今日の恋、予報します。

特別予報

 次の日。


 朝、スマホが鳴った。


 ――ピコン。


 いつもの通知音。


 けれど、今日のそれは。


 いつもとは少し違っていた。



 《今日の恋愛天気予報》

 🌈 特別予報

 『今日、あなたは好きな人から大切な言葉を貰うでしょう』



 「…………」


 私は、しばらく画面を見つめた。


 大切な言葉。


 それって。


 もしかして――


 「…………」


 昨日のことが頭をよぎる。


 みつはるの家。


 彼のスマホに届いていた予報。



 ☀️ 快晴
 『今日は、好きな人が家に来てくれるかも』



 あの日。


 私の予報は、



 『相手の気持ちを知れるでしょう』



 だった。


 そして実際に、私はみつはるの家に行った。


 偶然だろうなんて。


 そう思ってしまうには、あまりにも出来すぎていた。


 だから。


 今日の予報を見た瞬間。


 胸が期待でいっぱいになった。


 「……もしかして」


 今日。


 みつはるが。


 私に――。


 「…………」


 いや。


 期待しすぎ。


 私は何度も自分に言い聞かせた。


 でも。


 一日中、落ち着かなかった。


 授業中も。


 休み時間も。


 昼休みも。


 みつはるが私の近くを通るたび、


 「もしかして今?」


 と思ってしまう。


 でも。


 みつはるはいつも通りだった。


 「晴山、これやった?」


 「え?」


 「昨日の課題」


 「……ああ、それ?」


 「うん」


 いつも通り。


 笑って、話して。


 何も変わらない。


 「…………」


 本当に。


 今日、何かあるの?


 そんな疑問が、少しずつ大きくなっていった。


 そして、放課後。


 窓の外が夕焼け色に染まっても。


 何も起こらなかった。


 「…………」


 教室には、もうほとんど人がいない。


 私は鞄を持って、ちらりとみつはるを見る。


 彼も帰り支度を終えていた。


 「じゃあ、また明日」


 「……うん」


 みつはるが教室を出ていく。


 その背中を見つめる。


 ……終わり?


 今日の予報は?



 🌈『今日、あなたは好きな人から大切な言葉を貰うでしょう』



 何もなかった。


 「…………」


 信じた私が、また馬鹿だったのかな。


 そう思った。


 だけど。


 昨日のことを思い出すと、どうしても諦めきれなかった。


 気づけば、私は走っていた。


 「…はぁっ……、ねえ、待ってよ……!」


 廊下に響いた自分の声。


 みつはるが振り返る。


 「……晴山?」


 私は息を整えながら、彼のところまで駆け寄った。


 「どうした?」


 「……」


 言わなきゃ。


 でも。


 何を?


 「私に……言うこと……ないの……?」


 「…………」


 みつはるの表情が変わった。


 「……言うこと?」


 「うん」


 私はスマホを握りしめる。


 「今日……特別予報が来たの」


 みつはるは何も言わない。


 「『好きな人から大切な言葉を貰う』って」


 「…………」


 「だから……」


 声が震える。


 「ずっと待ってたの」


 みつはるが、私の手元を見る。


 そして。


 自分のスマホを取り出した。


 画面をこちらに向ける。


 「……俺も」


 「…………え?」


 そこには。


 私のスマホと同じ通知。



 🌈 特別予報

 『今日、あなたは好きな人から大切な言葉を貰うでしょう』



 「…………」


 私は目を見開いた。


 「同じ……」


 「うん」


 みつはるは小さく息を吐いた。


 「今日、ずっと気が気じゃなかった」


 「……みつはるも?」


 いつも余裕そうなみつはるが、少し困ったような顔をしている。


 「うん」


 「どうして……?」


 「……だって」


 みつはるはスマホを握ったまま、少し俯いた。


 「もしかしたら、今日」


 顔を上げる。


 「晴山が、俺に何か言ってくれるかもしれないって思ったから」


 「…………」


 心臓が跳ねた。


 「私が……?」


 「うん」


 「なんで……」


 聞こうとした。


 でも。


 その先の言葉が出てこなかった。


 だって。


 今のみつはるの顔を見ていたら。


 期待してしまう。


 もしかして、本当に。


 この予報は――


 「私っ……」


 言わなきゃ。


 昨日からずっと考えていた。


 みつはるの好きな人は誰なのか。


 もし、それが私だったら。


 もし違ったら。


 怖くても聞こうと思っていた。


 もう一度、口を開く。


 「私のこと――」


 その瞬間だった。


 視界が、急に近くなった気がした。


 違う。


 みつはるが、動いたんだ。


 「……っ!?」


 私の口元に、みつはるの指が触れる。


 人差し指が、そっと私の唇に当てられた。


 え?


 なに?


 なにが起きてるの?


 頭が真っ白になる。


 指は、まだ私の唇に触れたままだ。


 「っ、ん……」


 声が出せない。


 というか、出し方がわからない。


 むり。


 むりむりむりむり。


 距離、近すぎ。


 廊下の窓から差し込む夕陽が、みつはるの輪郭をやわらかく浮かび上がらせている。


 その表情は、困ったような、でもどこか楽しそうな、そんな顔。


 「さくら」


 名前を呼ばれるだけで、心臓が跳ねる。


 みつはるの指が、ようやく私の唇から離れた。


 その代わりに、今度はその手が、私の後頭部に回される。


 「ちょ、まっ……」


 言い終わる前に、抱き寄せられた。


 みつはるの胸元に顔が埋まる。


 柔軟剤のいい匂いが鼻腔をくすぐる。


 「みつはる……っ、はなして……」


 「やだ」


 即答。


 「俺から言わせて」


 「…………」


 「ずっと言いたかったから」


 夕方の廊下。


 窓から差し込む光が、二人の間を照らしている。


 みつはるの腕が、私から離れる。


 その代わり、しっかりと視線が絡んだ。


 みつはるが、一度だけ深く息を吐く。


 「俺さ」


 「……うん」


 「ずっと、好きな人がいた」


 胸がきゅっとなる。


 「その人、すごく優しくて、ちょっとドジで、でも頑張り屋で」


 「…………」


 「俺なんかに一生懸命話しかけてくれて」


 「…………」


 「たぶん、俺が誰にでも同じように接してるから、何度も不安にさせたと思う」


 私は何も言えなかった。


 「でも」


 みつはるが笑う。


 「俺が一番見てたのは、その子だった」


 「……え?」


 「授業中、眠そうにしてるところも」


 「…………」


 「誰かと話してるときに笑ってるところも」


 「…………」


 「俺が名前を呼んだだけで、すぐ顔を赤くするところも」


 「…………」


 全部。


 私のことだ。


 そう気づいた瞬間。


 胸の奥がいっぱいになった。


 「……まさか」


 みつはるが頷く。


 「うん」


 そして。


 「俺が好きなのは、晴山咲空」


 「…………」


 名前を呼ばれた。


 でも。


 今までとは全然違う。


 「……私?」


 「うん」


 「本当に?」


 「本当」


 耳元で、声が響く。


 低くて、少し掠れた声。


 「さくらが誰かに取られる前に、言いたかった」


 誰かに取られるって、なに。


 私、みつはる以外に好きな人なんていないのに。


 「……ねえ、みつはる」


 「なに」


 「私も、言いたい」


 心臓がうるさい。


 痛いくらいに鳴ってる。


 「……好き」


 声が、震えた。


 でも、確かに届いたはずだ。


 みつはるの腕の力が、強くなる。


 「知ってる」


 「……えっ?」


 「さくら、わかりやすすぎ」


 「なっ……」


 むり。


 恥ずかしすぎて死ぬ。


 「でも」


 みつはるが体を離して、私の顔を覗き込む。


 「ちゃんと言われると、やっぱ嬉しい」


 そう言って笑ったみつはるの顔は、いつもよりずっと柔らかくて。


 私は涙が出そうなくらい嬉しくて、でも笑ってしまう。


 「……予報、当たったね」


 そう言うと、みつはるも笑った。


 みつはるは自分のスマホを見る。


 そこにはまだ、今日の特別予報が表示されている。


 「でもさ」


 「ん?」


 「……予報があったから言えたわけじゃないよ」


 「……?」


 「俺が好きなのは、予報に書いてあったからじゃない」


 みつはるはスマホの画面を消した。


 「俺が、自分で好きになったから」


 「…………」


 その言葉が、何より嬉しかった。


 恋愛天気予報が、二人を近づけてくれた。


 けれど。


 最後に恋を選んだのは、私たち自身だった。


 「……じゃあ」


 みつはるが少し照れたように笑う。


 「俺と付き合って」


 「…………」


 私は笑った。


 「……うん」


 その瞬間。


 二人のスマホが、同時に震えた。


 「……え?」


 顔を見合わせる。


 画面には、新しい通知。



 《今日の恋愛天気予報》

 🌈 特別予報・更新

 『本日の予報は、的中しました。』



 そして、その下に。


 今までにはなかった一文が表示されていた。



 『明日の天気は、あなたたち次第です。』



 「…………」


 私はみつはるを見る。


 みつはるも私を見る。


 そして、二人で笑った。


 もう、予報はいらない。


 明日、どんな天気になるのか。


 どんな一日になるのか。


 それは、誰にも分からない。


 でも。


 自分たちで決められるから。


 ――私たちの恋は。


 今日から、予報の外へ進んでいく。
< 13 / 16 >

この作品をシェア

pagetop