目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

第15話 あなたも無理して笑うんだね

陽向がソファで眠ってしまった翌日。

私は朝から、なぜか昨日のことばかり考えていた。

テレビの中では。

いつだって明るくて。

元気で。

どんな話を振られても、大きな声で笑って。

メンバーが失敗すれば全力でツッコんで。

自分が失敗すれば、それすら笑いに変えてしまう。

そんな天城陽向が。

私の家――。

まだそう呼ぶことには少し抵抗があるけれど。

今、私が暮らしているこの部屋のソファで。

あんなにも無防備に眠っていた。

「……疲れてたんだろうな」

キッチンでコーヒーを淹れながら、ぽつりと呟く。

思い返せば。

陽向は何度も。

私の『大丈夫』を見抜いてきた。

何でもないと言っても。

泣いてないと言っても。

すぐに気づいた。

なのに。

私は。

陽向について。

どれだけちゃんと見てきただろう。

ファンだった頃は。

陽向が笑っていれば。

『今日も楽しそう』

と思っていた。

元気なら。

『よかった』

と思っていた。

でも。

本当は。

笑っているからって。

元気とは限らない。

そんなこと。

自分が一番よく分かっているはずなのに。

「……私、全然見えてなかったのかも」

テレビの中の陽向を。

知っているつもりになっていただけ。

そんなことを考えながら。

コーヒーを一口飲んだ。

そのとき。

スマートフォンが震える。

画面を見る。

陽向。

メッセージだった。

『今日夜そっち行っていい?』

「……」

少しだけ。

口元が緩む。

『いいよ』

送信。

すぐに。

『飯ある?』

「やっぱりそれか!」

思わず声が出た。

『自分で買ってきてください』

すると。

『ええええええ』

泣いているスタンプ。

「子どもか」

笑いながら。

『余裕があったら作る』

と送った。

『やった!!!!』

即レス。

本当に。

こういうところだけ見ていれば。

悩みなんて何もなさそうなのに。

私は。

スマートフォンを見ながら。

昨日の陽向の寝顔を思い出していた。

◇◇◇

その日の夜。

陽向が来たのは。

予定していた時間より。

一時間以上遅かった。

ピンポーン。

インターホンが鳴る。

「はーい」

玄関を開ける。

「……ただいまー」

「おかえり……って」

私は。

思わず陽向の顔を見た。

いつものように。

笑っている。

でも。

目が。

全然笑っていない。

「遅くなってごめん」

「仕事?」

「うん」

陽向は。

いつものように軽い調子で靴を脱ぐ。

「腹減ったー!」

「……」

「今日何?」

「生姜焼き」

「マジ!? 最高!」

大きなリアクション。

いつもの陽向。

なのに。

違う。

「……陽向」

「ん?」

「何かあった?」

陽向の動きが。

ほんの一瞬。

止まった。

でも。

すぐに笑う。

「何もないよ」

「……」

まただ。

「仕事長引いただけ」

「そっか」

私は。

それ以上聞かなかった。

陽向がリビングへ行く。

「めっちゃいい匂いする!」

「手洗ってきて」

「はーい」

返事も。

いつも通り。

でも。

なぜだろう。

今日は。

笑い声が。

少しだけ大きすぎるように感じた。

◇◇◇

「いただきます!」

「いただきます」

陽向は。

生姜焼きを口に入れる。

「うまっ!」

いつもの反応。

「これヤバい!」

「大げさ」

「いやマジで美味いって!」

「ありがとう」

「美月、店出せるよ」

「それは言いすぎ」

「俺毎日来る」

「それは困る」

「なんで!?」

私は笑った。

陽向も笑う。

でも。

その笑顔を見ながら。

やっぱり思う。

何か変。

「……」

陽向がご飯を口に運ぶ。

よく食べる。

話す。

笑う。

なのに。

ふとした瞬間。

黙る。

そして。

視線が。

どこか遠くに行く。

「陽向」

「ん?」

「美味しい?」

「え? めっちゃうまいよ!」

「じゃあよかった」

私は。

あえて。

それだけにした。

何があったの?

と。

何度も聞くのは。

違う気がした。

陽向が言いたくなったら。

話せばいい。

昨日。

陽向が私にしてくれたみたいに。

◇◇◇

食事を終え。

二人で食器を片づける。

今日は。

陽向が洗って。

私が拭く。

「そこ、まだ泡ついてる」

「え?」

「ここ」

「細か!」

「細かくないよ」

「美月、姑みたい」

「……」

陽向が。

「あ」

という顔をする。

「ごめん」

「別に大丈夫」

言ってから。

私は自分で笑った。

「今の大丈夫は、本当に大丈夫」

「ならよかった」

陽向も。

少しだけ笑う。

でも。

そのあと。

また黙った。

やっぱり。

何かある。

◇◇◇

片づけが終わり。

テレビをつける。

ちょうど。

陽向が出演している番組が放送されていた。

「あ」

私が言う。

「今日これだったんだ」

「うん」

陽向は。

ソファに座る。

画面の中。

今日の陽向。

収録されたのは。

少し前なのだろう。

ものすごく楽しそうに笑っている。

スタジオ中に響く。

大きな笑い声。

「……」

私は。

テレビと。

隣にいる陽向を。

交互に見る。

違う。

顔は同じ。

声も同じ。

でも。

全然違う。

テレビの中では。

誰よりも楽しそう。

今。

隣にいる陽向は。

笑っていない。

「……陽向」

「何?」

「これ、いつ撮ったの?」

「三週間くらい前」

「そうなんだ」

「うん」

画面の中で。

陽向が。

司会者にいじられて。

大笑いしている。

その瞬間。

陽向が。

リモコンを取った。

テレビを消す。

「……」

部屋が。

急に静かになる。

「ごめん」

陽向が言った。

「今日は見たくない」

「……うん」

私は。

理由を聞かなかった。

陽向が。

ソファの背もたれに。

身体を預ける。

そして。

天井を見る。

「……疲れた」

ぽつり。

本当に。

小さな声だった。

私は。

その言葉を。

初めて聞いた気がした。

「そっか」

それだけ答える。

陽向が。

少し驚いたように私を見る。

「聞かないの?」

「何を?」

「何があったとか」

私は。

少し考えて。

首を振る。

「陽向が話したくなったら聞く」

「……」

「でも今は」

ソファの隣に座る。

「疲れたんでしょ?」

「……うん」

「じゃあ、それだけでいいんじゃない?」

陽向は。

何も言わなかった。

◇◇◇

しばらく。

二人とも黙っていた。

テレビもつけない。

音楽もない。

静かな部屋。

不思議と。

気まずくはなかった。

少しして。

陽向が。

口を開いた。

「今日さ」

「うん」

「収録だったんだけど」

話し始めた。

私は。

ただ聞く。

「俺」

「うん」

「ちょっとミスって」

「うん」

「別に大したことじゃないんだけど」

陽向が。

指を組む。

「番組の流れ、止めちゃって」

「……」

「スタッフさんに怒られたとかじゃないよ」

「うん」

「みんなも大丈夫って言ってくれたし」

「うん」

「でも」

一度。

言葉が止まる。

「最近」

「?」

「俺、ちゃんとできてんのかなって思うことあって」

初めて聞く。

陽向の。

弱い声。

「何が?」

私は。

優しく聞いた。

「全部」

陽向が苦笑する。

「歌も」

「ダンスも」

「バラエティーも」

「……」

「後輩も増えてきて」

「俺らより若くて」

「上手いやつもいっぱい出てきて」

「……」

「ずっと」

陽向は。

手を見つめる。

「俺は明るい奴でいなきゃって思ってる」

胸が。

少し痛くなる。

「テレビで」

「楽屋で」

「ライブで」

「俺が落ちたら」

「みんなもテンション下がる気がして」

「……」

「だから」

陽向が。

笑った。

でも。

その笑顔は。

今にも崩れそうだった。

「何でも笑っとけばいいかなって」

私は。

その顔を見た瞬間。

分かった。

ああ。

この笑い方。

知ってる。

私も。

何度もした。

辛いのに。

笑う。

傷ついてるのに。

『大丈夫』

って言う。

本当は聞いてほしいのに。

『何でもない』

と言う。

「……陽向」

「ん?」

「あなたも」

少しだけ。

胸が詰まる。

「無理して笑うんだね」

陽向の笑顔が。

止まった。

「……」

「私」

ゆっくり続ける。

「ずっと陽向って」

「本当にいつも楽しい人だと思ってた」

「……」

「もちろん」

「楽しいときもいっぱいあるんだと思う」

「でも」

陽向を見る。

「笑ってるからって」

「いつも大丈夫なわけじゃないんだね」

陽向は。

何も答えなかった。

「私と一緒だね」

そう言うと。

陽向の目が。

少し大きくなった。

「美月と?」

「うん」

私は。

膝の上で手を組む。

「私もずっと」

「周りが嫌な空気にならないように」

「誰かが怒らないように」

「大丈夫って言ってた」

「……」

「悲しくても」

「傷ついてても」

「私が我慢すれば済むならって」

陽向の表情が。

少し曇る。

「だから」

私は。

笑った。

「分かる気がする」

「陽向が」

「笑ってたほうが楽なとき」

「……」

「自分が笑ってれば」

「周りが心配しなくて済むもんな」

陽向が。

ぽつりと言った。

「うん」

「でも」

私は。

少しだけ首を傾ける。

「それ、ずっとやってたら疲れるよ」

「……」

「私は疲れた」

陽向が。

私を見る。

「めちゃくちゃ疲れた」

私は。

苦笑した。

「なのに」

「やめ方分かんなかった」

陽向が。

少し。

笑った。

今度は。

作った笑顔じゃない。

「……俺もかも」

「そっか」

「俺さ」

「うん」

「ファンに元気もらってるって、よく言うじゃん」

「うん」

「本当にそうなんだけど」

「……」

「同時に」

陽向が。

少しだけ俯く。

「俺が元気でいなきゃって思うんだよ」

「……うん」

「俺見て元気になるって言ってくれる人いるから」

「だから」

「俺が落ちてる姿とか」

「疲れてる姿見せちゃダメって」

胸が。

ぎゅっとなる。

私は。

十年以上。

その『ファン』の一人だった。

陽向に。

笑ってほしい。

元気でいてほしい。

それを。

願っていた。

でも。

その願いが。

知らないうちに。

陽向の重荷になることもあったのかもしれない。

「……ごめん」

思わず言った。

陽向が顔を上げる。

「何で美月が謝るの?」

「私もファンだったから」

「は?」

「ずっと」

「陽向には笑っててほしいって思ってた」

「……」

「元気な陽向を見るのが好きだった」

「それは悪くないだろ」

「でも」

「美月」

陽向が。

少しだけ強い声を出す。

「そこまで背負わなくていい」

「……」

「ファンに求められるのが嫌だって言ってるわけじゃない」

「うん」

「俺が勝手に」

「そうしなきゃって思ってるだけ」

私は。

陽向を見る。

まただ。

陽向は。

私に言う。

全部。

自分のせいにするなって。

「……そっか」

「うん」

「じゃあ」

私は。

少し考えてから。

言った。

「ここでは」

「?」

「元気じゃなくてもいいよ」

陽向が。

固まった。

「前も言ったけど」

「ここにいるときくらい」

「笑いたくなかったら」

「笑わなくていい」

「……」

「面白くなかったら」

「リアクションしなくていい」

「……」

「疲れたなら」

「疲れたって言っていい」

陽向の目が。

少し揺れる。

「私」

胸に手を置く。

「陽向のファンだったけど」

「今は」

少しだけ。

言葉を探す。

「テレビの天城陽向だけを見てるわけじゃないから」

陽向が。

私を見る。

「玉ねぎ大きく切るし」

「そこ今言う?」

「片づけ苦手だし」

「美月?」

「ソファで寝落ちするし」

「……」

「疲れたら」

「ちゃんと疲れた顔する人だって」

私は。

笑った。

「もう知ってるから」

陽向は。

しばらく。

何も言わなかった。

それから。

「……なんか」

「?」

「恥ずかしい」

「何が?」

「ファンに裏側バレてんの」

「今さら?」

「俺のイメージ!」

「大丈夫」

「何が?」

「玉ねぎ大きくても好きだから」

言った瞬間。

「……」

二人とも。

止まった。

「あ」

私の顔が。

一気に熱くなる。

違う。

今のは。

「ファンとして!」

慌てて付け足す。

陽向が。

少しだけ口元を上げる。

「はいはい」

「本当に!」

「分かったって」

「絶対分かってない!」

「顔赤いけど?」

「もう!」

陽向が。

笑った。

今度は。

自然な笑い声。

私も。

つられて笑う。

さっきまで。

重かった空気が。

少しだけ軽くなった。

◇◇◇

しばらくして。

陽向は。

ソファに横になった。

「また寝る?」

「今日は寝ない」

「昨日もたぶんそう思ってたでしょ」

「今日はマジ」

「はいはい」

私は。

毛布を持ってくる。

「まだ寝ないって!」

「どうせ寝る」

「美月、俺の扱い雑になってない?」

「距離が縮まった証拠です」

言ってから。

また。

少し恥ずかしくなる。

陽向は。

一瞬だけ。

私を見た。

でも。

何も言わなかった。

ただ。

小さく笑った。

「……じゃあ」

毛布を受け取る。

「借りる」

「どうぞ」

陽向は。

毛布をかける。

そして。

天井を見ながら。

ぽつりと言った。

「美月」

「何?」

「俺」

「うん」

「今日」

「ここ来てよかった」

胸が。

少しだけ鳴った。

「そっか」

私は。

それだけ答えた。

「美月んとこ来ると」

陽向は。

目を閉じる。

「なんか楽なんだよな」

「……」

「飯出てくるから?」

冗談っぽく聞く。

陽向が。

目を閉じたまま。

笑う。

「それもある」

「やっぱり!」

「でも」

続ける。

「それだけじゃない」

心臓が。

ドクン。

「何?」

聞いた。

でも。

返事がない。

「陽向?」

近づく。

寝ている。

「……寝るの早っ」

思わず笑ってしまう。

やっぱり。

疲れていたんだ。

私は。

テレビをつけなかった。

部屋の照明を。

少しだけ暗くする。

そして。

陽向の寝顔を見る。

「……お疲れさま」

今日も。

聞こえていないと思って。

呟いた。

「いつも元気くれて」

「ありがとう」

ファンだった頃。

私は。

この人に。

何度も助けられた。

テレビの中の陽向が。

笑ってくれるだけで。

少しだけ。

辛い現実を忘れられた。

だけど。

今は。

思う。

陽向だって。

誰かに。

支えてもらっていい。

ずっと。

誰かを笑わせる側じゃなくてもいい。

「今度は」

小さな声で。

言った。

「私が少しくらい」

「陽向が休める場所になれたらいいな」

そのとき。

眠っているはずの陽向の指が。

ほんの少し。

動いたことに。

私は。

気づかなかった。

◇◇◇

陽向は。

目を閉じたまま。

美月の声を聞いていた。

――私が少しくらい。

――陽向が休める場所になれたらいいな。

胸の奥が。

妙に熱くなる。

これまで。

たくさんの人に。

言われてきた。

『元気をもらっています』

『陽向くんを見ると笑顔になれます』

『ずっと明るい陽向くんでいてください』

全部。

嬉しかった。

心から。

でも。

美月は。

初めて。

言った。

――笑わなくていい。

――疲れたって言っていい。

そして。

――休める場所になりたい。

「……」

眠ったふりをしながら。

陽向は。

そっと。

胸の前で手を握った。

紗良とは。

違う。

紗良は。

誰より長く自分を知っていた。

美月は。

まだ。

出会ったばかり。

それなのに。

どうしてだろう。

今まで。

誰にも見つけてもらえなかった部分を。

美月だけが。

少しずつ。

見つけていく。

そのことが。

嬉しくて。

同時に。

少しだけ。

怖かった。

高瀬美月。

この人といると。

自分が。

『天城陽向』ではなく。

ただの『陽向』に。

戻ってしまう。

そして。

その時間を。

もっと欲しいと思い始めている自分に。

陽向は。

まだ。

名前をつけることができなかった。
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