵な出会いがあれば」

「まずはメッセージから仲良くなれたら」

……いや。

そこまでじゃない。

私は明日の暇を埋めたいだけなんよ。

人生の伴侶を探してるわけじゃない。



「……待って」

私は起き上がった。

もしかして。

問題は。

マッチングアプリだからでは?

恋愛目的の人と会おうとするから。

「この人、私のことどう思うんだろう?」

とか。

「もしかして恋愛対象として見られてる?」

とか。

変なことを考えてしまう。

だから。

返事ができない。



「……だったら」

私はスマホを握り直した。

そして。

「最初から遊び目的ならいいんじゃないカナ⁉️😃」

自分でもびっくりした。

何だ、この発想。

まるで誰かに耳元で囁かれたみたいに、突然出てきた。

普段の私なら。

絶対こんなこと思いつかない。

……いや。

でも。

待って。



恋愛じゃない。

付き合う前提でもない。

お互いに最初から目的が分かっている。

それなら。

むしろ。

こっちの方が楽じゃない?

「……パパ活とか?😩」

口にしてから。

一瞬考える。

「いや、別にお手当が欲しいわけじゃないヨ⁉️」

誰に言い訳しているのか分からない。

本当に。

お金が欲しいわけではない。

ただ。

一緒に遊ぶなら。

ご飯代とか。

遊びにかかるお金とか。

出してもらえるんでしょ?

「……」

それ。

「普通にラッキーじゃね?😏」

私は真顔で天井を見た。

「めっちゃラッキーでは?😘💕」

自分で言っておいて。

ちょっと笑ってしまった。



しかも。

相手も遊び目的。

私も遊び目的。

恋愛じゃない。

変な期待も生まれない。

お互いに分かっている。

完璧じゃん。

「これだ」

私は謎の達成感を覚えた。

さっきまであんなに悩んでいたのが嘘みたいだった。



さっそく検索する。

それらしいサービスを見つける。

プロフィールを見る。

なるほど。

こういう世界か。

男性側のプロフィールを眺めていると。

「お食事からでも気軽に😊」
「楽しく過ごせたら嬉しいです✨」
「美味しいもの好きです🍣」

「……」

私は眉をひそめる。

「絵文字……」

まあ。

いい。

このくらいなら。

普通……なのか?

「美味しいもの好きです🍣」

「寿司……」

強い。

寿司は強い。



しかし。

いざ。

自分から「いいね」を押そうとすると。

また。

指が止まった。

「…………」

「……なんで?」

さっきと同じ。

ボタンはそこにある。

押すだけ。

なのに。

押せない。



「……オジサンだから……⁉️」

ふと頭をよぎった。

いや。

違う。

年齢の問題じゃない。

たぶん。

でも。

なんか。

ちょっと。

「……うーん」



「いやいやいや」

私は自分を説得する。

恋愛じゃない。

相手も遊び。

私はお手当を要求しているわけでもない。

ただ。

明日。

一緒に遊ぶ。

それだけ。

「何をそんなに怖がってんの、私」

指を近づける。

……止まる。

離す。

「…………」

別のプロフィールを見る。

また指を近づける。

止まる。

「…………」

さらに別の人。

止まる。

「…………」

「お前、さっきから何回止まるねん!!」

一人でツッコんだ。



一度スマホを置く。

深呼吸。

「よし」

もう一回。

プロフィールを見る。

今度は。

比較的自然な写真の人。

文章も普通。

年齢も近い。

絵文字も。

……まあ。

許容範囲。

「……この人なら」

指を置く。

三。

二。

一。

タップ。



「……押した」

押せた。

「よし……!」

なぜか。

受験に合格したくらいの達成感がある。



そして。

数分後。

通知。

「……?」

画面を見る。

マッチしました。

「え」

「……えっ」

「マッチした」

二度見する。

三度見する。

「いや、マッチするんかい」

そりゃ相手も「いいね」を押してくれたんだからマッチする。

当たり前だ。

でも。

実際に表示されると。

急に現実味が出てきた。



そして。

すぐにメッセージが届いた。

「はじめまして😊
マッチありがとうございます!
明日お時間ありますカナ❓」

「…………」

絵文字。

一個。

カタカナ。

一個。

「……」

ちょっとだけ、おじさん。

でも。

嫌な感じはしない。

むしろ。

ちゃんと感じがいい。



私は入力欄を開いた。

「こちらこそありがとうございます!」

打つ。

……送れない。

「…………」

またか。

消す。

「はじめまして!」

……送れない。

消す。

「よろしくお願いします!」

……硬い。

消す。

「なんなん私……」



スマホを置く。

五秒後。

また取る。

メッセージを見る。

「はじめまして😊
マッチありがとうございます!
明日お時間ありますカナ❓」

「……明日」

明日は暇。

だから。

ここにいる。

返せばいい。



「明日大丈夫です!」

入力。

止まる。

「……」

送る。

……いや。

怖い。

消す。



「なんでやねん」

今度は自分にキレる。

「会いたいから登録したんやろ!?」

「そう!」

「いいね押したやろ!?」

「押した!」

「マッチしたやろ!?」

「した!」

「じゃあ返せや!!」

「……はい」

一人で完結した。



もう一度。

「明日大丈夫です!」

送信。

送った。

「…………」

しばらく画面を見つめる。

既読。

そして。

すぐ返信。

「よかったです😊
じゃあ明日お会いしませんか?😃
お昼くらいからどうですか?😃」

「…………」

会う。

明日。

本当に会う話になった。



ここまで来ると。

逆に。

少し笑えてきた。

何時間も悩んで。

何度もスマホを置いて。

何度もプロフィールを閉じて。

それで。

結局。

「明日会います」

まで来てしまった。

「……私、何してんだろ」

でも。

不思議と。

少しだけ楽しみでもあった。



「お昼なら、まあ……」

ご飯を食べて。

少し遊んで。

話して。

それで帰る。

それくらいなら。

きっと大丈夫。

私はそう思った。



そして。

相手から最後にメッセージが届いた。

「明日楽しみにしてますね😊
美味しいもの食べましょう🍣」

「……」

寿司。

また寿司。

「…………」

私は少しだけ笑った。

「まあ、寿司食えるならいっか」

そう思って。

スマホを伏せた。



このときの私は。

まだ知らなかった。

「恋愛じゃなければ大丈夫」と考えたことも。

「遊びなら平気」と自分に言い聞かせたことも。

全部。

自分の本当の気持ちから目を逸らすための、

都合のいい理屈だったのかもしれないということを。

その答えを知るのは。

もう少し先の話だった。
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