悪役令嬢なのにヒロインが執着してくる

episode

 ──ここは、ルオラ国と呼ばれる国。山に囲まれ、自然豊かな国だ。その為、自然資源を活用した林業や農業が盛んで、建材を遠くから発注しに来る国も少なくない。上質な鉱物が採れる事でも有名で、そこそこ豊かな国なのだ。

 そんな国では最近、前皇帝が崩御した事で皇太子であった 龍耀(ロンヤオ)が皇帝に即位。それに伴い、名のある貴族らが自分の娘を差し出すように後宮へと入内させる動きが活発になっていた。

 例に漏れず、我が家も一人娘である私を後宮へ送る手筈で事が進んでいた。

「いいか、何がなんでも正妻の座を射止めるんだ。多少の犠牲は仕方ないと思え。なに、心配するな。後処理はこちらで任せろ」
「分かっております。私以外の者が皇后など、有り得ませんもの」
「それでこそ、儂の娘だ!」

「ガハハハ!」と下品な笑いを見せるのは、(ツォン)家当主であり、私翠花(ツイファ)の父である男…

 私の家は俗に言われる悪徳商家。人を騙し操り、違法な取引を結ばせる。バレれば簡単に手に掛ける、生粋の悪徳貴族。

 そんな家に生まれた私も当然、悪役令嬢の道を歩んでいた。……数日前までは。


 ***


 数日前……ちょうど龍耀が皇帝に即位した日、突然吐き気を催すほどの頭痛に襲われ気を失った。
 目が覚めた時、私の頭の中にはもう一つの記憶が存在し、この世界が『見せかけの楼閣』という乙女ゲームの世界観と同じ事に気付き、全身の血の気が引いた。

 それもそのはず、今の私はヒロインを散々虐めぬいた挙句、ヒロインの殺害を企てる悪役令嬢。選択ルートで多少の変化はあるものの、どのルートを辿っても悪役令嬢(わたし)の運命は死亡か行方不明、薬漬けの娼婦落ちなど……

 更にこのゲーム、全年齢対象版とR18版の二通り存在している。因みに、前世の私はどちらもプレイ済み。全年齢版は初心者向けと言った感じ。当たり障りのない会話を楽しむには、こちらをオススメする。R18版では恋の駆け引きやスキンシップなど豊富で、大人の恋を楽しみたい人向けかな?

 まあ、何が言いたいかと言うと……

「私はどっちに転生したのぉぉぉ!?」

 頭を抱えて崩れ落ちた。

 全年齢かR18版では、私の最期も変わってくる。まあ、悲惨な結果には変わりないが、出来れば全年齢版であって欲しいと願った。

 私が後宮入りしないと言う選択も考えたが、その場合、ゲーム開始前に父親に殺され兼ねない。……と言うか、確実に殺される。娘を商売道具としてしか見ていないのだから、不良品だと知られたらその場で処分されるのは目に見えている。

 だから私は父の言いつけ通り後宮へ行くことにした。ヒロインを虐める為じゃない。私が生き残れる術を探す為だ。皇后には興味はないし、最悪な事態さえ回避出来れば上々。
 これから私が後宮でやる事と言えば、他の妃嬪達や皇帝の目に触れず、ひっそりと陰に潜むようにして過ごす事。

 ゲームが始まるのは、ヒロインである美玲(メイリン)が後宮で子猫を拾うところから始まる。

 木の上で鳴いている子猫を美玲が木に登り救出するが、その場面を翠花(わたし)が目にし『低俗』『育ちが知れる』など罵声を浴びせる。そこへ、武官に変した龍耀がやって来るという流れだったはず。

 ──そう、はずだった。

「……」

 今、私は木の上でミャアミャア鳴いて助けを求める子猫を見上げている。

 時系列的に今日が運命の日だと思い、中庭へと出てきた。自分がプレイしていたゲームの世界に転生したなら、ヒロインと皇帝陛下の顔ぐらいは拝んでおきたいオタク心が疼いてしまった。

(美玲ちゃんがいない?)

 陰から少しだけ見守るつもりだったが、五分経ち十分経ってもヒロインがやって来ない。
 その内、子猫の鳴き声が弱々しくなってきて不安と焦りが募ってきた。

(一番大事なシーンでバグ!?)

 運営め……開始五分でのバグは笑い事じゃないぞ!?チュートリアルが破綻してるじゃないか!この猫ちゃんどうするの!?

 ヒロインが不在となれば、この子猫を助けてくれる者がいなくなる。もう鳴く力もないのか、声が聞こえない。──時間がない。

「チッ!」

 苛立ちながら舌打ちすると、スカートを捲り、木に足をかけた。
 木登りなんて子供の頃以来。記憶ではスルスル登れたはずなのに、時代の流れとは残酷で、今じゃふっくらとした女らしい体が鉛のようにのしかかり上手く登れない。

「ね、猫ちゃん…待ってて、ね……」

 子猫の元へ辿り着いた時には、息も絶え絶えでその表情は幽鬼のようだった。綺麗に整えられた髪や服はボロボロで、子猫も警戒するほど。

「痛たたたた!ちょっと落ち着いて!落ちちゃうから!」

 何とか腕に抱いたはいいが、危害を加えられると思ったのか大暴れ。バランスの取りにくい木の上で暴れられたら、体勢を崩すのもお決まり。

「──げッ!」

 フワッとした浮遊感……からの地面に向かう引力感。無意識にギュッと目を瞑り、子猫を護ろうと体を丸めて衝撃に備えた。

 ポスンッ

 体が受けたのは、硬く冷たい地面ではなく、柔らかくてフワッといい匂いが香る腕の中だった。
 腕の中の私を見下ろすのは、絹のような綺麗な黒髪に切れ長の目。吸い付くような艶のある紅を引いた()()だった。女である私ですら目を奪われるほどの美女が、私を受け止めてくれた…?

「大丈夫?」

 惚けている私に、女性は息がかかる程の距離まで顔を近付けてきた。

「だ、大丈夫です!」

 男女問わず、美人というものは心臓に悪い。凡人からすれば、同じ空気を吸う事すら烏滸がましい。

「ありがとうございます。助かりました。えっと……」

 この方はどちら様?

 何せ、後宮(ここ)へ来てから引きこもりだったので、他の妃嬪達の事が全くわからない。
 それに、こんな綺麗な人、私の知るキャラクターの中にいなかった。

 この顔はモブって感じじゃない。人気投票上位の貫禄すらある。

「私は──」

 そう目の前の女性がゆっくり口を開いた時、遠くから「美玲様!」と叫びながら走ってくる者がいた。

『美玲』確かにそう聞こえた。

(美玲ちゃん!?どこに!?)

 辺りを見渡すが、この場には私と名の知れぬ美しい貴妃しかいない。

「急に消えるな。驚く」

 いかにも頼りがいのある、がっしりとした体格の武官が目の前に現れた。

(あ、この人知ってる)

 攻略対象者の一人、武官の雲嵐(ウンラン)だ。剣術はもちろん武術にも優れている彼は、皇帝陛下の護衛のはず……と言うか『美玲様』って……

 もしかして、この目の前の美しい人が美玲(ヒロイン)?いや、そんなはずない。私が知る美玲ちゃんは、ふんわりとした小動物系の愛らしい感じだった。

(ん?)

 ……あれ?違ったかも…?え、どうして…美玲ちゃんの顔が思い出せない?

「ん?この娘は?」
「木の上にいた子猫を身を呈して救ってくれたらしい」
「ほう、それは勇敢な娘だ」

 強面が頬を緩める姿は、控えめに言っても尊い。実際は助けられた側なのだが、美玲ちゃん?が唇に人差し指を当て、黙るような素振りを見せてきた。

「それでは、()()()。またお会いしましょう?」

 そう言って、その場を後にして行ってしまった。


 ***


 ──ここで一旦状況を整理しよう。

 ヒロインである美玲ちゃんは絶世の美女だった。違和感はあるものの、ゲーム内の美玲ちゃんの顔がどういう訳だか思い出せず、考えれば考えるほど()()美玲ちゃんが本物だと思えてくる。
 雲嵐が側にいるところを見ると、雲嵐ルートを進んでいるのか?

 攻略対象は他に二人。堅物文官の煜然(ユーレン)に龍耀の影である(ハオ)。煜然は基本、書庫へ行かなければ会わないし、皓は美玲ちゃんの前しか姿を現さない。

 ここで私が気をつけるべき事は、ヒロイン(美玲ちゃん)と攻略対象者には近付かない、視界に入らない、喋りかけない。

 悪役()が役目を果たさない事で、多少の障害はあるかもしれないが、オートモードで突き進んでもらえたらいい。

「兎にも角にも、生き残ればそれでいい!」


 ──……そう決意を新たにした矢先


「ご機嫌よう」
「なんで?」

 部屋を訪れてくれた人に対して失礼極まりない言葉が、口をついて出た。

 私の部屋を訪れる者は、女官や下女しかいない。それなのに、この()……美玲ちゃんは突如やって来た。後ろには雲嵐がピッタリとくっ付いている。

(怖い怖い、なに?補整がかかってる?)

 否定は出来ないが、拒否する事もできない。

「先日の子猫を見せてもらいに来たのですが…ご迷惑だった?」
「いいいいえ!全然!」
「ははっ、嘘が下手だな」

 上手く誤魔化そうとしたが、思いのほか声が上擦ってしまい、ウソが一瞬でバレた。
 迷惑だと分かった上で、部屋を出て行かない図太さは流石ヒロイン。見習いたい。

 美玲ちゃんは、寝台に寝転がる子猫を見つけると膝に乗せ、喉を撫でるとゴロゴロ音を鳴らし気持ちよさそう。

「名前は決めたの?」
「はい。黒豆です」

 よく聞いてくれたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべながら、意気揚々と名を発表した。

「……ごめんなさい。もう一度いい?」
「黒豆です」

 シーンとその場が静まり返った。

(あれ?まずかった?)

 微妙な空気に不安がよぎったが、すぐに「ふっ…ふふ……あははははは!」と盛大な笑い声が部屋に響いた。

「そうか、黒豆か。ふはっ…いや、いい名前だ…ふふ……」

 笑うか感心するかどちらかにしてもらいたいんですけど。後ろの雲嵐まで、肩を震わせて笑いを堪えている。我慢するぐらいなら、いっその事豪快に笑い飛ばして欲しい。

「ネーミングセンスがなくてすみませんね」
「いや、すまない。本当にいい名前だと思う。良かったね、お前。素敵な名前をもらえて」
「……何故だろう……もはや、嫌味にしか聞こえない」

 ジト目を美玲ちゃんに向ける。

「「ぷ…あはははは!!」」

 お互いに顔を合わせ、どちらともなく笑いだした。久しく忘れていた『楽しい』という感情を思い出した。

 目の前の人が美玲ちゃん本人かどうかなんて別にどうでも良くなった。今、目で見て話している相手が()()()()()なんだ。

 今までのモヤモヤがスゥと消えた気がした。

 この日を境に、美玲ちゃんとの距離がギュッと縮まり、頻繁にお茶をする仲となった。


 ***


「う~~~ん…」

 今、私は窮地に立たされている。──と言うのも、目の前に置かれた荷物が原因。その送り主は実家…父からの物。

 そろそろかな?と警戒はしていたが、もしかしたら……と淡い期待もあった。いざ開封してみたら案の定。

「はぁ~……」

 箱を開けると、カモフラージュの為か菓子や茶葉が敷き詰められ、その下から怪しげな小瓶が出てきた。

 無色透明、臭いなしの液体。ただの水のように見えるが、これは毒。一滴で四肢の動きを止め、二滴で視界を奪う。三滴で声を奪い、四滴で息を止め、五滴で心臓を止める。

 こんな猛毒、そう簡単に手に入るような代物じゃない。牽制なんて生温い…確実に殺せと言ってるようなもの。

 これは、悪女(わたし)ヒロイン(美玲ちゃん)を殺るためのモノ。お茶会の席で美玲ちゃんのお茶に毒を盛って殺害を企てたが、殿下の影である皓によって未遂に終わる。

 そして、猛毒を使いヒロイン(美玲ちゃん)を手にかけようとした罪で、私と父は投獄される。

 だが、今の私は美玲ちゃんとの仲はすこぶる良好。だからストーリーからは完全に外れたと思っていが、やはり強制力には抗えないのか……

 悲壮感漂わせながら、小瓶を睨みつけた。

「どうした?」
「ひゃぁ!」

 突如、首筋に「フゥ」と息を吹き掛けられ、背筋がゾワッと粟立った。

「美玲ちゃん!?気配を消して来るの止めてもらっていいかなぁ!?」
「えぇ?それだと翠花の可愛い反応が見られないでしょ?」

 飛び退きながら、真っ赤に染った耳を隠すように手で覆った。

 ここ最近、美玲ちゃんのスキンシップが過剰になりつつある。驚く私を面白がって揶揄っているんだろうけど、頬にキスは当たり前だし、普通に胸は揉まれるし、どこか行くとなれば腰を抱き、自分から離れないように体を密着させてくる。

 別に嫌じゃないし、私を慕ってくれているのが分かるから咎めるつもりもないが、このスキンシップが行き過ぎたものになったら……

 いや、相手は女の子。この世界は『乙女ゲーム』であって『百合ゲーム』じゃない。

(やっぱり、遊ばれてるだけ……か?)

 少し不安を感じながらも、何とか納得するよう自分に言い聞かせた。

「ん?これは?」
「あ!それは──!」
「ふむ…」

 私の隙を突いた美玲ちゃんが箱の中から小瓶を取り出し、舐めるように眺めてる。

「後宮に()()()まずいな」

 美玲ちゃんの目が鋭くなり、刺すような視線を向けられる。言い逃れなんて出来ない状況に、サァーと血の気が引く音がした。

「これは、君が頼んだもの?」
「い、いいえ!違います!」

 父から勝手に贈られて来たと言っても、娘である私の言葉なんぞ信用ならない。

 ヒロインと仲良くなればゲームの強制力があっても生き残ることは出来るかもと、どこかで慢心していた。物的証拠が出たら、今まで築き上げたものもすべて崩れる。

(完全に詰んだ…)

 もうこの時点で顔面蒼白。申し開きの言葉すら出てこない。覚悟を決めるしかないと、顔を俯かせて沙汰を待つことしかできない。

「……これは私が預かっても?」
「え?」

 思わず顔を上げた。

「もしかして、誰かに使う予定だった?」
「い、いえ!滅相もない!……でも、それだと……」

 チラッと美玲ちゃんを見た。

 預かるのは構わないが、もし他の誰かに見られたら美玲ちゃんが疑われる。それは本意じゃない。元はと言えば私が手にするものだったのだから、そこまでの責任を負うことはない。

「不安?それとも、私が使うとでも思ってる?」
「まさか!」
「そう。じゃあ、安心して任せて」

 私が言いたいことが分かったのか「クスッ」と微笑みながら言い返された。

 まあ、雲嵐が付いているから大丈夫だとは思う。だけど……

「翠花は心配症だな。そんな所も可愛いのだが」
「──うわッ!」

 フワッと柔らかな笑みを浮かべたかと思えば、押し倒されるような形で寝台へ倒れ込んだ。

「私が不安(余計)な事なんて考えられないようにしてあげようか?」

 美玲ちゃんが馬乗りになり、色気を全開放しながら額を合わせてくる。鼻どころか唇が当たりそうな距離に、焦りよりも混乱。頭の中は警告音が鳴りやまず、もうパニック。

「ふふっ、顔が真っ赤で可愛い」

 私の手を握り、チュッと頬にキスをしてくる。

『ヤバい!』と思いつつも『これR18の方!?』なんて答えに辿り着けた自分に驚き。

(いや、でも、これは違う!こんな百合展開は乙女ゲームに存在しない!)

 必死に今の状況を正当化しようと頑張るが

「考え事?余裕だな」なんて、更に美玲ちゃんを煽る事態になり、自分の首を絞め続けている。

「ねぇ、翠花は皇后には興味がない?」
「!!」

 この言葉に少しだけ冷静になれた。

(これは、もしかして牽制?龍耀に手を出すなってこと?)

 もしかして、美玲ちゃんは私が知らない所で逆ハールートを辿っていたのかもしれない。それなら、答えは簡単。

「ありません」

 迷うことなくはっきり答えた。

「……それはなぜ?」
「いやいや、これだけ女囲ってる男を好きになる?私は、私だけを愛してくれる人と結婚したいの。だから、このまま陛下のお通りがないまま役ただずだと
 周りに知ってもらって、下賜されればなって思ってる」
「下賜?……他の男の元へ行くって事?」

 ギリッと手を握る力が強くなった気がした。

「ん~、そうなるね。まあ、私の家は悪の根源みたいなところがあるし、私が皇后になったら国が混乱するでしょう?だから、下賜される方が国の為でもあると思うんだよね」

「へらっ」と笑いながら伝えた。
 嘘は言っていない。嘘を言って、龍耀に気があると勘違いされた方がまずい。それこそ私の命に関わる。

「……そう……翠花は()()から逃げ出すつもりでいたのか……知らなかったな……」
「え……?」

 瞳の色が一段と濃くなり、私を映しだす。

 あれ?雰囲気が……いや、それよりも()()って……?

 嫌な予感と一つの可能性が私の頭の中で混ざりつつあったが、その思考すらも奪うように唇を奪って来た。

「んッ……!」

 舌を絡ませ、息をする隙すら与えてくれない乱暴で蕩けるようなキス。

 本当に余計なことなんて考えられなくなり、このままされるがまま身を任せてしまおうか……そう考えたところで、スッと太股を撫でる手に驚いて正気に戻れた。

「~~~~~ッ!離して!」

 ドンッと力いっぱいに突き飛ばすと、涙で潤む瞳で美玲ちゃんを睨みつけた。息は上がったままで、心臓は口から飛び出そうなほど脈打っている。

「あ、貴方、誰!?本物の美玲ちゃんはどこ!?」

 乱れた胸元を隠しながら追及するように訊く。

「おかしなことを言う。本物もなにも”美玲”という妃は存在しない。いるとすれば、今お前の目の前にいるだろ?」
「うそだ!」
「まあ、信じなくてもいいが、真実は一つだけだぞ?」
「そんな……」

 ……ということは、今目の前にいるのは……?

 答え合わせをするように、視線を向けると目の前の人物はニヤッと口角を吊り上げた。

「察しがいいな。俺が皇帝の龍耀だ」

 髪をかきあげ、雄々しい表情にヒュッと喉が鳴った。頭の中でバラけていたピースが綺麗にハマった。

 木から落ちた私を受け止めた時点でおかしかった。可憐で愛らしかった美玲ちゃんが綺麗系の超絶美女になってるし、所々口調もおかしかった。女性よりも少しばかり背が高かったし、声も普通の女性よりも低くかった。よく見れば骨格もがっしりしているし、喉ぼとけもある。気づこうと思えば気づけたのに、それを認めなかったのは私だ。

(雲嵐がずっと側にいるわけだわ……)

 彼はずっと任務中だったのか。

「皇帝陛下が女装とは変わった嗜好ですねぇ」

 騙されていた分、少しぐらいは嫌味を言っても罰は当たるまい。というか、言わせてもらわないとこちらの気が済まない。

「これも俺の仕事の内だ。後宮という場は陰謀渦巻く女の巣窟だ。敵意の目が少しでも美玲(オレ)に向けられれば、被害は最小限ですむだろ?」

 それは、敵意を向けた本人からしたら洒落にならない話だと思う。まさか危害を加えようとしていた妃の正体が皇帝なんて、誰が聞いても冗談だと思うぞ?

「……ああ、そう言えば、お前も容疑者の一人か」
「ッ!」

 毒の入った小瓶をこれ見よがしに見せつけながら脅しにかかってくる。

「ついさっきお咎めなしだって話だったじゃない!」
「気が変った。この他にも隠しているかもしれないからな」
「ちょ──ッ!」

 のしかかるようにして私の体を拘束する。首筋に生暖かい息をかけられ、スカートは膝まで捲られ手が肌に触れる。

 身体検査という名目での愚行。皇帝陛下じゃなきゃ到底許される行為じゃない。いや、皇帝でも許し難い。

 セクハラなんてもんじゃない!強制わいせつ罪だで訴えてやる!

「いい加減にして!私は皇后の器じゃないって言ってるでしょ!?」

 膝まで上がったスカートを必死に戻しながら、抵抗を見せるが相手は男性。力で勝てるはずがない。簡単に手を拘束され自由を奪われた。

「それは私が決めることだ。それに、私も妻は一人でいいと思ってる。他の者らは近々親元へ帰そうと思っていたところだ」
「え」
「そうすれば、妻は翠花一人だけ。結婚の条件に合っているだろ?」

 完全に外堀を埋められつつある現実に、どう対応していいか分からないが、このままこの暴君の描いたエンディングに行き着くのはどうしても解せない。

 プレイヤーは私であって、貴方はキャラクターに過ぎないのよ。

「嫌よ!そんなことすれば重鎮らが黙ってない!貴方の為に、他国から来ている姫もいるのよ!?国を敵に回す気!?」

 強い口調で言い切った。

 ヒロイン不在の上、悪役令嬢の私が詰め寄られるなんて、運営会社が自主回収してバグを改善するレベル。これ以上の改善策がないのなら、死んでもいいからこの状況を打破したい。嫌われて死罪上等!どうせなら身は清いままで逝きたい。

 死にたくなくて必死にここまで来たのに、自分から死を選ぶなんて……呆れはするが後悔はしない。

(さあ、覚悟は決まった!潔くスパッと切り捨てて!)

 ギュッと目を瞑り、龍耀の言葉を待った。

「……そんな事を気にしているのか?」
「は?」

 空気が漏れたような声が聞こえた。

「君は俺を誰だと思っているんだ?口煩い奴は黙らせればいい。君は余計な事など考えずに俺の元に嫁げばいい」
「は?」

 もはや開いた口が塞がらない。

「そろそろいいだろ」
「まだ納得でき──んッ!」

 何とか理由を付けて逃げようとする私の口を「もう黙れ」と言って塞いだ。

 獣のように鋭い目を光らせ、乱暴に自分の着ている服を脱ぎ捨てると私の上に馬乗りになる。

「すまんな。こんな男に目を付けられたのが運の尽きだと思って諦めろ」


 ***


 ──その後の私だが……

 龍耀に完全に逃げ道を塞がれ、残された道は皇后しかなかった。いつの間にか後宮にいた妃嬪たちは本当に姿を消していた。それに対して文句を言う者もおらず、不気味なほど静かだった。
 皇帝陛下のお手付きになったら、逃げることは難しいことぐらい分かっているつもりだったが、ここまでガッチガチに埋められるとは思いもしなかった。

 私が陛下の目に留まったとなれば、父はそれは大歓喜だったと思うだろ?ところが、父は私宛に毒を送りつけた罪で拘束された。そこからは芋づる式に悪事が暴かれ、近々更迭される予定らしい。これで、直接私に会う事は叶わない。こう言っちゃなんだけど、ホッとした。

 当然、私が龍耀の傍にいることを心配する者も一定数いたようだが、その都度、龍耀がぐうの音も出ないほど論破して黙らせたと聞いた。

「一体どこを気に入られたのか……」
「知りたいか?」
「陛下!?」

 窓枠に肘を付きながら何気なく呟いた言葉に返事が返って来たことに驚いた。

「一言で言えば一目惚れだな」
「一目惚れ?」
「そう。自分の事なんて気にせず子猫を助ける姿に心奪われた。髪が乱れ、服はボロボロになった姿は妃としてはみっともないと批難されるだろうが、そんな姿を俺は綺麗だと思った。それと同時に、必ず手に入れる。絶対に逃がさないとも思ったな」
「!」

 ニッと目を細めて笑う姿に、不覚にもドキッとしてしまった。

 ここは、乙女ゲームの世界で私は悪役令嬢のはず……だった。それなのに、今は攻略対象である龍耀に囲われ、蕩けるほど甘く熱い日常を送っている。

「翠花、愛してる。早く俺に堕ちてこい」

 今日も彼は、私に愛の言葉を囁き攻略しようとしてくる……
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