目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~
第44話 五人の子どもたちと、もう一度
一番小さい子と。
会った日の夜。
私は。
なかなか。
眠れなかった。
でも。
前みたいに。
不安で。
眠れなかったわけじゃない。
何度も。
思い出していた。
小さな手。
『みづき』
と。
呼んでくれた声。
『こんど、ゲームしよ!』
と。
笑った顔。
ママとは。
呼ばれなかった。
私のことも。
覚えていなかった。
それでも。
もう一度。
会いたいと。
思ってくれた。
「……それでいい」
私は。
ベッドの中で。
小さく笑った。
すると。
スマートフォンが震えた。
夫からだった。
『今日のこと、みんなに話した』
「……」
私は。
身体を起こした。
続けて。
メッセージ。
『それで、子どもらから提案がある』
「提案?」
少し。
嫌な緊張。
でも。
その次の文章を見て。
私は。
息を止めた。
『今度、みんなで会ってみたいって』
「……え」
何度も。
読み返す。
みんなで。
ということは。
星も。
これまで。
一人ずつ会ってきた子どもたちも。
そして。
一番小さい子も。
五人。
全員。
「……みんな」
涙が。
じわっと。
滲んだ。
さらに。
『一番下は「みづきとゲームする」って言っとるだけやけど』
思わず。
笑ってしまう。
「うん」
それでいい。
ママに会う。
じゃなくてもいい。
私に。
会おうとしてくれている。
私は。
震える指で。
返事を打った。
『会いたい』
少し考えて。
もう一度。
『みんなに会いたい』
送信。
すると。
しばらくして。
夫から。
『分かった』
そして。
『今度の休み、家じゃない場所で会おう』
私は。
その文字を。
胸に抱くように。
スマートフォンを。
ぎゅっと握った。
「……五人に」
また。
会える。
私の。
子どもたち。
全員に。
◇◇◇
翌日。
陽向に。
その話をした。
「五人全員!?」
予想通り。
大きな声。
「うん」
「一気に?」
「うん」
「マジか……」
陽向が。
ソファに座りながら。
少し。
目を丸くしている。
「美月」
「何?」
「大丈夫?」
私は。
考える。
怖い。
緊張する。
嬉しい。
泣きそう。
全部。
ある。
だから。
「大丈夫じゃない」
と言った。
陽向が。
少し笑った。
「うん」
「でも」
私は。
胸に手を置く。
「すごく楽しみ」
「そっか」
「うん」
「全員が」
「ママって呼んでくれるわけじゃないし」
「うん」
「一番小さい子は」
少し笑う。
「まだ美月だし」
「ゲーム友達みたいな感じだし」
陽向が。
吹き出す。
「いいじゃん」
「うん」
「でもね」
「何?」
私は。
少し。
遠くを見る。
「前は」
「全員に」
「元の関係へ戻ってほしいって」
「思ってた」
「……」
「私がママだって」
「分かって」
「抱きついて」
「前みたいに」
「戻ってほしいって」
「うん」
「でも」
私は。
首を振る。
「戻るんじゃないんだね」
陽向が。
静かに。
私を見る。
「みんな」
「私がいない間にも」
「生きてた」
「……うん」
「大きくなって」
「考え方も変わって」
「私のことを」
「忘れた部分もある」
「うん」
「だから」
私は。
少し笑った。
「前の続きじゃなくて」
「今から」
「新しく」
「親子になっていけばいい」
陽向が。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
「美月」
「何?」
「なんか」
少し。
目を細める。
「すげえな」
「また?」
「うん」
「何が?」
「最初は」
「失ったもの」
「取り戻そうとしてたじゃん」
「……うん」
「でも今は」
陽向が。
私の手を。
握る。
「新しく作ろうとしてる」
胸が。
温かくなった。
「……そうかも」
「うん」
「いいと思う」
そして。
少し。
にやっとする。
「で?」
「何?」
「俺」
「?」
「いつ子ども全員に」
「美月の彼氏ですって」
「挨拶するの?」
「まだ早い!」
「えー!」
「星だけでも」
「情報量多すぎるって」
「言ってたでしょ!」
「でも俺」
「一応」
胸を張る。
「星ちゃんから」
「よろしくお願いしますって」
「言われてるから」
「それを免罪符みたいに使わないの」
「あははっ!」
私は。
笑いながら。
陽向の肩を。
軽く叩いた。
でも。
心のどこかで。
思った。
いつか。
そんな日も。
来るのかな。
子どもたち全員に。
陽向を。
紹介する日。
その未来を。
想像しても。
もう。
怖くなかった。
◇◇◇
約束の日。
待ち合わせ場所は。
人目を避けられる。
貸し切りの。
小さなレンタルスペースだった。
テーブル。
ソファ。
テレビ。
ゲーム機まである。
一番小さい子が。
ゲームをしたいと言っていたから。
夫が。
ここを選んだらしい。
私は。
一人。
先に。
部屋に入っていた。
「……」
時計を見る。
まだ。
十分前。
なのに。
心臓は。
もう。
うるさい。
五人。
全員。
一緒。
前の人生では。
当たり前だった。
『うるさい!』
『順番!』
『走らない!』
『ご飯できたよ!』
毎日。
何度も。
名前を呼んで。
何度も。
注意して。
笑って。
怒って。
疲れて。
でも。
今なら。
その騒がしさが。
どれほど。
愛しいものだったのか。
分かる。
コンコン。
ノック。
身体が。
固まった。
「……はい」
扉が。
開く。
最初に。
星。
私を見た瞬間。
「ママ!」
笑顔。
「星」
その後ろ。
長男。
そして。
これまで。
一人ずつ。
会ってきた子どもたち。
最後。
夫の手を。
軽く掴みながら。
一番小さい子。
「……みづき!」
その声に。
私は。
笑った。
「うん」
「美月だよ」
「ゲームある?」
第一声。
それ?
「あるよ」
「やった!」
一番小さい子が。
私の横を。
走り抜けそうになる。
反射的に。
「走らない!」
声が。
出た。
しん。
全員が。
私を見る。
「……」
私も。
固まる。
一番小さい子だけ。
不思議そうに。
私を見る。
「なんで?」
「転ぶから」
「転ばん」
「転んでからじゃ遅いの」
「……」
星が。
口元を。
押さえた。
長男も。
少し。
笑っている。
そして。
夫が。
小さく。
「……これや」
と。
呟いた。
「何?」
私が聞く。
夫が。
苦笑する。
「家の中」
「昔」
「ずっとこんなんやった」
「……」
一瞬。
胸が。
詰まった。
私も。
笑った。
「そうだったね」
◇◇◇
最初は。
少し。
ぎこちなかった。
星は。
普通に。
私の隣に座る。
長男も。
以前より。
自然に話してくれる。
抱っこで。
私を思い出してくれた子は。
近くまで来て。
何度も。
こちらを見る。
でも。
怒りを。
ぶつけてくれた子は。
少し離れた席。
まだ。
私を。
ママとは呼ばない。
そして。
一番小さい子は。
ほぼ。
ゲームに夢中。
五人。
全員。
違う。
でも。
それでいい。
「ママ」
星が。
袋を。
テーブルに置く。
「これ」
「何?」
「みんなで」
少し。
照れながら。
「持ってきた」
開ける。
中には。
一冊の。
アルバム。
「……」
手が。
止まった。
表紙。
『ママへ』
と。
書かれている。
「これ……」
星が。
少し笑う。
「ママがいなくなってからの」
「私たち」
胸が。
大きく鳴った。
「え?」
「ママ」
「見れてないでしょ?」
「……」
「だから」
長男が。
少し。
気恥ずかしそうに。
続ける。
「見せたろって」
私は。
ゆっくり。
アルバムを開いた。
学校。
行事。
誕生日。
遊びに行った日。
家で。
何気なく撮った写真。
一枚。
また。
一枚。
私の知らない。
子どもたちの時間。
「……大きくなった」
涙が。
ぽろっと。
落ちる。
星が。
笑う。
「そりゃね」
「でも」
ページをめくる。
「これ」
「そのとき?」
「ああ」
「これ」
「髪短くしたの?」
「うん」
「知らなかった」
当たり前。
私は。
いなかった。
その言葉が。
胸に。
刺さる。
でも。
次の瞬間。
長男が。
言った。
「だから」
「今」
「見せとる」
私は。
顔を上げた。
「……」
「知らんかった分」
少し。
目を逸らす。
「今から」
「知ればいいやん」
涙が。
また。
落ちた。
「うん」
私は。
何度も。
頷いた。
「知りたい」
「全部」
「教えて」
◇◇◇
「これ!」
抱っこで。
私を思い出してくれた子が。
一枚の写真を。
指差す。
「運動会」
「え?」
「一位になった」
「本当に!?」
思わず。
声が。
大きくなる。
「すごい!」
「うん」
嬉しそう。
「めちゃくちゃ速かった?」
「まあ」
「何その顔」
「余裕」
「嘘つけ」
夫が。
すぐに言う。
「前の日」
「緊張して寝れんかったやろ」
「パパ言わんといて!」
私は。
笑った。
「そうなの?」
「違う!」
「じゃあ」
私は。
少し。
意地悪く。
笑う。
「顔赤いのは?」
「……」
全員が。
笑う。
その笑い声。
一瞬。
昔の家に。
いるようだった。
◇◇◇
でも。
次のページ。
怒りを。
ぶつけてくれた子が。
急に。
「それ」
と。
言った。
私は。
指を止める。
写真。
表彰状を。
持っている。
「これ?」
「……うん」
「何の?」
少し。
沈黙。
「作文」
「作文?」
星が。
横から。
少し。
困ったような顔をする。
その子は。
何も。
言わない。
私は。
写真を見る。
表彰状。
そして。
手に持っている。
作文用紙。
タイトル。
小さく。
見える。
『お母さんへ』
胸が。
止まった。
「……」
その子が。
顔を逸らす。
「見んでいい」
「……うん」
私は。
すぐに。
アルバムを閉じようとする。
「え?」
子どもが。
驚いた顔。
「いいの?」
「うん」
「読みたくないん?」
「読みたい」
正直に。
答える。
「すごく」
「……」
「でも」
私は。
その子を見る。
「あなたが」
「まだ見せたくないなら」
「読まない」
「……」
しばらく。
その子は。
黙っていた。
「ほんま?」
「うん」
「勝手に」
「あとで見ん?」
「見ない」
「……」
「約束する」
その子が。
私を。
じっと見る。
そして。
少しして。
手を。
伸ばした。
「……これ」
バッグから。
折り畳んだ。
紙。
「え?」
「作文」
私は。
息を止めた。
「持ってきたの?」
「星が」
「持っていこって」
「星」
見ると。
星が。
少し。
気まずそうな顔。
「ごめん」
でも。
その子は。
首を振った。
「いい」
そして。
私を見る。
「……読んでも」
一度。
唇を噛む。
「いい」
手が。
震えた。
「本当に?」
「うん」
私は。
両手で。
受け取った。
◇◇◇
『お母さんへ』
最初の。
一行。
それだけで。
文字が。
滲んだ。
でも。
読む。
『ぼくのお母さんは、もういません。』
胸が。
ぎゅっと。
締めつけられる。
『事故で死にました。』
『みんなは、お母さんは空から見ていると言います。』
『でも、ぼくは空を見ても、お母さんがどこにいるか分かりません。』
涙が。
一滴。
紙に。
落ちそうになる。
慌てて。
拭う。
『学校で嫌なことがあったとき、言いたいと思いました。』
『できるようになったことがあったときも、見せたいと思いました。』
『でも、言えません。』
『だから、ぼくはお母さんが嫌いです。』
息が。
止まる。
あの日。
言われた。
嫌い。
大嫌い。
『勝手に死んだからです。』
『でも、本当は、会いたいです。』
もう。
涙を。
止められなかった。
『一回でいいから、もう一回会って、怒りたいです。』
『なんで死んだんって言いたいです。』
『それから』
字が。
少し。
乱れている。
『本当は、がんばったねって言ってほしいです。』
「……っ」
声が。
漏れた。
私は。
口を押さえる。
その子が。
俯いている。
「……ねえ」
私は。
涙を拭う。
「言ってもいい?」
「何」
「頑張ったね」
その子の。
肩が。
揺れた。
「……」
「ママが」
「見てない間も」
「いっぱい」
声が。
震える。
「頑張ったんだね」
顔を。
上げない。
でも。
拳が。
ぎゅっと。
握られている。
「作文も」
「学校も」
「寂しいのも」
「全部」
私は。
笑った。
「よく頑張ったね」
「……」
その子の目から。
涙が。
落ちた。
そして。
小さく。
「……遅い」
「うん」
「遅すぎ」
「うん」
「今さら」
「うん」
私は。
全部。
受け止める。
しばらくして。
小さな声。
「……でも」
「うん」
「聞きたかった」
胸が。
いっぱいになる。
「何回でも」
私は。
言った。
「言うよ」
「……」
「頑張ったね」
「……」
「本当に」
「よく頑張った」
その子は。
泣きながら。
今度は。
私から。
顔を逸らさなかった。
◇◇◇
「みづき!」
その空気を。
全部。
吹き飛ばしたのは。
一番小さい子だった。
「ゲーム!」
私は。
思わず。
笑った。
「今?」
「いま!」
「ちょっと待って」
「やだ!」
「順番!」
「いま!」
「もう」
私が。
立ち上がると。
星が。
笑う。
「ママ」
「何?」
「行ってあげたら?」
「でも」
「作文」
その子を見る。
すると。
本人が。
涙を拭いながら。
「行けば」
「……いいの?」
「うん」
そして。
ほんの少し。
口元を。
緩める。
「うるさいし」
「聞こえたよ」
一番小さい子が。
ゲーム機を。
持ってくる。
「みづき、ここ!」
「はいはい」
私は。
ソファへ。
移動する。
「何のゲーム?」
説明される。
でも。
全然。
分からない。
「待って」
「それどれ?」
「これ!」
「何で落ちたの!?」
「みづきへた!」
「初めてだから!」
「へた!」
「もう一回!」
「よわ!」
「うるさい!」
私が。
本気で。
ゲームをする。
後ろから。
笑い声。
星。
長男。
他の子どもたち。
夫まで。
笑っている。
「ママ」
星が。
言う。
「何?」
ゲームから。
目を離さずに。
答える。
「楽しそう」
「負けてるんだけど!」
「それでも」
私は。
一瞬。
手を止めた。
そして。
振り返る。
五人。
全員。
ここにいる。
私を見る。
笑っている子。
少し。
照れている子。
まだ。
完全には。
受け入れきれていない子。
そして。
私を。
美月と呼ぶ子。
全員。
違う距離。
それでも。
同じ場所。
胸が。
いっぱいになった。
「……うん」
私は。
笑った。
「楽しい」
本当に。
◇◇◇
少しして。
一番小さい子が。
ゲームに負けて。
「やだ!」
と。
コントローラーを。
投げそうになった。
「投げない!」
反射的に。
私は。
その手を。
止める。
「……」
一番小さい子が。
私を見る。
「だって!」
「悔しいのは分かる」
「でも」
「物に当たらない」
「……」
「もう一回やるなら」
「気持ち落ち着けてから」
「やる」
「……」
口を。
尖らせる。
「みづき」
「何?」
「こわい」
「え?」
「怒ると」
「こわい」
周りから。
笑い声。
「ちょっと!」
「いや」
長男が。
笑う。
「それもママ」
胸が。
止まった。
一番小さい子が。
長男を見る。
「これが?」
「うん」
星も。
笑う。
「ママ、怒るとこんな感じ」
「……」
一番小さい子が。
私を見る。
「ママ?」
私は。
動けなかった。
たった。
二文字。
でも。
それまで。
何度。
待っただろう。
「……」
一番小さい子が。
首を傾げる。
「みづきが」
「ママ?」
「……うん」
声が。
震える。
「そうだよ」
「ふーん」
あまりにも。
軽い。
そして。
次の瞬間。
「じゃあママ」
「……!」
「もう一回ゲーム!」
全員が。
固まった。
「……え?」
私だけ。
声が。
裏返る。
「ママ」
「今」
「ママって」
「言った?」
「うん」
「何で!?」
「だって」
一番小さい子が。
不思議そうな顔。
「みんな言っとる」
「……」
「それに」
私を。
指差す。
「ママなんやろ?」
涙が。
一気に。
溢れた。
「……うん」
「じゃあ」
コントローラーを。
差し出す。
「ママ」
「ゲーム」
「……」
私は。
泣きながら。
笑った。
「うん」
コントローラーを。
受け取る。
「やろう」
「なんで泣いとるん?」
「嬉しいから」
「また?」
「またです」
星が。
隣で。
泣いていた。
夫も。
顔を。
背けている。
長男が。
笑いながら。
「ママ」
と。
呼ぶ。
それに。
重なるように。
「ママ」
「ママ」
一人。
また一人。
そして。
少し。
離れていた子が。
最後。
小さく。
「……ママ」
息が。
止まった。
あの日。
嫌い。
大嫌い。
そう。
言った子。
私は。
何も言わず。
その子を見る。
「……何」
照れたように。
顔を逸らす。
「呼んだだけ」
「……うん」
私は。
泣きながら。
笑う。
「ありがとう」
「別に」
でも。
もう。
十分だった。
五人。
全員。
同じ声じゃない。
同じ気持ちでもない。
それでも。
今。
私を。
呼んでくれた。
「……ママ」
私は。
胸に。
手を当てた。
もう。
この言葉を。
失ったとは。
思わなかった。
◇◇◇
帰る時間。
子どもたちが。
順番に。
部屋を出ていく。
「またね」
「うん」
「次いつ?」
「予定合わせようね」
「ゲーム絶対!」
「分かったって」
星が。
最後。
私のところへ。
来る。
「ママ」
「何?」
ぎゅっと。
抱きしめられた。
私も。
抱きしめ返す。
「今日」
星が。
耳元で。
小さく言う。
「みんな」
「ちょっと戻ったね」
私は。
首を振った。
「違うよ」
「え?」
「戻ったんじゃない」
私は。
五人が。
歩いていく。
後ろ姿を見る。
「また」
「始まったんだと思う」
「……」
「今の私と」
「今のみんなで」
星が。
少し。
笑った。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
「?」
「これからだね」
胸が。
温かくなる。
「うん」
私は。
笑った。
「これから」
◇◇◇
その夜。
陽向に。
電話をした。
『もしもし』
「陽向」
『何?』
私は。
一度。
息を吸う。
でも。
笑いが。
止まらない。
「全員に」
『……うん』
涙が。
また。
少し。
出る。
「ママって」
『……』
「呼んでもらえた」
電話の向こう。
しばらく。
何も聞こえなかった。
「陽向?」
『ごめん』
鼻を。
すする音。
「……泣いてる?」
『泣いてない』
「泣いてるじゃん」
『美月が』
声が。
震える。
『ずっと会いたいって』
『言ってたから』
「……うん」
『よかったな』
「うん」
「本当に」
私は。
目を閉じる。
「よかった」
『美月』
「何?」
『今』
少し。
笑う声。
『幸せ?』
私は。
迷わなかった。
「うん」
でも。
それだけじゃ。
足りない。
「すごく」
「幸せ」
子どもたちに。
また会えた。
母親として。
もう一度。
始められた。
そして。
その幸せを。
一緒に喜んでくれる。
大切な人がいる。
「陽向」
『ん?』
「今度」
「うん」
私は。
少し。
緊張しながら。
でも。
笑って。
言った。
「子どもたちに」
『……』
「会ってほしい」
電話の向こう。
陽向が。
完全に。
黙った。
「陽向?」
『……五人全員?』
「うん」
『俺』
「うん」
『彼氏として?』
「うん」
長い。
沈黙。
そして。
『無理』
「ええ!?」
『緊張する!』
思わず。
笑った。
「トップアイドルでしょ!」
『関係ない!』
「何万人の前でライブできるのに?」
『美月の子ども五人の前のほうが無理!』
「なんで!」
『だって』
陽向が。
本気で。
困ったように言う。
『俺』
『審査される側じゃん!』
私は。
とうとう。
声を上げて。
笑った。
でも。
きっと。
次の一歩は。
そこ。
母親としての私。
恋人としての私。
今まで。
別々だった。
二つの人生を。
今度こそ。
同じ場所で。
繋ぐ。
そのために。
私は。
世界で一番大切な。
五人の子どもたちへ。
世界で一番大好きな人を。
紹介することにした。
会った日の夜。
私は。
なかなか。
眠れなかった。
でも。
前みたいに。
不安で。
眠れなかったわけじゃない。
何度も。
思い出していた。
小さな手。
『みづき』
と。
呼んでくれた声。
『こんど、ゲームしよ!』
と。
笑った顔。
ママとは。
呼ばれなかった。
私のことも。
覚えていなかった。
それでも。
もう一度。
会いたいと。
思ってくれた。
「……それでいい」
私は。
ベッドの中で。
小さく笑った。
すると。
スマートフォンが震えた。
夫からだった。
『今日のこと、みんなに話した』
「……」
私は。
身体を起こした。
続けて。
メッセージ。
『それで、子どもらから提案がある』
「提案?」
少し。
嫌な緊張。
でも。
その次の文章を見て。
私は。
息を止めた。
『今度、みんなで会ってみたいって』
「……え」
何度も。
読み返す。
みんなで。
ということは。
星も。
これまで。
一人ずつ会ってきた子どもたちも。
そして。
一番小さい子も。
五人。
全員。
「……みんな」
涙が。
じわっと。
滲んだ。
さらに。
『一番下は「みづきとゲームする」って言っとるだけやけど』
思わず。
笑ってしまう。
「うん」
それでいい。
ママに会う。
じゃなくてもいい。
私に。
会おうとしてくれている。
私は。
震える指で。
返事を打った。
『会いたい』
少し考えて。
もう一度。
『みんなに会いたい』
送信。
すると。
しばらくして。
夫から。
『分かった』
そして。
『今度の休み、家じゃない場所で会おう』
私は。
その文字を。
胸に抱くように。
スマートフォンを。
ぎゅっと握った。
「……五人に」
また。
会える。
私の。
子どもたち。
全員に。
◇◇◇
翌日。
陽向に。
その話をした。
「五人全員!?」
予想通り。
大きな声。
「うん」
「一気に?」
「うん」
「マジか……」
陽向が。
ソファに座りながら。
少し。
目を丸くしている。
「美月」
「何?」
「大丈夫?」
私は。
考える。
怖い。
緊張する。
嬉しい。
泣きそう。
全部。
ある。
だから。
「大丈夫じゃない」
と言った。
陽向が。
少し笑った。
「うん」
「でも」
私は。
胸に手を置く。
「すごく楽しみ」
「そっか」
「うん」
「全員が」
「ママって呼んでくれるわけじゃないし」
「うん」
「一番小さい子は」
少し笑う。
「まだ美月だし」
「ゲーム友達みたいな感じだし」
陽向が。
吹き出す。
「いいじゃん」
「うん」
「でもね」
「何?」
私は。
少し。
遠くを見る。
「前は」
「全員に」
「元の関係へ戻ってほしいって」
「思ってた」
「……」
「私がママだって」
「分かって」
「抱きついて」
「前みたいに」
「戻ってほしいって」
「うん」
「でも」
私は。
首を振る。
「戻るんじゃないんだね」
陽向が。
静かに。
私を見る。
「みんな」
「私がいない間にも」
「生きてた」
「……うん」
「大きくなって」
「考え方も変わって」
「私のことを」
「忘れた部分もある」
「うん」
「だから」
私は。
少し笑った。
「前の続きじゃなくて」
「今から」
「新しく」
「親子になっていけばいい」
陽向が。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
「美月」
「何?」
「なんか」
少し。
目を細める。
「すげえな」
「また?」
「うん」
「何が?」
「最初は」
「失ったもの」
「取り戻そうとしてたじゃん」
「……うん」
「でも今は」
陽向が。
私の手を。
握る。
「新しく作ろうとしてる」
胸が。
温かくなった。
「……そうかも」
「うん」
「いいと思う」
そして。
少し。
にやっとする。
「で?」
「何?」
「俺」
「?」
「いつ子ども全員に」
「美月の彼氏ですって」
「挨拶するの?」
「まだ早い!」
「えー!」
「星だけでも」
「情報量多すぎるって」
「言ってたでしょ!」
「でも俺」
「一応」
胸を張る。
「星ちゃんから」
「よろしくお願いしますって」
「言われてるから」
「それを免罪符みたいに使わないの」
「あははっ!」
私は。
笑いながら。
陽向の肩を。
軽く叩いた。
でも。
心のどこかで。
思った。
いつか。
そんな日も。
来るのかな。
子どもたち全員に。
陽向を。
紹介する日。
その未来を。
想像しても。
もう。
怖くなかった。
◇◇◇
約束の日。
待ち合わせ場所は。
人目を避けられる。
貸し切りの。
小さなレンタルスペースだった。
テーブル。
ソファ。
テレビ。
ゲーム機まである。
一番小さい子が。
ゲームをしたいと言っていたから。
夫が。
ここを選んだらしい。
私は。
一人。
先に。
部屋に入っていた。
「……」
時計を見る。
まだ。
十分前。
なのに。
心臓は。
もう。
うるさい。
五人。
全員。
一緒。
前の人生では。
当たり前だった。
『うるさい!』
『順番!』
『走らない!』
『ご飯できたよ!』
毎日。
何度も。
名前を呼んで。
何度も。
注意して。
笑って。
怒って。
疲れて。
でも。
今なら。
その騒がしさが。
どれほど。
愛しいものだったのか。
分かる。
コンコン。
ノック。
身体が。
固まった。
「……はい」
扉が。
開く。
最初に。
星。
私を見た瞬間。
「ママ!」
笑顔。
「星」
その後ろ。
長男。
そして。
これまで。
一人ずつ。
会ってきた子どもたち。
最後。
夫の手を。
軽く掴みながら。
一番小さい子。
「……みづき!」
その声に。
私は。
笑った。
「うん」
「美月だよ」
「ゲームある?」
第一声。
それ?
「あるよ」
「やった!」
一番小さい子が。
私の横を。
走り抜けそうになる。
反射的に。
「走らない!」
声が。
出た。
しん。
全員が。
私を見る。
「……」
私も。
固まる。
一番小さい子だけ。
不思議そうに。
私を見る。
「なんで?」
「転ぶから」
「転ばん」
「転んでからじゃ遅いの」
「……」
星が。
口元を。
押さえた。
長男も。
少し。
笑っている。
そして。
夫が。
小さく。
「……これや」
と。
呟いた。
「何?」
私が聞く。
夫が。
苦笑する。
「家の中」
「昔」
「ずっとこんなんやった」
「……」
一瞬。
胸が。
詰まった。
私も。
笑った。
「そうだったね」
◇◇◇
最初は。
少し。
ぎこちなかった。
星は。
普通に。
私の隣に座る。
長男も。
以前より。
自然に話してくれる。
抱っこで。
私を思い出してくれた子は。
近くまで来て。
何度も。
こちらを見る。
でも。
怒りを。
ぶつけてくれた子は。
少し離れた席。
まだ。
私を。
ママとは呼ばない。
そして。
一番小さい子は。
ほぼ。
ゲームに夢中。
五人。
全員。
違う。
でも。
それでいい。
「ママ」
星が。
袋を。
テーブルに置く。
「これ」
「何?」
「みんなで」
少し。
照れながら。
「持ってきた」
開ける。
中には。
一冊の。
アルバム。
「……」
手が。
止まった。
表紙。
『ママへ』
と。
書かれている。
「これ……」
星が。
少し笑う。
「ママがいなくなってからの」
「私たち」
胸が。
大きく鳴った。
「え?」
「ママ」
「見れてないでしょ?」
「……」
「だから」
長男が。
少し。
気恥ずかしそうに。
続ける。
「見せたろって」
私は。
ゆっくり。
アルバムを開いた。
学校。
行事。
誕生日。
遊びに行った日。
家で。
何気なく撮った写真。
一枚。
また。
一枚。
私の知らない。
子どもたちの時間。
「……大きくなった」
涙が。
ぽろっと。
落ちる。
星が。
笑う。
「そりゃね」
「でも」
ページをめくる。
「これ」
「そのとき?」
「ああ」
「これ」
「髪短くしたの?」
「うん」
「知らなかった」
当たり前。
私は。
いなかった。
その言葉が。
胸に。
刺さる。
でも。
次の瞬間。
長男が。
言った。
「だから」
「今」
「見せとる」
私は。
顔を上げた。
「……」
「知らんかった分」
少し。
目を逸らす。
「今から」
「知ればいいやん」
涙が。
また。
落ちた。
「うん」
私は。
何度も。
頷いた。
「知りたい」
「全部」
「教えて」
◇◇◇
「これ!」
抱っこで。
私を思い出してくれた子が。
一枚の写真を。
指差す。
「運動会」
「え?」
「一位になった」
「本当に!?」
思わず。
声が。
大きくなる。
「すごい!」
「うん」
嬉しそう。
「めちゃくちゃ速かった?」
「まあ」
「何その顔」
「余裕」
「嘘つけ」
夫が。
すぐに言う。
「前の日」
「緊張して寝れんかったやろ」
「パパ言わんといて!」
私は。
笑った。
「そうなの?」
「違う!」
「じゃあ」
私は。
少し。
意地悪く。
笑う。
「顔赤いのは?」
「……」
全員が。
笑う。
その笑い声。
一瞬。
昔の家に。
いるようだった。
◇◇◇
でも。
次のページ。
怒りを。
ぶつけてくれた子が。
急に。
「それ」
と。
言った。
私は。
指を止める。
写真。
表彰状を。
持っている。
「これ?」
「……うん」
「何の?」
少し。
沈黙。
「作文」
「作文?」
星が。
横から。
少し。
困ったような顔をする。
その子は。
何も。
言わない。
私は。
写真を見る。
表彰状。
そして。
手に持っている。
作文用紙。
タイトル。
小さく。
見える。
『お母さんへ』
胸が。
止まった。
「……」
その子が。
顔を逸らす。
「見んでいい」
「……うん」
私は。
すぐに。
アルバムを閉じようとする。
「え?」
子どもが。
驚いた顔。
「いいの?」
「うん」
「読みたくないん?」
「読みたい」
正直に。
答える。
「すごく」
「……」
「でも」
私は。
その子を見る。
「あなたが」
「まだ見せたくないなら」
「読まない」
「……」
しばらく。
その子は。
黙っていた。
「ほんま?」
「うん」
「勝手に」
「あとで見ん?」
「見ない」
「……」
「約束する」
その子が。
私を。
じっと見る。
そして。
少しして。
手を。
伸ばした。
「……これ」
バッグから。
折り畳んだ。
紙。
「え?」
「作文」
私は。
息を止めた。
「持ってきたの?」
「星が」
「持っていこって」
「星」
見ると。
星が。
少し。
気まずそうな顔。
「ごめん」
でも。
その子は。
首を振った。
「いい」
そして。
私を見る。
「……読んでも」
一度。
唇を噛む。
「いい」
手が。
震えた。
「本当に?」
「うん」
私は。
両手で。
受け取った。
◇◇◇
『お母さんへ』
最初の。
一行。
それだけで。
文字が。
滲んだ。
でも。
読む。
『ぼくのお母さんは、もういません。』
胸が。
ぎゅっと。
締めつけられる。
『事故で死にました。』
『みんなは、お母さんは空から見ていると言います。』
『でも、ぼくは空を見ても、お母さんがどこにいるか分かりません。』
涙が。
一滴。
紙に。
落ちそうになる。
慌てて。
拭う。
『学校で嫌なことがあったとき、言いたいと思いました。』
『できるようになったことがあったときも、見せたいと思いました。』
『でも、言えません。』
『だから、ぼくはお母さんが嫌いです。』
息が。
止まる。
あの日。
言われた。
嫌い。
大嫌い。
『勝手に死んだからです。』
『でも、本当は、会いたいです。』
もう。
涙を。
止められなかった。
『一回でいいから、もう一回会って、怒りたいです。』
『なんで死んだんって言いたいです。』
『それから』
字が。
少し。
乱れている。
『本当は、がんばったねって言ってほしいです。』
「……っ」
声が。
漏れた。
私は。
口を押さえる。
その子が。
俯いている。
「……ねえ」
私は。
涙を拭う。
「言ってもいい?」
「何」
「頑張ったね」
その子の。
肩が。
揺れた。
「……」
「ママが」
「見てない間も」
「いっぱい」
声が。
震える。
「頑張ったんだね」
顔を。
上げない。
でも。
拳が。
ぎゅっと。
握られている。
「作文も」
「学校も」
「寂しいのも」
「全部」
私は。
笑った。
「よく頑張ったね」
「……」
その子の目から。
涙が。
落ちた。
そして。
小さく。
「……遅い」
「うん」
「遅すぎ」
「うん」
「今さら」
「うん」
私は。
全部。
受け止める。
しばらくして。
小さな声。
「……でも」
「うん」
「聞きたかった」
胸が。
いっぱいになる。
「何回でも」
私は。
言った。
「言うよ」
「……」
「頑張ったね」
「……」
「本当に」
「よく頑張った」
その子は。
泣きながら。
今度は。
私から。
顔を逸らさなかった。
◇◇◇
「みづき!」
その空気を。
全部。
吹き飛ばしたのは。
一番小さい子だった。
「ゲーム!」
私は。
思わず。
笑った。
「今?」
「いま!」
「ちょっと待って」
「やだ!」
「順番!」
「いま!」
「もう」
私が。
立ち上がると。
星が。
笑う。
「ママ」
「何?」
「行ってあげたら?」
「でも」
「作文」
その子を見る。
すると。
本人が。
涙を拭いながら。
「行けば」
「……いいの?」
「うん」
そして。
ほんの少し。
口元を。
緩める。
「うるさいし」
「聞こえたよ」
一番小さい子が。
ゲーム機を。
持ってくる。
「みづき、ここ!」
「はいはい」
私は。
ソファへ。
移動する。
「何のゲーム?」
説明される。
でも。
全然。
分からない。
「待って」
「それどれ?」
「これ!」
「何で落ちたの!?」
「みづきへた!」
「初めてだから!」
「へた!」
「もう一回!」
「よわ!」
「うるさい!」
私が。
本気で。
ゲームをする。
後ろから。
笑い声。
星。
長男。
他の子どもたち。
夫まで。
笑っている。
「ママ」
星が。
言う。
「何?」
ゲームから。
目を離さずに。
答える。
「楽しそう」
「負けてるんだけど!」
「それでも」
私は。
一瞬。
手を止めた。
そして。
振り返る。
五人。
全員。
ここにいる。
私を見る。
笑っている子。
少し。
照れている子。
まだ。
完全には。
受け入れきれていない子。
そして。
私を。
美月と呼ぶ子。
全員。
違う距離。
それでも。
同じ場所。
胸が。
いっぱいになった。
「……うん」
私は。
笑った。
「楽しい」
本当に。
◇◇◇
少しして。
一番小さい子が。
ゲームに負けて。
「やだ!」
と。
コントローラーを。
投げそうになった。
「投げない!」
反射的に。
私は。
その手を。
止める。
「……」
一番小さい子が。
私を見る。
「だって!」
「悔しいのは分かる」
「でも」
「物に当たらない」
「……」
「もう一回やるなら」
「気持ち落ち着けてから」
「やる」
「……」
口を。
尖らせる。
「みづき」
「何?」
「こわい」
「え?」
「怒ると」
「こわい」
周りから。
笑い声。
「ちょっと!」
「いや」
長男が。
笑う。
「それもママ」
胸が。
止まった。
一番小さい子が。
長男を見る。
「これが?」
「うん」
星も。
笑う。
「ママ、怒るとこんな感じ」
「……」
一番小さい子が。
私を見る。
「ママ?」
私は。
動けなかった。
たった。
二文字。
でも。
それまで。
何度。
待っただろう。
「……」
一番小さい子が。
首を傾げる。
「みづきが」
「ママ?」
「……うん」
声が。
震える。
「そうだよ」
「ふーん」
あまりにも。
軽い。
そして。
次の瞬間。
「じゃあママ」
「……!」
「もう一回ゲーム!」
全員が。
固まった。
「……え?」
私だけ。
声が。
裏返る。
「ママ」
「今」
「ママって」
「言った?」
「うん」
「何で!?」
「だって」
一番小さい子が。
不思議そうな顔。
「みんな言っとる」
「……」
「それに」
私を。
指差す。
「ママなんやろ?」
涙が。
一気に。
溢れた。
「……うん」
「じゃあ」
コントローラーを。
差し出す。
「ママ」
「ゲーム」
「……」
私は。
泣きながら。
笑った。
「うん」
コントローラーを。
受け取る。
「やろう」
「なんで泣いとるん?」
「嬉しいから」
「また?」
「またです」
星が。
隣で。
泣いていた。
夫も。
顔を。
背けている。
長男が。
笑いながら。
「ママ」
と。
呼ぶ。
それに。
重なるように。
「ママ」
「ママ」
一人。
また一人。
そして。
少し。
離れていた子が。
最後。
小さく。
「……ママ」
息が。
止まった。
あの日。
嫌い。
大嫌い。
そう。
言った子。
私は。
何も言わず。
その子を見る。
「……何」
照れたように。
顔を逸らす。
「呼んだだけ」
「……うん」
私は。
泣きながら。
笑う。
「ありがとう」
「別に」
でも。
もう。
十分だった。
五人。
全員。
同じ声じゃない。
同じ気持ちでもない。
それでも。
今。
私を。
呼んでくれた。
「……ママ」
私は。
胸に。
手を当てた。
もう。
この言葉を。
失ったとは。
思わなかった。
◇◇◇
帰る時間。
子どもたちが。
順番に。
部屋を出ていく。
「またね」
「うん」
「次いつ?」
「予定合わせようね」
「ゲーム絶対!」
「分かったって」
星が。
最後。
私のところへ。
来る。
「ママ」
「何?」
ぎゅっと。
抱きしめられた。
私も。
抱きしめ返す。
「今日」
星が。
耳元で。
小さく言う。
「みんな」
「ちょっと戻ったね」
私は。
首を振った。
「違うよ」
「え?」
「戻ったんじゃない」
私は。
五人が。
歩いていく。
後ろ姿を見る。
「また」
「始まったんだと思う」
「……」
「今の私と」
「今のみんなで」
星が。
少し。
笑った。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
「?」
「これからだね」
胸が。
温かくなる。
「うん」
私は。
笑った。
「これから」
◇◇◇
その夜。
陽向に。
電話をした。
『もしもし』
「陽向」
『何?』
私は。
一度。
息を吸う。
でも。
笑いが。
止まらない。
「全員に」
『……うん』
涙が。
また。
少し。
出る。
「ママって」
『……』
「呼んでもらえた」
電話の向こう。
しばらく。
何も聞こえなかった。
「陽向?」
『ごめん』
鼻を。
すする音。
「……泣いてる?」
『泣いてない』
「泣いてるじゃん」
『美月が』
声が。
震える。
『ずっと会いたいって』
『言ってたから』
「……うん」
『よかったな』
「うん」
「本当に」
私は。
目を閉じる。
「よかった」
『美月』
「何?」
『今』
少し。
笑う声。
『幸せ?』
私は。
迷わなかった。
「うん」
でも。
それだけじゃ。
足りない。
「すごく」
「幸せ」
子どもたちに。
また会えた。
母親として。
もう一度。
始められた。
そして。
その幸せを。
一緒に喜んでくれる。
大切な人がいる。
「陽向」
『ん?』
「今度」
「うん」
私は。
少し。
緊張しながら。
でも。
笑って。
言った。
「子どもたちに」
『……』
「会ってほしい」
電話の向こう。
陽向が。
完全に。
黙った。
「陽向?」
『……五人全員?』
「うん」
『俺』
「うん」
『彼氏として?』
「うん」
長い。
沈黙。
そして。
『無理』
「ええ!?」
『緊張する!』
思わず。
笑った。
「トップアイドルでしょ!」
『関係ない!』
「何万人の前でライブできるのに?」
『美月の子ども五人の前のほうが無理!』
「なんで!」
『だって』
陽向が。
本気で。
困ったように言う。
『俺』
『審査される側じゃん!』
私は。
とうとう。
声を上げて。
笑った。
でも。
きっと。
次の一歩は。
そこ。
母親としての私。
恋人としての私。
今まで。
別々だった。
二つの人生を。
今度こそ。
同じ場所で。
繋ぐ。
そのために。
私は。
世界で一番大切な。
五人の子どもたちへ。
世界で一番大好きな人を。
紹介することにした。