黒衣の法官は春花に恋う
「言葉の選び方には、少々問題がありますけれどね」
「少々で済むのでしょうか」
「そこは私にも何とも」
穏やかな顔で言われ、リナリアは思わず唇を緩めた。
先ほどまで長官室では、息を詰めるようにして言葉を交わしていた。そのせいなのか、青年の柔らかな物腰に触れていると、張りつめていた胸の内から少しずつ力が抜けていく。
「ですが、爵位や立場によって判断を変える方ではありません。それだけは、信用してよいと思いますよ」
リナリアは何も答えず、手にしていた書類へ視線を落とした。
セティは父を信じてはいなかったが、有罪と決めつけてもおらず、最後には父へ署名を頼んだ商人から調べるよう、一つだけ手掛かりを与えてくれた。
「刑務省は罪を犯した者を拘束するだけの役所ではありません。疑いがあれば調べ、証拠と証言を集め、その人間に本当に罪があるのかを審理する。それが、あの方たちの仕事です」
「では、長官様も……」
「誰を罰したいかではなく、何が事実なのかを見る立場にいる、ということです。もっとも、本人がそこまで丁寧に説明してくれるとは思いませんが」
「まったくありませんでした」
「でしょうねぇ」
思わず即答すると、青年は可笑しそうに目を細めた。それ以上、セティについて説明を重ねることはせず、代わりに何かを思い出したように一つだけ付け加える。
「本当に興味がなければ、あの方は本を閉じることさえしませんよ」
「本を?」
「途中から事件書類を開いて、貴女のお話を聞いたのでしょう?」
「……はい。一応は」
「でしたら、少なくとも何もするつもりがないわけではないのでしょうね」
父の無実が認められたわけでも、新しい証拠が見つかったわけでもない。
それでも、何をしても無駄なのではないかという恐れだけは、先ほどより少し遠ざかった。
散らばっていた書類はどうにか元の形へ戻ったものの、一度まとめ直したせいか、先ほどより高く積み上がっているように見える。
「どちらまで運ばれるのですか?」
「宰相の執務室です」
「よろしければ、半分お持ちしましょうか。刑務省での用は、もう終わりましたから」
「それなら、お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
青年の腕から上半分を受け取ると、見た目どおりの重さに身体が傾き、リナリアは慌てて足に力を込めた。
「無理をなさらないでくださいね。途中でもう一度落とすと、今度こそ拾いきれなくなりますから」
「それは困ります」
二人はそれぞれ書類の山を抱え、並んで回廊を歩き始めた。
「少々で済むのでしょうか」
「そこは私にも何とも」
穏やかな顔で言われ、リナリアは思わず唇を緩めた。
先ほどまで長官室では、息を詰めるようにして言葉を交わしていた。そのせいなのか、青年の柔らかな物腰に触れていると、張りつめていた胸の内から少しずつ力が抜けていく。
「ですが、爵位や立場によって判断を変える方ではありません。それだけは、信用してよいと思いますよ」
リナリアは何も答えず、手にしていた書類へ視線を落とした。
セティは父を信じてはいなかったが、有罪と決めつけてもおらず、最後には父へ署名を頼んだ商人から調べるよう、一つだけ手掛かりを与えてくれた。
「刑務省は罪を犯した者を拘束するだけの役所ではありません。疑いがあれば調べ、証拠と証言を集め、その人間に本当に罪があるのかを審理する。それが、あの方たちの仕事です」
「では、長官様も……」
「誰を罰したいかではなく、何が事実なのかを見る立場にいる、ということです。もっとも、本人がそこまで丁寧に説明してくれるとは思いませんが」
「まったくありませんでした」
「でしょうねぇ」
思わず即答すると、青年は可笑しそうに目を細めた。それ以上、セティについて説明を重ねることはせず、代わりに何かを思い出したように一つだけ付け加える。
「本当に興味がなければ、あの方は本を閉じることさえしませんよ」
「本を?」
「途中から事件書類を開いて、貴女のお話を聞いたのでしょう?」
「……はい。一応は」
「でしたら、少なくとも何もするつもりがないわけではないのでしょうね」
父の無実が認められたわけでも、新しい証拠が見つかったわけでもない。
それでも、何をしても無駄なのではないかという恐れだけは、先ほどより少し遠ざかった。
散らばっていた書類はどうにか元の形へ戻ったものの、一度まとめ直したせいか、先ほどより高く積み上がっているように見える。
「どちらまで運ばれるのですか?」
「宰相の執務室です」
「よろしければ、半分お持ちしましょうか。刑務省での用は、もう終わりましたから」
「それなら、お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
青年の腕から上半分を受け取ると、見た目どおりの重さに身体が傾き、リナリアは慌てて足に力を込めた。
「無理をなさらないでくださいね。途中でもう一度落とすと、今度こそ拾いきれなくなりますから」
「それは困ります」
二人はそれぞれ書類の山を抱え、並んで回廊を歩き始めた。