不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

第4話 王子様がやってきた

アパートへ帰り着くと、美月は部屋の扉を閉め、鍵を二つともかけた

チェーンまで掛けたところで、ようやく大きく息を吐く

「つ、疲れた……」

御堂怜司

十五年前に一晩だけ看病した少年

子どもの頃の約束を本気で信じ、そのために不動産王と呼ばれる男にまでなった

そして再会して早々、結婚を申し込んできた変人

あまりにもいろいろなことが起こりすぎて、まだ頭の中を整理できていなかった

美月は靴を脱ぐと、鞄の中から一枚のクリアファイルを取り出した

帰りに立ち寄ったコンビニで、アニメ作品のくじを引いて手に入れたものだ

そこには、銀色の鎧をまとい、凛々しい表情で剣を構える女性騎士が描かれている

二十年以上前に放送された作品で、美月よりも母のほうが熱心なファンだった

母が好きだったキャラクターを狙い、二回目で引き当てた

「ママ、見て」

美月は部屋の隅に置かれた小さな仏壇の前へ座った

写真の中で、母が穏やかに笑っている

「一発では無理だったけど、ちゃんと当てたよ」
「ママが言ってくれてた通り、私ってラッキーガールだね」

クリアファイルを写真の横へ立てかける

母が生きていた頃なら、きっと子どものように喜んだだろう

そして傷がつくから使わないと言い張り、透明な袋へ入れたまま大切に保管したに違いない

「今度、ちゃんと飾れる額を買ってくるね」

美月は手を合わせてから立ち上がった

壁一面を埋める漫画の棚

ガラスケースの中に並べられたフィギュア

壁にはお気に入りのアニメのポスターが貼られ、棚の上にはキャラクターのぬいぐるみが所狭しと並んでいる

缶バッジを飾ったボードや、コラボカフェでもらったランチョンマットも、きれいに額へ収めてあった

母と二人で集めたものも多い

狭い部屋だった

けれど、美月にとっては何よりも落ち着ける場所だった

「とりあえず、お風呂……」

今日は一刻も早く、外出用の自分を脱ぎ捨てたかった

美月は着替えを抱え、浴室へ向かう

熱いシャワーを浴び、髪を洗い、丁寧にメイクを落としていく

鏡の中から、怜司の高級マンションで縮こまっていた女性が少しずつ消えていった

風呂から上がると、よれたTシャツとジャージに着替える

まだ乾ききっていない髪を頭の上で適当に結び、大きな丸眼鏡を掛けた

鏡の前には、先ほどまでとはまるで別人の自分が立っている

けれど、美月は満足そうにうなずいた

「よし! 私に戻った!」

この姿こそ、本来の自分だった

美月は居間へ戻ると、フィギュアやぬいぐるみたちに囲まれながら、ベッドへ勢いよく倒れ込んだ

「はあああ……我が家、最高……」

怜司の家は広くて、豪華で、窓から見える夜景もきれいだった

けれど、あの部屋では息をするだけでも苦しかった

古くて狭くても、この部屋には母との思い出があり、自分の好きなものがすべて詰まっている

美月はしばらくベッドの上で幸せをかみしめていたが、やがて空腹を思い出した

「今日はもう、何も考えないもんね!」

帰りに買ってきたカレーの袋をテーブルへ置く

中から取り出したのは、ほうれん草とチーズをトッピングしたカレーだった

普段ならどちらか一つで我慢するところだが、今日は特別だった

十五年ぶりに会った男から突然結婚を迫られ、そのまま超高級マンションへ連れていかれたのだ

今日は酷い目に遭ったし、なんだかすごく疲れた

トッピングを二つつけるくらいの贅沢は許されるはずだ

「今日は頑張ったもんね~」

誰に言うでもなく自分へ言い聞かせ、美月は録画していたアニメを再生した

ちょうど画面の中では、主人公が久しぶりに再会した幼なじみから告白されていた
美月はカレーを口へ運びながら、その様子を眺める

『俺はずっと、お前だけを見ていた』

「重い重い、何年ぶりだよ」

美月は画面の男へ突っ込みを入れた

『子どもの頃の約束、覚えているか?』

「げっ、今すぐ逃げて!」

昼間の出来事が頭に浮かび、美月は慌ててリモコンを手に取った

「今日は恋愛ものを見る気分じゃないわね……」


別のアニメに切り替える

今度は、悪役令嬢に異世界転生して国民のために生きなおす物語だった

これなら安心して見られる

美月が機嫌よくカレーを食べ始めたところで、玄関の外から大きな音が響いた

ドンッ、と何かを床へ置くような音

続いて、壁へ何かを打ちつけるような音が聞こえてくる

「工事?」

美月はスプーンをくわえたまま、玄関へ目を向けた

帰宅したとき、郵便受けに一枚の紙が入っていたことを思い出す

テーブルの端へ置いていた紙を手に取った

そこには、

『隣室内装工事のお知らせ』

と書かれていた

工事日時は、本日の午後七時から午後九時まで

現在の時刻を見ると、午後七時を少し過ぎたところだった

「ちゃんとお知らせも入ってたし、まあいいか」
「2時間で終わるみたいだし~」

再び大きな音が響いた

アニメの台詞が聞こえにくくなり、美月はテレビの音量を上げる

食事を終えると、今度はスマートフォンを手に取る

お気に入りのアニメの公式サイトを開くと、画面の上部に見慣れない告知が表示されていた

「えっ!」

美月は勢いよく体を起こした

十二星宮のプリンス ロイヤルティーパーティー

期間限定コラボカフェ、明日からゲリラ開催のお知らせ

12種類のドリンクを注文すると、各々描き下ろしコースターが貰える

「待って、描き下ろし!?」
「十二種類……だと……」

美月はすぐにコースターのイメージ画像を確認する

ぜ、全部欲しい……コンプしたい

美月は真剣な顔で画面を見つめた

全種類コンプするためには12種類の飲み物を飲まないと……

「これは戦争ね……」

参加する友人を募るべきか……

自力で集めるのは諦めて、ネットで買うか……

美月が作戦を立てているあいだも、隣室から工事の音が響き続けていた

しかし午後九時になると、音はぴたりと止まった

時計を見ると、ちょうど九時だった

「時間厳守なんだ」

ずいぶん律儀な業者らしい

静けさを取り戻した部屋で、美月は残りのアニメを見終えると、そのままベッドへ潜り込んだ

明日は休日だった

出かける予定もない

翌朝、美月は目を覚ますと、洗面所で顔を洗い、歯を磨いた

部屋着のままテレビをつけると、ベッドの上へ座り、毛布にくるまりながら録画していた深夜アニメの続きを再生した

右手にはポテトチップス

左手にはレモン入りの炭酸水

美月にとって、これ以上ないほど幸福な休日の朝だった

画面の中では、主人公が新キャラのイケメンに迫られていた

美月はポテトチップスを口へ運びながら、前のめりになった

そのとき、玄関の呼び鈴が鳴った

美月は画面から目を離さないまま、声を上げる

「はーい」

宅配便?

昨日注文した本の発送通知は、まだ届いていない

もしかすると、管理会社から立ち退きに関する追加の書類でも届いたのかもしれない

美月はポテトチップスの袋をテーブルへ置き、玄関へ向かった

相手を確認することもなく、チェーンを外して扉を開ける

「どちらさま~」

美月の動きが止まった

扉の向こうに、黒いジャケットを着た長身の男が立っていた

片手には、紙袋を持っている

整った顔立ち

感情の読み取れない目

昨日、美月へ結婚を申し込んできた男だった

「おはよう、美月」
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