黒衣の法官は春花に恋う
「できました」

 差し出された紙を受け取り、エヴァンは上から下までゆっくりと目を通していく。

 リナリアは膝の上で両手を組んだ。
 ここで役に立たないと判断されれば、皇城に出入りするための理由を失ってしまう。自分から願い出たことだというのに、結果を待つ間だけは、先ほどセティの前に立っていた時とは違う緊張が身体の内側に広がっていった。

「お上手ですね。間違いもありませんし、字も読みやすい。元の記録に使われていた単位を余白に残したのは、後から確認する者のためですか?」
「はい。どの数字を足したのか分かった方が、間違いがあった時にも辿りやすいと思いましたので」
「数字を足せる者は大勢いますが、次に見る者が確かめられる形で残せる方は、思っているほど多くありませんからね」

 父の机に積み上げられた帳簿を整理し、どこで数字が食い違ったのかをバートンと一つずつ確かめてきた時間を、初めて誰かの役に立つものとして認めてもらえたような気がした。

「私もちょうど人手が足りず困っていたところです。お手伝いいただけるなら、皇城に入るための期限付き許可証をご用意いたしましょう」

 リナリアは勢いよく立ち上がった。

「ありがとうございます!」
「ただし、先ほどの約束は守っていただきます。そして――」

 エヴァンは新しい紙を取り出すと、流れるような字でリナリアの名を書き込んでいく。

「刑務省長官室に怒鳴り込みに行くのは、一日に一度までです」
「一度で足ります!」
「今日の様子を聞く限り、本当に足りるのか心配ですが」
「次は証拠を持っていきますから、大声を出す必要はありません」
「そうなることを祈っておりますよ」

 エヴァンは書き終えた紙に宰相の印を押し、皇城への期限付き通行許可証としてリナリアに差し出した。厚みすらほとんどない一枚の紙だが、今のリナリアには父を救うためにようやく見つけた道に思える。

「明日から来てもよいのですか?」
「今日からでも構いませんよ。仕事は山ほどありますから」

 エヴァンの笑顔の向こうで、机に積まれた書類が存在を訴えるように少し傾いた。

 リナリアは通行許可証とその山を見比べ、椅子に置いていた鞄を下ろす。

「分かりました。何から始めればよいですか?」

「頼もしいですねぇ。それでは、まずこちらからお願いいたします」

 思っていた以上に大変なことを引き受けてしまった気もするが、後悔はない。父が戻ってくるまで自分にできることがあるのなら、立ち止まっているつもりもなかった。

「ところで、リナリア嬢。セティ殿に会いに行かれる時は、本を読んでいる途中かどうか確かめた方がよいですよ」
「なぜですか?」
「機嫌が悪い時より、本の続きが気になっている時の方が口が悪いので」

 あれ以上悪くなることがあるのだろうか。
 リナリアが思わず顔を引きつらせると、エヴァンは楽しそうに笑った。
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