これからの色

第2話

梅雨が明け、じりじりと暑い日が続いていた。
日を浴びる真緑の葉が眩しい。
外の景色や気温は変わっても、毎日教室と図書室にいた俺にとっては、季節が変わったというより、額に飾られた絵の景色が入れ替わったくらいの違いだった。

もうすぐ夏休みというある日。
「花火大会行かない?」
と早紀に誘われた。
「たまには息抜きしない?」
「そうだね」
「やった、楽しみ」
早紀は嬉しそうだった。

駅で早紀と待ち合わせをした。
壁に持たれて待っていると、浴衣を着た早紀が小さく手を振って近づいてきた。
「浴衣じゃん」
「どうかな」
早紀は照れくさそうに上目遣いで俺を見る。
「かわいい」
そう言うと早紀の顔は少し赤くなった。
「その柄、夏っぽくていいね」
「ありがとう」
早紀ははにかんだ。
「ちょっと頑張った。歩に釣り合いたいから」

また言ってる。
釣り合うって。
なんでそんなこと考えるんだろう。
早紀は早紀じゃん。

「歩、やっぱかっこいいね。その服すっごく似合ってる」
「そうかな」
「うん、何着てもかっこいい」
別にどうってことのない服だ。
白いシャツも、いつも履いているジーパンも、着やすいから選んだだけ。
服を褒められているのに、服を見てもらっていない気がしてなんだか不思議だった。

早紀といっしょに電車に乗る。
花火大会に行く人たちで少し混んでいた。
早紀がよろけないように手を握った。
電車のドアにもたれながら外を眺める。
もうすぐ18時なのに、まだまだ明るかった。
「かっこいい」
「モデルみたい」
ひそひそ話が聞こえてきた。
視線を感じる。
またか。
流れる町の景色を眺め続けた。

花火会場に着くと、屋台がずらりと並び人が行き交っていた。
「はぐれないでね」
早紀の手をしっかり握る。
「うん」
屋台の人たちが手を叩きながら「いらっしゃい」「おいしいよ」と呼び込んでいた。
「なにか食べる?」
「うん」
早紀はきょろきょろと屋台を眺める。
「屋台の食べ物って、全部おいしそうに見えるよね」
「そうだね」
「歩は何食べたい?」
「俺はなんでもいいよ」
「うーん、じゃ、たこ焼きとか?」
「いいね」
屋台でたこ焼きをひとつ買って、ふたりでつつく。
「あっつ」
「大丈夫?」
熱くてしゃべれない。
はふはふして、なんとか飲み込んだ。
「またやけどした」
そう言って舌を出すと、早紀は笑った。

川べりに腰掛ける。
対岸の屋台の光が揺れていた。
しばらくすると、花火が上がり始めた。
ひゅるるるると空に登る光の筋を追いかける。
空に大輪の花が咲くと、どんっと胸に響いた。
「綺麗だな」
見上げながらぽつり呟くと、隣から視線を感じた。
「どうしたの?」
「ううん」
「なに?」
「いいの」
「気になるなぁ」
そう言うと早紀は恥ずかしそうに、
「あのね、花火見てる歩の横顔が綺麗だったから」
と言った。
「俺見てないで、せっかくなんだから花火見なよ」
花火はすぐ消えちゃうんだから。
俺は小さく笑った。

儚い光を何度も見上げているうちに、花火大会は終わった。
花火はこの刹那的な感じがいい、と思った。

人の群れが一気に動き出す。
俺たちもそこに紛れながら駅までの道を歩いていた。
早紀ははぐれないように俺の手をしっかり握っている。
人の流れのまま歩いていると、木陰で泣いている小さな男の子が見えた。

どうして誰も声をかけないんだろう。
歩きながらしばらく様子を見ていたが、やはり放っておけず、
「ちょっとごめん」
と早紀の手を離し、
「どうした?大丈夫?」
と、しゃがんで声をかけた。
男の子は、
「パパぁ」
としゃくりあげている。
「パパ、いなくなっちゃった?」
男の子はこくりとうなずいた。
「うん、大丈夫。探そうね」
小さな肩を撫でると、男の子はうなずいた。
男の子を抱き上げる。
「パパ、どこでいなくなったの?」
「……わかんない」
「いつのまにかいなくなっちゃった?」
「うん」
「そっかぁ」
困ったな。
「迷子の放送してもらえるとこ、ないかな」
「早紀、ナイス。そうしよう」
男の子を抱っこしたまま本部を探そうとした時、
「パパ!」
「え?」
「パパ!」
男の子が叫んだ。
「どこどこ」
きょろきょろしているうちに、ひとりの男性が近づいてきた。
「すみません!ご迷惑おかけして」
「パパぁ」
下ろしてあげると、男の子はパパの足にしがみついた。
「ああ、よかった」
「ありがとうございました」
男性は深々と頭を下げて、男の子を抱き上げた。
ふたりの後ろ姿を眺めてほっとした。
「歩、優しいね」
「泣いてたから」
「さっき通りかかった人も言ってた。かっこいい人が迷子助けてる、って」
「そう」
それ以上、言葉が出てこなかった。

……なんだろう。
胸の奥に小さな石がまたひとつ落ちた気がした。
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