目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

第13話 帰るぞ、美月

「なんで一人で全部決めんだよ」

陽向の言葉が。

胸の奥に突き刺さった。

私は何も言えなかった。

一人で決めた。

確かにそうだ。

陽向が苦しそうだったから。

紗良を返してほしいと言ったから。

私がいなくなれば。

少しは楽になるんじゃないかと思った。

でも。

陽向に。

「離れてほしい」

と言われたわけじゃない。

「……だって」

やっと声を出す。

「陽向が辛そうだったから」

「だからって」

「私の顔見るたび、紗良さんのこと思い出すでしょ?」

「思い出すよ」

迷いのない返事だった。

胸が痛む。

「だったら……」

「でも」

陽向が遮った。

「それと、美月にいなくなってほしいのは別だろ」

「……」

「俺が紗良のこと思い出して辛いからって」

陽向の眉が寄る。

「美月が一人でどっか行かなきゃいけない理由になんの?」

「でも私……」

「また『でも』」

「……」

言葉を飲み込む。

陽向が。

大きく息を吐いた。

「昨日の俺が悪かった」

「陽向は悪くないよ」

「悪い」

「だって紗良さんは――」

「そういうことじゃない」

陽向が首を振る。

「紗良に戻ってきてほしいって思ってるのは本当」

「……うん」

「それは今も変わってない」

分かっている。

それを。

嘘で否定してほしいとも思わない。

「でも」

陽向が私を見る。

「『紗良を返してくれ』って美月に言ったって、どうしようもないじゃん」

「……」

「美月が紗良をどっかに隠してるわけじゃない」

「うん」

「自分でこの身体に入ったわけでもない」

「……うん」

「なのに俺」

拳を握る。

「美月なら何とかできるみたいに」

「美月が悪いみたいに言った」

「そんなつもりじゃ……」

「なくても、そう聞こえただろ」

何も言えなかった。

聞こえた。

そして。

傷ついた。

でも。

それを言ったら。

陽向を責めることになる気がして。

言えなかった。

すると。

「美月」

優しい声で呼ばれた。

「昨日の言葉」

「……」

「傷ついた?」

心臓が跳ねた。

真っ直ぐ聞かれる。

逃げられない。

いつもの私は。

ここで。

『大丈夫』

と言う。

『気にしてない』

と笑う。

相手の罪悪感を減らすために。

本当の気持ちを。

飲み込む。

でも。

陽向はずっと。

それをやめろと言っていた。

私は。

ぎゅっと手を握った。

「……傷ついた」

ようやく言った。

陽向の顔が歪んだ。

「うん」

「すごく」

「……うん」

「私だって好きでここにいるわけじゃないのにって」

涙が滲む。

「私だって子どもたちのところに帰りたいのに」

「うん」

「自分の身体に戻りたいのに」

「……うん」

「なのに」

声が震える。

「『返して』って言われても」

「どうしたらいいのか分からないよって」

陽向は。

一度も遮らなかった。

「それに」

一番。

言いたくなかった気持ち。

でも。

口にする。

「私……」

「うん」

「陽向に」

喉が詰まる。

「いなくなってほしいって言われたみたいで」

陽向が。

はっとした。

「……違う」

「分かってる」

「違う、美月」

今度は。

強く言われた。

「俺は」

一歩近づく。

「美月にいなくなってほしいなんて思ってない」

「……」

「昨日だって」

陽向は苦しそうに眉を寄せる。

「紗良の事故のこと聞いて」

「紗良が俺のこと好きだったって知って」

「俺、何にも気づいてなかったって思って」

「……」

「頭ぐちゃぐちゃになって」

だから。

あの言葉が出た。

「でも、それを美月にぶつけていい理由にはならない」

陽向が。

深く頭を下げた。

「……ごめん」

驚いた。

「陽向……」

「本当にごめん」

トップアイドルの天城陽向が。

私に。

頭を下げている。

そんなことじゃない。

そう言おうとして。

やめた。

陽向は。

ちゃんと謝ってくれている。

だったら。

私も。

ちゃんと受け取らなければいけない。

「……うん」

私は涙を拭った。

「分かった」

「……許してくれる?」

「うん」

少しだけ間を置いて。

「でも、もう言わないで」

初めて。

そんなことを言った。

陽向が目を見開く。

「『紗良さんを返して』って」

「……うん」

「私、本当に何もできないから」

「分かった」

「それ言われたら」

胸に手を当てる。

「私、自分がここにいることまで悪いことみたいに思っちゃう」

陽向の目が。

少し揺れた。

「……分かった」

今度は。

ゆっくり。

噛みしめるように頷いた。

「言わない」

「うん」

「約束する」

その言葉を聞いて。

少しだけ。

胸の力が抜けた。

◇◇◇

「……さっきの子」

陽向が。

私の後ろを見る。

星たちは。

もうどこにも見えない。

「娘?」

胸がきゅっとなる。

「……うん」

「星ちゃん?」

「うん」

「そっか」

陽向は。

星が消えていった方向を見る。

「会えたな」

「……会えた、のかな」

私は。

少しだけ笑った。

「何も話してないけど」

「でも見れたじゃん」

「うん」

元気だった。

笑っていた。

それだけで。

どれだけ安心したか。

「目が合ったの」

「え?」

「星と」

あの瞬間を思い出す。

知らない女性を見る目。

でも。

なぜか。

長い間こちらを見つめていた。

「私ね」

声が震える。

「一瞬だけ」

「……」

「もしかして、分かったのかなって思っちゃった」

「……」

「そんなわけないのに」

今の顔は。

一ノ瀬紗良。

母親だった頃の面影なんて。

どこにもない。

「でも」

陽向が言った。

「何か感じた可能性くらいはあるんじゃない?」

「え?」

「だって」

少し笑う。

「美月が紗良の身体に入ってんのだって、普通ならありえないんだろ?」

「……うん」

「だったら」

肩をすくめる。

「娘が母親の何か感じても、もう俺は驚かない」

私は。

思わず笑った。

「何それ」

「いや、マジで」

陽向も笑う。

「最近、俺の常識めちゃくちゃだから」

「私のせい?」

「そこは美月のせいじゃない」

すぐに言われた。

その言葉に。

胸が少し温かくなる。

「……星」

もう一度名前を口にする。

「大きくなったら」

「うん」

「どんな子になるんだろ」

「見たい?」

「……見たい」

迷わず答えた。

「ずっと見たい」

「じゃあ」

陽向が。

当たり前みたいに言った。

「生きなきゃな」

私は顔を上げた。

「……」

「美月が消えるかもとか」

「紗良が戻るかもとか」

「俺たち今、何にも分かってない」

「うん」

「だったら」

陽向が私を見る。

「分かんないことで、先に自分から消えようとすんなよ」

胸が。

ぎゅっと締めつけられる。

「でも」

言いかける。

陽向の眉が上がった。

「あ」

自分で気づいて。

口を閉じた。

「また『でも』言うところだった」

「言ったけどな」

「途中だからセーフ」

「アウトだろ」

思わず。

二人で笑った。

こんな状況なのに。

笑える。

それが。

不思議だった。

◇◇◇

「で」

陽向が。

私のバッグを見る。

「これ、何?」

「……荷物」

「見りゃ分かる」

「数日分の服とか」

「家出じゃん」

「家出って……」

「三十四歳で家出」

「陽向も三十四歳でしょ!」

「俺はしてない」

「もう」

少しだけ。

いつもの陽向に戻ってきた。

それが。

嬉しかった。

「どこ泊まるつもりだったの?」

「……」

答えられない。

陽向がじっと見る。

「ホテル?」

「……たぶん」

「取った?」

「まだ」

「金は?」

「紗良さんの財布に……」

言いながら。

また。

罪悪感。

「ほら」

陽向がため息をつく。

「何にも決めてなかったんじゃん」

「……うん」

「行く場所もなくて」

「うん」

「金使うのも紗良に悪いって思って」

「……なんで分かったの?」

「美月だから」

即答。

「美月なら絶対そう考える」

言葉が止まった。

陽向が。

私のことを。

分かるようになっている。

まだ。

出会って間もないのに。

紗良ではなく。

私の考え方を。

「……陽向」

「ん?」

「私のこと」

「うん」

「分かってきた?」

陽向が一瞬固まった。

「まあ」

少し照れたように。

視線を逸らす。

「分かりやすいし」

「またそれ」

「すぐ顔に出る」

「嫌だな」

「俺は楽だけど」

「何で?」

「言ってることと顔違ったら分かるから」

「……」

それ。

私には。

少し怖い。

でも。

同時に。

嬉しい。

『大丈夫』

と言っても。

本当は大丈夫じゃないことに。

気づいてくれる。

そんな人が。

いる。

「じゃ」

陽向が突然。

私のバッグを持った。

「え?」

「帰るぞ」

「……どこに?」

「家」

胸が。

ざわつく。

「紗良さんの家?」

言った瞬間。

陽向が。

少し考えた。

そして。

「今は」

私を見る。

「美月が住んでる家」

「……」

「名義とかそういうのは紗良だけど」

「……うん」

「今そこで寝て」

「飯食って」

「生活してんの、美月だろ」

胸の奥が。

熱くなる。

「でも」

「あ」

陽向が指差す。

「今言った」

「……」

「でも禁止」

「そんなルール聞いてない」

「今作った」

「勝手!」

陽向が笑う。

「帰ろ」

もう一度。

今度は。

少し優しく言った。

「美月」

その一言。

『美月』

私の名前。

高瀬美月。

もう。

公的には。

この世界からいなくなった人。

ニュースでは。

死亡した女性。

家族にとっては。

亡くなった母親。

だけど。

陽向だけは。

今の私を。

美月と呼ぶ。

「……帰っていいの?」

小さく聞く。

陽向は。

少し困ったように笑った。

「だから」

「俺に聞くなって」

「え?」

「美月が帰りたいかどうかだろ」

また。

私に聞く。

どうしたい?

自分で決めていい。

私は。

今まで。

周りがどう思うかばかり考えていた。

迷惑じゃないか。

怒られないか。

嫌われないか。

それから。

自分がどうしたいのかを考える。

だから。

突然聞かれると。

難しい。

「……私」

ゆっくり考える。

あの部屋。

知らない場所だった。

最初は。

怖かった。

でも。

陽向とコーヒーを飲んだ。

ハンバーグを作った。

テレビを見て笑った。

一緒にマグカップを選んだ。

ほんの少しずつ。

私の時間が。

あそこにも増えていた。

「帰りたい」

私は。

初めて。

自分の気持ちだけで答えた。

「……あの家に」

陽向が。

笑った。

「じゃあ帰ろ」

「うん」

私は。

一歩。

陽向の隣を歩き出した。

◇◇◇

車に乗ると。

急に疲れが押し寄せてきた。

一晩。

ほとんど眠っていない。

朝から歩き続けて。

星を見つけて。

泣いて。

陽向と話して。

限界だった。

助手席に座る。

陽向がエンジンをかける。

「寝ていいよ」

「大丈夫」

「はい、出た」

「……眠いです」

言い直した。

陽向が。

満足そうに頷く。

「よろしい」

「先生みたい」

「美月が素直じゃないから」

「陽向に言われたくない」

「俺めっちゃ素直だけど?」

「どこが?」

話しながら。

瞼が。

少しずつ重くなる。

「……陽向」

「ん?」

「今日」

「うん」

「来てくれてありがとう」

陽向が。

一瞬。

黙った。

「もう」

「?」

「勝手にいなくなんないで」

低い声。

私は。

横顔を見る。

「……うん」

「せめて連絡して」

「うん」

「電話出て」

「……うん」

「マジで心臓止まるかと思ったから」

その言葉に。

胸が。

少しだけ鳴った。

「そんなに?」

聞いてしまった。

陽向は。

前を向いたまま。

「そんなに」

答えた。

「……」

それ以上。

何も言えなかった。

私は。

窓の外へ視線を向ける。

胸の奥。

紗良の感情なのか。

私の感情なのか。

まだ。

分からない。

でも。

ひとつだけ。

分かったことがあった。

私は。

陽向に見つけてもらえたことが。

嬉しかった。

帰ろうと言われたことが。

嬉しかった。

そして。

もう一度。

陽向の隣にいていいのだと。

思えたことが。

どうしようもなく。

嬉しかった。

◇◇◇

どれくらい経ったのか。

気づけば。

私は眠っていた。

車が赤信号で止まる。

陽向が。

助手席を見る。

静かに眠る美月。

紗良と同じ顔。

でも。

もう。

陽向には分かっていた。

これは。

紗良じゃない。

眠るとき。

少しだけ身体を丸める癖も。

バッグを抱えるようにして寝る姿も。

紗良とは違う。

「……美月」

小さく名前を呼ぶ。

反応はない。

陽向は。

前を向き直った。

昨日。

紗良を返してほしいと願った。

今でも。

紗良に会いたい。

それは。

嘘じゃない。

でも。

今日。

美月がいなくなったと知った瞬間。

自分は。

何を思った?

――紗良の身体がなくなった。

それだけだっただろうか。

違う。

頭に浮かんだのは。

美月の顔だった。

笑って。

泣いて。

すぐに謝って。

何か褒めれば。

びっくりするくらい嬉しそうにして。

自分のテレビを。

誰より楽しそうに見ていた。

高瀬美月。

「……なんなんだろうな」

陽向は。

小さく呟いた。

紗良を失うことが怖かった。

そして今。

美月までいなくなることも。

同じように。

怖かった。

その感情が。

何を意味するのか。

このときの陽向には。

まだ。

分からなかった。
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