もうブチギレましたので、家出します!〜なぜか私に迫ってきた妖艶な美女は、変人引きこもりの婚約者(♂)でした!?〜

「ねぇ、その生贄ってどういうこと?」

 お姉さんはその話に興味があるのか、少し身を乗り出して私に尋ねる。

「……私、……第三王子と婚約するんでふ……。殿下は、ずっと縁談が決まらなかったようで、最後に、私に話が回ってきたんでふよ……。うちは名門とは名ばかり、ただの貧乏伯爵家で……、私は、借金を肩代わりしてもらう代わりに、王家に売られた……ってわけなんでふ……っ、ぐすっ」

 話せば話すほど惨めで、涙が止めどなく溢れた。

「……そりゃ、王家のご意向に背くわけにはいかないですし、伯爵家のためには……、ありがたい話なのは、たしかでふが……」

 あれだけ、家のため、家族のために働いてきたのに、私は売られるだけの存在だった。
 それが、私の胸を締め付ける。

「……なるほど。急に決まったから、何事かと思ったら……」
 お姉さんは顎に手を当て、真剣な表情で考え事をしている。

「……どうしました……?」
 私が声をかけると、お姉さんは慌てたように笑顔を作る。
 
「い、いいえ。大変だったわね……。あなた一人で全部背負ってきたのね。……とても立派だわ、誰でもできることじゃない」
「うぅ……、はい……」
 私はハンカチで涙を拭い、頷く。

「よく、頑張ったわね」
 優しく微笑まれると、ますます涙が流れてしまう。

「ぐっ、お、おねぇさ……ん……っ」
「ほらほら、よしよし」
 お姉さんは、白く長い指で私の頭を撫でてくれる。

 私はこうやって誰かに、認めてほしかったんだ。
 今までの頑張りを肯定された気がして、心につかえていたものが、すっと消えていく。


「……ところで、あなたはどう思っているの? その、第三王子のこと……」
「……どう、とは?」
「ほら、醜い変人引きこもりとか……、噂があるでしょ?」

 お姉さんに言われ、ルイエス殿下の噂のことを思い出した。

 私が社交界へデビューした時には、すでに殿下は引きこもっていて、醜い変人という噂は広まっていた。
 社交界の噂に疎い、私にも届くくらいに。

(こんなに誰でも知ってるような、噂なのですわね……)

「……醜いとか変人というのは、……分かりません。私は直接お会いしたことはありませんので。……ただ、王子の責務を放棄して、引きこもっているのは、問題だと思いますわ……」

 私が正直に意見を述べると、お姉さんは一瞬目を見開いたあと、苦笑する。

「たしかにね。……耳が痛いな……」
「……でも、私も……、他人のことは言えませんわ……」
「え?」

「私も、令嬢としての責務を投げ出して、家出してるのですから……」
「……」

 その時、マスターがエールを持ってきてくれた。
 私はグビグビと煽り、ドンとテーブルにグラスを置いた。


 しばらく黙り込んでいたお姉さんが、ゆっくりと口を開く。

「ねぇ……、私の話も……聞いてくれる?」
 そう言ってテーブルの上で指を組み、静かに語り始める。

「実は……、私も、引きこもりだったの……」

「えぇ!? お姉さんが?」

 驚いて声を上げてしまった。私が想像していた、引きこもりそうな人物とはイメージが違うからだ。

「えぇ。幼少の頃から、老若男女問わず言い寄られたり、逆に嫉妬されて悪評を立てられたりで、人間不信になってしまって。人と接するのが怖くて、部屋から出られなくなってしまったのよ……」

(え、幼少の頃から、老若男女問わず言い寄られる!? それは……、お姉さんの美貌と、色気ならありえそうですわ……)
 とても衝撃的なことだが、納得せざるを得ない。

 オレンジ色のランプの灯りが、お姉さんの切なげな横顔を照らしている。

「それから数年たったある日、兄から街に出てみないかと誘われて、変装して出たのがきっかけで、街に出ることができたの。……不思議と、別人になれば人が怖くなくてね」
 お姉さんは口元に薄く笑みを浮かべた。

「そうだったんですね……。……ん? 別人?」
 どういう意味だろうと、私は首を傾げる。

「あ、いえ、何でもないわ」
 お姉さんは慌てたように、長い指先を振った。

「……私は……役立たず……なんだ……」

 お姉さんは何かを呟き、顔を伏せる。私にはよく分からないが、彼女が必死にもがいているように見えた。

 きっと、人の好意も悪意も、全て一人で受け止めてしまったんだろう。それで耐えられなくなった。
 儚げに微笑む彼女を見ていると、とても優しく繊細な人なのだと感じる。
 

 
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