目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~
第3話 もう一度だけ、子どもたちに会いたい
高瀬美月としての人生は――終わっていた。
その事実を理解した瞬間。
頭の中が真っ白になった。
「……」
何も考えられない。
涙だけが、勝手に頬を伝っていく。
スマートフォンの画面には、何度見ても同じ文字が並んでいた。
高瀬美月さん、三十四歳。死亡確認。
違う。
ここにいる。
私はここにいるのに。
ちゃんと息をして。
ちゃんと考えて。
子どもたちの顔だって、一人ひとり思い出せるのに。
それなのに。
「私……死んだんだ……」
声にすると、余計に現実になった。
「……」
陽向は何も言わなかった。
ただ、少し離れた場所に立ったまま、私を見ている。
「子どもたち……」
もう一度、その言葉がこぼれた。
胸が締めつけられる。
事故に遭った日の朝。
ちゃんと顔を見ただろうか。
ちゃんと「行ってきます」を聞いただろうか。
あの子たちに、最後に何て言った?
思い出せない。
いつも通りだったから。
まさか、それが最後になるなんて思っていなかったから。
もっと抱きしめればよかった。
もっと頭を撫でればよかった。
もっと。
もっと。
「会いたい……」
声が震える。
「会いたいよ……」
もう止められなかった。
両手で顔を覆う。
「ママ、ここにいるのに……」
なのに。
この身体は私じゃない。
この顔で子どもたちの前に行ったって。
誰も気づいてくれない。
知らない女の人が突然現れて、
「ママだよ」
なんて言ったら。
怖がらせるだけだ。
「……っ」
息が苦しくなる。
「私、どうしたらいいの……」
ぽつりと呟いた。
すると。
少し間を置いてから、陽向が口を開いた。
「……会いに行きたい?」
私は顔を上げた。
涙で滲んだ視界の向こうに、陽向がいる。
「……え?」
「子どもたち」
陽向は静かに言った。
「会いたいんでしょ?」
私は迷わず頷いた。
「会いたい」
「うん」
「でも……」
言葉が詰まる。
「会えない」
「……」
「私が行っても、分からないから」
自分の頬に触れる。
一ノ瀬紗良の顔。
綺麗で。
華やかで。
だけど。
私の子どもたちが知っている母親の顔ではない。
「ママだって言えない……」
また涙が落ちた。
「知らない人だから」
陽向は少し黙った。
それから、ベッド脇の椅子を引いて座った。
「じゃあさ」
「……?」
「今は、言わなくてもいいんじゃない?」
私は眉を寄せた。
「言わなくても?」
「うん」
陽向は膝に肘を乗せながら、こちらを見る。
「ママだって言うかどうかは、あとで考えればいいじゃん」
「でも……」
「会いたいなら、遠くから見るだけでもいいし」
思ってもいなかった言葉だった。
「……見に行っても、いいの?」
「俺が決めることじゃないけど」
陽向が少しだけ苦笑する。
「会いたいって思ってんのに、最初から全部諦める必要ないんじゃない?」
その言葉に、胸が詰まった。
諦める。
私はこれまで、どれだけそれを繰り返してきたんだろう。
仕方ないから。
言っても分かってもらえないから。
揉めるくらいなら。
自分が我慢したほうが早いから。
いつの間にか。
何かを望む前に、自分で諦める癖がついていた。
「……でも」
それでも、言葉が出る。
「迷惑じゃないですか?」
陽向が眉を上げた。
「何が?」
「私のこと……」
私は俯く。
「一ノ瀬紗良さんじゃないって、たぶん分かってきてるのに」
陽向の表情が少し曇った。
「あなたにとって、大切な人だったんですよね?」
「……うん」
即答だった。
胸がちくりと痛む。
当然なのに。
「だったら……」
唇を噛む。
「私がこの身体にいること自体、嫌じゃないですか?」
陽向は答えなかった。
それが、答えのようにも思えた。
やっぱり。
そうだよね。
大切な人が目を覚ましたと思ったら。
中にいるのは知らない女で。
しかも、その女は「私は別人です」なんて言っている。
怖いに決まっている。
受け入れられなくて当然だ。
「ごめんなさい……」
反射的に謝っていた。
陽向が顔を上げる。
「何で謝んの?」
「だって……」
「美月が悪いの?」
自分の名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
「……え?」
陽向自身も、一瞬しまったという顔をした。
でも、言い直さなかった。
「美月が、自分で紗良の身体に入ったの?」
「……違います」
「紗良から身体奪った?」
「そんな……」
「じゃあ謝らなくてよくない?」
言い方はあっさりしていた。
まるで、本当にそれだけのことみたいに。
私は何も言えなくなる。
「俺だって分かんないよ」
陽向が視線を落とした。
「何が起きてるのか」
「……」
「正直、今も混乱してる」
その声は、テレビの中で聞く明るい陽向とはまるで違った。
「紗良が目ぇ覚ましたって思った」
陽向の指が膝の上でぎゅっと握られる。
「もうダメかもしれないって言われてたから」
胸が痛んだ。
「だから、目開けたとき……本当に嬉しかった」
「……ごめ――」
言いかけて、止まる。
謝らなくていいと言われたばかりだ。
陽向がこちらを見る。
「でも」
少しだけ、困ったように笑った。
「今いるのが美月なんだったら……それも、今はちゃんと考えないとダメなんだろうなって思ってる」
予想していなかった。
もっと拒絶されると思っていた。
「信じて……くれるんですか?」
「全部信じたってわけじゃない」
正直な答え。
でも、それが逆に嬉しかった。
「事故のせいで混乱してる可能性もあると思ってるし」
「……はい」
「でも」
陽向が私を真っ直ぐ見る。
「高瀬美月って人が、本当に同じ日に事故で亡くなってる」
息を呑む。
「しかも、紗良が知らないはずの家族の話をしてる」
「……」
「だから、最初から嘘だって決めつけるのも違うかなって」
その言葉を聞いた瞬間。
また涙が出そうになった。
信じるとまでは言わない。
でも。
最初から否定しない。
それだけのことが。
どうしてこんなに嬉しいんだろう。
「……ありがとう」
小さく言う。
陽向が少し目を丸くした。
「何が?」
「話、聞いてくれて」
「いや……」
陽向は少し照れたように視線を逸らした。
「聞かないと分かんないし」
また胸の奥が揺れた。
聞かないと分からない。
そんな当たり前のことを。
私はずっと、してほしかったのかもしれない。
「……子どもたち」
私はもう一度スマートフォンを見る。
「どうしてるんだろう」
家族の名前を検索したって、もちろん何も出てこない。
一般人なのだから当然だ。
でも。
もしかしたら。
事故の記事の続報。
葬儀。
何か。
自分につながるものがあるかもしれない。
「SNSとかは?」
陽向が聞く。
「え?」
「家族の。やってない?」
「……」
夫のアカウント。
子どもたちのことを載せることも、たまにあった。
思い出した。
「あります」
「検索できる?」
私は頷いた。
震える指で、一ノ瀬紗良のスマートフォンを操作する。
夫の名前。
覚えているアカウント名。
検索。
出てきた。
懐かしいアイコン。
胸が一気に締めつけられる。
「……これ」
指先が止まる。
最新の投稿は。
事故の翌日。
画面いっぱいに表示された文字を見た瞬間。
息が止まった。
妻が事故で亡くなりました。
「……」
それ以上、すぐには読めなかった。
陽向も何も言わない。
私は震える指で、ゆっくり画面を下へ動かした。
突然のことで、家族全員がまだ現実を受け止められていないこと。
子どもたちも泣いていること。
周囲への感謝。
そして。
最後に書かれていた一文。
子どもたちのためにも、家族で支え合っていきたいと思います。
「……泣いてるんだ」
ぽつりと言った。
当然なのに。
想像しただけで苦しかった。
「私のせいで……」
またその言葉が出そうになる。
でも。
途中で飲み込んだ。
私のせいじゃない。
事故に遭いたくて遭ったわけじゃない。
分かっている。
それでも。
「会いたい……」
涙が落ちる。
「星……」
長女の名前が、自然と口から出た。
陽向が反応する。
「星?」
「……娘です」
「なんて読むの?」
「ひかり」
名前を口にしただけで。
小さかった頃の顔。
笑い声。
髪を結んだときのこと。
抱きついてきた感触。
全部が一気に蘇る。
「星に会いたい……」
それだけじゃない。
子どもたち全員に会いたい。
でも。
今、真っ先に浮かんだのは星だった。
女の子同士だから。
成長していく中で。
もっと話したかった。
もっと教えてあげたかった。
これから先。
恋をすることもあるかもしれない。
悩むこともある。
おしゃれだって。
仕事だって。
結婚だって。
いつか。
私に相談してくれる日があったかもしれない。
「私……」
喉が詰まる。
「星の大人になっていくところ、見たかった……」
陽向は何も言わなかった。
ただ、私が泣き止むまでそこにいてくれた。
しばらくして。
私は涙を拭う。
「……ごめんなさい」
陽向がじっと見る。
「また謝った」
「あ……」
「クセ?」
「……たぶん」
陽向が小さく息を吐いた。
「じゃあさ」
「?」
「俺の前では、とりあえずそれ減らしてみれば?」
意味が分からず見つめ返す。
「泣いたくらいで謝んなくていいから」
その一言で。
また泣きそうになる。
「ほら、また泣く」
陽向が困ったように笑った。
「すみま――」
「言ってるそばから!」
思わず。
ほんの少しだけ笑った。
自分でも驚いた。
子どもたちのことで胸が張り裂けそうなのに。
それでも。
笑えた。
陽向も少しだけ笑う。
「……そっちのほうがいいじゃん」
「え?」
「いや、なんでもない」
陽向は立ち上がる。
「とりあえず今日は休もう」
「でも……」
「子どもたちに会う方法は、退院してから考えよう」
「……」
「一人で行くの怖いなら」
陽向は少しだけ間を置いた。
「俺、付き合うから」
私は目を見開いた。
「え?」
「だから」
陽向が少し照れくさそうに頭を掻く。
「見に行きたいんでしょ?」
「でも、天城さん……」
トップアイドル。
そんな人が私なんかのために。
「迷惑――」
言いかけて止まる。
陽向がニヤッとする。
「今、迷惑って言おうとした?」
「……」
「ダメ」
「まだ何も言ってないです」
「顔に書いてあった」
そう言って笑う。
その笑顔は。
いつもテレビで見ていた陽向の笑顔だった。
なのに。
今は、私一人に向けられている。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
でも。
その瞬間。
また頭の奥がズキッと痛んだ。
「……っ」
「美月?」
視界が揺れる。
そして。
また知らない記憶が流れ込んできた。
夜の駅。
帽子を深く被った陽向。
隣には――紗良。
『陽向』
『ん?』
『もし私がいなくなったら、寂しい?』
陽向が笑う。
『何それ。いなくなんないじゃん』
『もしもの話』
『……そりゃ寂しいよ』
『そっか』
紗良が小さく笑う。
でも。
その胸の奥には。
言えなかった想いがあった。
――私が死んだら。
あなたは泣いてくれるのかな。
そこで記憶が途切れた。
私は息を呑む。
「……紗良さん」
「え?」
陽向がこちらを見る。
胸の奥に。
また、あの感情が残っている。
切なくて。
苦しくて。
どうしようもないほど強い。
陽向への想い。
私は自分の胸に手を当てた。
私には。
会いたくて仕方がない子どもたちがいる。
そして。
この身体には。
陽向を愛した一ノ瀬紗良の想いが残っている。
――私は、どうしてこの人の中にいるんだろう。
ただの偶然なの?
それとも。
私と紗良には。
まだ知らない何かがあるのだろうか。
その事実を理解した瞬間。
頭の中が真っ白になった。
「……」
何も考えられない。
涙だけが、勝手に頬を伝っていく。
スマートフォンの画面には、何度見ても同じ文字が並んでいた。
高瀬美月さん、三十四歳。死亡確認。
違う。
ここにいる。
私はここにいるのに。
ちゃんと息をして。
ちゃんと考えて。
子どもたちの顔だって、一人ひとり思い出せるのに。
それなのに。
「私……死んだんだ……」
声にすると、余計に現実になった。
「……」
陽向は何も言わなかった。
ただ、少し離れた場所に立ったまま、私を見ている。
「子どもたち……」
もう一度、その言葉がこぼれた。
胸が締めつけられる。
事故に遭った日の朝。
ちゃんと顔を見ただろうか。
ちゃんと「行ってきます」を聞いただろうか。
あの子たちに、最後に何て言った?
思い出せない。
いつも通りだったから。
まさか、それが最後になるなんて思っていなかったから。
もっと抱きしめればよかった。
もっと頭を撫でればよかった。
もっと。
もっと。
「会いたい……」
声が震える。
「会いたいよ……」
もう止められなかった。
両手で顔を覆う。
「ママ、ここにいるのに……」
なのに。
この身体は私じゃない。
この顔で子どもたちの前に行ったって。
誰も気づいてくれない。
知らない女の人が突然現れて、
「ママだよ」
なんて言ったら。
怖がらせるだけだ。
「……っ」
息が苦しくなる。
「私、どうしたらいいの……」
ぽつりと呟いた。
すると。
少し間を置いてから、陽向が口を開いた。
「……会いに行きたい?」
私は顔を上げた。
涙で滲んだ視界の向こうに、陽向がいる。
「……え?」
「子どもたち」
陽向は静かに言った。
「会いたいんでしょ?」
私は迷わず頷いた。
「会いたい」
「うん」
「でも……」
言葉が詰まる。
「会えない」
「……」
「私が行っても、分からないから」
自分の頬に触れる。
一ノ瀬紗良の顔。
綺麗で。
華やかで。
だけど。
私の子どもたちが知っている母親の顔ではない。
「ママだって言えない……」
また涙が落ちた。
「知らない人だから」
陽向は少し黙った。
それから、ベッド脇の椅子を引いて座った。
「じゃあさ」
「……?」
「今は、言わなくてもいいんじゃない?」
私は眉を寄せた。
「言わなくても?」
「うん」
陽向は膝に肘を乗せながら、こちらを見る。
「ママだって言うかどうかは、あとで考えればいいじゃん」
「でも……」
「会いたいなら、遠くから見るだけでもいいし」
思ってもいなかった言葉だった。
「……見に行っても、いいの?」
「俺が決めることじゃないけど」
陽向が少しだけ苦笑する。
「会いたいって思ってんのに、最初から全部諦める必要ないんじゃない?」
その言葉に、胸が詰まった。
諦める。
私はこれまで、どれだけそれを繰り返してきたんだろう。
仕方ないから。
言っても分かってもらえないから。
揉めるくらいなら。
自分が我慢したほうが早いから。
いつの間にか。
何かを望む前に、自分で諦める癖がついていた。
「……でも」
それでも、言葉が出る。
「迷惑じゃないですか?」
陽向が眉を上げた。
「何が?」
「私のこと……」
私は俯く。
「一ノ瀬紗良さんじゃないって、たぶん分かってきてるのに」
陽向の表情が少し曇った。
「あなたにとって、大切な人だったんですよね?」
「……うん」
即答だった。
胸がちくりと痛む。
当然なのに。
「だったら……」
唇を噛む。
「私がこの身体にいること自体、嫌じゃないですか?」
陽向は答えなかった。
それが、答えのようにも思えた。
やっぱり。
そうだよね。
大切な人が目を覚ましたと思ったら。
中にいるのは知らない女で。
しかも、その女は「私は別人です」なんて言っている。
怖いに決まっている。
受け入れられなくて当然だ。
「ごめんなさい……」
反射的に謝っていた。
陽向が顔を上げる。
「何で謝んの?」
「だって……」
「美月が悪いの?」
自分の名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
「……え?」
陽向自身も、一瞬しまったという顔をした。
でも、言い直さなかった。
「美月が、自分で紗良の身体に入ったの?」
「……違います」
「紗良から身体奪った?」
「そんな……」
「じゃあ謝らなくてよくない?」
言い方はあっさりしていた。
まるで、本当にそれだけのことみたいに。
私は何も言えなくなる。
「俺だって分かんないよ」
陽向が視線を落とした。
「何が起きてるのか」
「……」
「正直、今も混乱してる」
その声は、テレビの中で聞く明るい陽向とはまるで違った。
「紗良が目ぇ覚ましたって思った」
陽向の指が膝の上でぎゅっと握られる。
「もうダメかもしれないって言われてたから」
胸が痛んだ。
「だから、目開けたとき……本当に嬉しかった」
「……ごめ――」
言いかけて、止まる。
謝らなくていいと言われたばかりだ。
陽向がこちらを見る。
「でも」
少しだけ、困ったように笑った。
「今いるのが美月なんだったら……それも、今はちゃんと考えないとダメなんだろうなって思ってる」
予想していなかった。
もっと拒絶されると思っていた。
「信じて……くれるんですか?」
「全部信じたってわけじゃない」
正直な答え。
でも、それが逆に嬉しかった。
「事故のせいで混乱してる可能性もあると思ってるし」
「……はい」
「でも」
陽向が私を真っ直ぐ見る。
「高瀬美月って人が、本当に同じ日に事故で亡くなってる」
息を呑む。
「しかも、紗良が知らないはずの家族の話をしてる」
「……」
「だから、最初から嘘だって決めつけるのも違うかなって」
その言葉を聞いた瞬間。
また涙が出そうになった。
信じるとまでは言わない。
でも。
最初から否定しない。
それだけのことが。
どうしてこんなに嬉しいんだろう。
「……ありがとう」
小さく言う。
陽向が少し目を丸くした。
「何が?」
「話、聞いてくれて」
「いや……」
陽向は少し照れたように視線を逸らした。
「聞かないと分かんないし」
また胸の奥が揺れた。
聞かないと分からない。
そんな当たり前のことを。
私はずっと、してほしかったのかもしれない。
「……子どもたち」
私はもう一度スマートフォンを見る。
「どうしてるんだろう」
家族の名前を検索したって、もちろん何も出てこない。
一般人なのだから当然だ。
でも。
もしかしたら。
事故の記事の続報。
葬儀。
何か。
自分につながるものがあるかもしれない。
「SNSとかは?」
陽向が聞く。
「え?」
「家族の。やってない?」
「……」
夫のアカウント。
子どもたちのことを載せることも、たまにあった。
思い出した。
「あります」
「検索できる?」
私は頷いた。
震える指で、一ノ瀬紗良のスマートフォンを操作する。
夫の名前。
覚えているアカウント名。
検索。
出てきた。
懐かしいアイコン。
胸が一気に締めつけられる。
「……これ」
指先が止まる。
最新の投稿は。
事故の翌日。
画面いっぱいに表示された文字を見た瞬間。
息が止まった。
妻が事故で亡くなりました。
「……」
それ以上、すぐには読めなかった。
陽向も何も言わない。
私は震える指で、ゆっくり画面を下へ動かした。
突然のことで、家族全員がまだ現実を受け止められていないこと。
子どもたちも泣いていること。
周囲への感謝。
そして。
最後に書かれていた一文。
子どもたちのためにも、家族で支え合っていきたいと思います。
「……泣いてるんだ」
ぽつりと言った。
当然なのに。
想像しただけで苦しかった。
「私のせいで……」
またその言葉が出そうになる。
でも。
途中で飲み込んだ。
私のせいじゃない。
事故に遭いたくて遭ったわけじゃない。
分かっている。
それでも。
「会いたい……」
涙が落ちる。
「星……」
長女の名前が、自然と口から出た。
陽向が反応する。
「星?」
「……娘です」
「なんて読むの?」
「ひかり」
名前を口にしただけで。
小さかった頃の顔。
笑い声。
髪を結んだときのこと。
抱きついてきた感触。
全部が一気に蘇る。
「星に会いたい……」
それだけじゃない。
子どもたち全員に会いたい。
でも。
今、真っ先に浮かんだのは星だった。
女の子同士だから。
成長していく中で。
もっと話したかった。
もっと教えてあげたかった。
これから先。
恋をすることもあるかもしれない。
悩むこともある。
おしゃれだって。
仕事だって。
結婚だって。
いつか。
私に相談してくれる日があったかもしれない。
「私……」
喉が詰まる。
「星の大人になっていくところ、見たかった……」
陽向は何も言わなかった。
ただ、私が泣き止むまでそこにいてくれた。
しばらくして。
私は涙を拭う。
「……ごめんなさい」
陽向がじっと見る。
「また謝った」
「あ……」
「クセ?」
「……たぶん」
陽向が小さく息を吐いた。
「じゃあさ」
「?」
「俺の前では、とりあえずそれ減らしてみれば?」
意味が分からず見つめ返す。
「泣いたくらいで謝んなくていいから」
その一言で。
また泣きそうになる。
「ほら、また泣く」
陽向が困ったように笑った。
「すみま――」
「言ってるそばから!」
思わず。
ほんの少しだけ笑った。
自分でも驚いた。
子どもたちのことで胸が張り裂けそうなのに。
それでも。
笑えた。
陽向も少しだけ笑う。
「……そっちのほうがいいじゃん」
「え?」
「いや、なんでもない」
陽向は立ち上がる。
「とりあえず今日は休もう」
「でも……」
「子どもたちに会う方法は、退院してから考えよう」
「……」
「一人で行くの怖いなら」
陽向は少しだけ間を置いた。
「俺、付き合うから」
私は目を見開いた。
「え?」
「だから」
陽向が少し照れくさそうに頭を掻く。
「見に行きたいんでしょ?」
「でも、天城さん……」
トップアイドル。
そんな人が私なんかのために。
「迷惑――」
言いかけて止まる。
陽向がニヤッとする。
「今、迷惑って言おうとした?」
「……」
「ダメ」
「まだ何も言ってないです」
「顔に書いてあった」
そう言って笑う。
その笑顔は。
いつもテレビで見ていた陽向の笑顔だった。
なのに。
今は、私一人に向けられている。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
でも。
その瞬間。
また頭の奥がズキッと痛んだ。
「……っ」
「美月?」
視界が揺れる。
そして。
また知らない記憶が流れ込んできた。
夜の駅。
帽子を深く被った陽向。
隣には――紗良。
『陽向』
『ん?』
『もし私がいなくなったら、寂しい?』
陽向が笑う。
『何それ。いなくなんないじゃん』
『もしもの話』
『……そりゃ寂しいよ』
『そっか』
紗良が小さく笑う。
でも。
その胸の奥には。
言えなかった想いがあった。
――私が死んだら。
あなたは泣いてくれるのかな。
そこで記憶が途切れた。
私は息を呑む。
「……紗良さん」
「え?」
陽向がこちらを見る。
胸の奥に。
また、あの感情が残っている。
切なくて。
苦しくて。
どうしようもないほど強い。
陽向への想い。
私は自分の胸に手を当てた。
私には。
会いたくて仕方がない子どもたちがいる。
そして。
この身体には。
陽向を愛した一ノ瀬紗良の想いが残っている。
――私は、どうしてこの人の中にいるんだろう。
ただの偶然なの?
それとも。
私と紗良には。
まだ知らない何かがあるのだろうか。