目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

第50話 高瀬美月さん、俺と結婚してください

約束の。

水曜日。

朝から。

私は。

落ち着かなかった。

『その日、俺に少し時間ちょうだい』

陽向から。

送られてきた。

あのメッセージ。

ただの。

デート。

そう。

言っていたけれど。

絶対。

何かある。

最近。

陽向と星が。

何か。

隠している。

左手を。

見られる。

好きな花を。

聞かれる。

夜景と海。

どちらが好きか。

聞かれる。

そして。

今日。

「……まさかね」

楽屋の鏡を。

見ながら。

私は。

首を振った。

期待して。

違ったら。

恥ずかしい。

そもそも。

この前。

結婚について。

話したばかり。

『もし結婚するなら』

そんな。

仮定の話。

陽向だって。

『今のはプロポーズじゃない!』

って。

あんなに。

慌てていた。

「……うん」

今日は。

普通のデート。

そう。

思おう。

「紗良さん」

スタッフから。

声をかけられる。

「次、お願いします」

「はい!」

私は。

立ち上がった。

なのに。

頭の片隅では。

ずっと。

陽向のことを。

考えていた。

◇◇◇

仕事が。

終わったのは。

十九時すぎ。

予定より。

少しだけ。

遅くなった。

スマートフォンを見る。

陽向。

『下いる』

「……また?」

駐車場へ。

急ぐ。

車を見つける。

助手席へ。

乗る。

「ごめん!」

「全然」

陽向が。

笑う。

「お疲れ」

「お疲れ」

シートベルトを。

締める。

そして。

私は。

陽向を見る。

「……何?」

「いや」

「何?」

「今日」

いつもより。

少し。

きちんとした服。

でも。

派手じゃない。

私が。

好きな感じ。

「陽向」

「何?」

「緊張してる?」

陽向の肩が。

ぴくっと。

動いた。

「してない」

「嘘」

「してない」

「声」

「普通」

「手」

「……」

ハンドルを。

強く握っている。

「汗かいてる」

「暑いから!」

「今日そんな暑くないよ」

「美月!」

「何?」

「今日は」

赤信号。

陽向が。

私を見る。

「何も聞かないで」

「……」

その顔。

本気で。

緊張している。

私は。

少し笑った。

「分かった」

「……え?」

「聞かない」

「いいの?」

「うん」

私は。

シートに。

身体を預ける。

「陽向が」

「話したくなったときに」

「話して」

一瞬。

陽向の目が。

柔らかくなる。

「……うん」

「ありがと」

◇◇◇

車が。

着いた場所。

私は。

見覚えのある建物を見て。

目を丸くした。

「ここ……」

「覚えてる?」

「覚えてるよ」

私たちが。

初めて。

二人で。

カラオケに来た場所。

まだ。

付き合っていなかった頃。

私は。

陽向を。

『最推し』

としてしか。

見られなくて。

それでも。

少しずつ。

ただの。

天城陽向を。

知り始めた。

そして。

陽向も。

高瀬美月の。

好きなものを。

一つずつ。

知ろうとしてくれた。

「どうしてここ?」

「行こ」

陽向が。

笑う。

でも。

答えない。

「怪しい」

「いいから」

個室へ。

入る。

あの日と。

同じような。

小さな部屋。

ソファ。

モニター。

マイク。

テーブル。

派手な。

飾り付けは。

何もない。

「……普通だ」

思わず。

呟く。

陽向が。

振り返る。

「何期待してたの?」

「何も!」

「今」

「絶対何か期待してた」

「してない!」

「ふーん」

少し。

笑った。

でも。

何故だろう。

ここへ来ただけで。

昔の気持ちが。

蘇ってくる。

あの日。

マイクを。

握る手が。

震えた。

推しの前で。

歌うなんて。

無理。

そう。

思っていた。

なのに。

最後には。

楽しくて。

もっと。

歌いたくなっていた。

あの頃の私は。

まだ。

自分が。

幸せになることに。

慣れていなかった。

◇◇◇

「歌う?」

陽向が。

マイクを。

差し出す。

「今から?」

「カラオケ来たんだから」

「それはそうだけど」

私は。

受け取る。

「陽向から」

「え?」

「私」

「この前」

「いっぱい歌った」

「じゃあ」

「今日は陽向」

「俺?」

「うん」

「何歌う?」

「何でもいいよ」

陽向が。

少し。

考える。

そして。

曲を。

入れた。

聞き覚えのある。

ASTERの。

バラード。

私が。

昔から。

好きだった曲。

「……これ」

「美月」

「好きでしょ」

「うん」

「知ってた?」

「ファン歴」

少し。

得意そうに。

笑う。

「なめんな」

「私のほうが」

「陽向ファン歴長いけど」

「それはそう」

イントロ。

陽向が。

歌い始める。

いつも。

テレビで。

ステージで。

聴いていた声。

でも。

今。

目の前。

私一人のために。

歌っている。

それだけで。

胸が。

苦しいくらい。

満たされる。

歌詞は。

大切な人と。

未来を。

歩きたい。

そんな。

ラブソング。

「……」

まさか。

いや。

まだ。

決めつけちゃ。

ダメ。

でも。

心臓が。

どんどん。

速くなる。

曲が。

終わる。

私は。

拍手した。

「やっぱり」

「上手い」

「そりゃ」

陽向が。

得意そうに。

笑う。

「プロなんで」

「ふふっ」

「でも」

陽向が。

マイクを。

置く。

「今日」

「歌いたかったの」

「美月に」

「だけ」

「……」

胸が。

鳴った。

◇◇◇

「美月」

「うん」

陽向が。

私の隣へ。

座る。

近い。

でも。

いつもなら。

すぐ。

手を。

握ってくるのに。

今日は。

膝の上。

自分の手を。

何度も。

組み直している。

「ねえ」

「何?」

「本当に」

私は。

笑いそうになる。

「緊張してるでしょ」

「……してる」

とうとう。

認めた。

「めちゃくちゃ」

「ライブより?」

「比べものにならない」

「そんなに?」

「うん」

陽向が。

大きく。

息を吸った。

そして。

私を見る。

「美月」

「うん」

「俺さ」

少し。

笑う。

「最初」

「お前のこと」

「紗良だと思ってた」

胸が。

静かに。

揺れる。

「うん」

「病院で」

「目覚ましたとき」

「紗良が戻ってきたって」

「思った」

「うん」

「でも」

陽向の目が。

少し。

寂しくなる。

「違った」

「……」

「俺」

「それ」

「受け入れられなくて」

「美月のこと」

「傷つけた」

あの日。

『紗良を返してくれ』

言われた。

今でも。

覚えている。

でも。

今は。

もう。

痛いだけの。

記憶じゃない。

「うん」

「ごめん」

「陽向」

「何?」

「もう」

私は。

少し笑う。

「謝らなくていいよ」

「……」

「今」

「ちゃんと」

「私を見てくれてるから」

陽向の目が。

少し。

潤む。

「うん」

「見てる」

「……」

「美月を」

まっすぐ。

言われる。

胸が。

熱くなる。

「それから」

陽向は。

続けた。

「美月のこと」

「知った」

「ラーメン好きで」

「うん」

「ブラックコーヒーで」

「うん」

「チーズケーキ好き」

「うん」

「ピンク好き」

「うん」

「歌うの好き」

「うん」

「子ども五人」

「めちゃくちゃ大事」

涙が。

滲んだ。

「うん」

「自分のこと」

「すぐ後回しにする」

「……」

「でも」

陽向が。

笑う。

「最近は」

「やりたいって」

「言えるようになった」

「うん」

「怖いって」

「言える」

「うん」

「疲れたって」

「言える」

「うん」

「俺のことも」

少し。

照れる。

「好きって」

「ちゃんと」

「言ってくれる」

「……うん」

「俺」

陽向が。

ゆっくり。

言う。

「その全部が」

「好き」

涙が。

頬を。

流れた。

◇◇◇

「美月」

「うん」

陽向は。

少し。

震える手で。

ポケットへ。

手を入れた。

その瞬間。

息が。

止まる。

まさか。

小さな。

箱。

それを。

見た瞬間。

頭が。

真っ白になった。

「……陽向」

「まだ」

陽向も。

もう。

泣きそう。

「まだ言わないで」

「……」

「俺」

「ちゃんと言いたい」

私は。

口元を。

両手で。

覆った。

陽向が。

ソファから。

立ち上がる。

そして。

私の前へ。

片膝を。

ついた。

「……っ」

本当に。

本当に。

プロポーズ。

だった。

「陽向……」

「美月」

陽向が。

箱を。

開く。

中には。

上品な。

細いリング。

中央の石が。

部屋の光を受けて。

小さく。

輝いている。

派手じゃない。

でも。

すごく。

綺麗。

私が。

好きそうな。

指輪。

「これ」

陽向が。

少し笑う。

「星ちゃんに」

「相談した」

「……やっぱり!」

涙の中で。

思わず。

声が出る。

陽向が。

吹き出しそうになった。

「今そこ!?」

「だって!」

「あとで!」

「はい」

また。

涙が。

溢れる。

陽向が。

一度。

深呼吸。

そして。

今度こそ。

真っ直ぐ。

私を見る。

「俺が」

「一緒に生きたいのは」

「一ノ瀬紗良じゃない」

「……」

「紗良の人生を」

「否定したいわけでもない」

「うん」

「紗良がいたから」

「今」

「美月がここにいる」

「……うん」

「だから」

「それも」

「全部」

「大事にしたい」

涙が。

止まらない。

「でも」

陽向の声が。

少し。

震える。

「俺が」

「好きになったのは」

「高瀬美月」

「……」

「五人の子どもの」

「ママで」

「……」

「一回目の人生も」

「ちゃんと大切で」

「……」

「今」

「女優として」

「自分の人生も」

「生きようとしてる」

「……」

「美月」

陽向の目にも。

涙。

「俺」

「美月に」

「何かを」

「捨ててほしくない」

「……」

「子どもたちも」

「仕事も」

「過去も」

「全部」

「大事にしたまま」

声が。

少し。

掠れる。

「俺を」

「その中に」

「入れてほしい」

「……っ」

胸が。

いっぱいで。

呼吸が。

うまくできない。

「俺」

「美月の」

「一番になりたいとか」

「そういうことじゃなくて」

「……」

「美月の人生に」

「ずっと」

「いたい」

その言葉。

私が。

欲しかったもの。

誰かのために。

自分を。

消す愛じゃない。

何かと。

交換する愛でもない。

私の人生に。

一緒に。

いてくれる人。

「だから」

陽向が。

箱を。

少し。

私へ。

差し出した。

そして。

はっきり。

私の名前を。

呼ぶ。

「高瀬美月さん」

涙が。

ぼろぼろ。

落ちる。

「俺と」

少し。

笑う。

でも。

声は。

震えている。

「結婚してください」

◇◇◇

言われた。

本当に。

高瀬美月に。

言ってくれた。

一ノ瀬紗良さん。

じゃない。

戸籍の。

名前でもない。

私。

高瀬美月。

妻だった。

母だった。

自分を。

後回しにして。

誰かのために。

生きることが。

当たり前に。

なっていた。

私。

そして。

事故で。

一度。

人生を。

終えた。

私。

二度目の人生で。

最推しの。

腕の中。

目を覚ました。

あの日。

こんな未来。

想像できなかった。

「……美月?」

陽向が。

不安そうに。

私を見る。

「あの」

「返事」

「待って」

「はい!」

思わず。

笑ってしまう。

泣きながら。

笑う。

私は。

胸に。

手を当てた。

考える。

結婚。

怖くない。

と言ったら。

嘘になる。

一度。

経験したから。

家族になることが。

簡単じゃないって。

知っている。

恋人のときとは。

違う。

生活。

責任。

仕事。

子どもたち。

陽向の。

アイドルとしての人生。

私の。

女優としての人生。

きっと。

問題は。

いっぱい。

ある。

でも。

昔の私は。

問題があるから。

やめようとした。

誰かに。

迷惑がかかるから。

諦めようとした。

今は。

違う。

問題があるなら。

一緒に。

考えたい。

「陽向」

「うん」

「私」

一度。

息を吸う。

「結婚」

「怖いところもある」

陽向が。

頷く。

「うん」

「一回したから」

「うん」

「幸せなことだけじゃないって」

「知ってる」

「うん」

「子どもたちのことも」

「仕事も」

「陽向の仕事も」

「うん」

「きっと」

「大変なこと」

「いっぱいある」

「うん」

陽向は。

一度も。

大丈夫だよ。

とは。

言わなかった。

ただ。

聞いてくれる。

だから。

私は。

言える。

「でも」

陽向を見る。

「大変だから」

「やめたいとは」

「思わない」

陽向の目が。

揺れる。

「何かあったら」

「二人で」

「考えたい」

「……うん」

「私」

涙を。

拭う。

でも。

また。

すぐに。

出てくる。

「陽向と」

「これからも」

「生きたい」

「……」

「だから」

私は。

笑った。

「はい」

陽向が。

固まる。

「……え?」

「はい」

もう一度。

言う。

「結婚」

「してください」

数秒。

陽向。

完全に。

止まっている。

「……マジ?」

「マジ」

「本当に?」

「うん」

「後悔しない?」

「今聞く?」

「だって!」

陽向の目から。

涙が。

落ちた。

「うそ」

私が。

驚く。

「陽向」

「泣いてる」

「泣いてない!」

「泣いてる!」

「美月が!」

声が。

崩れる。

「美月が」

「はいって……」

「言ったから……」

「うん」

陽向が。

立ち上がって。

私を。

ぎゅっと。

抱きしめた。

「うわ」

「美月!」

「苦しい!」

「ごめん!」

でも。

離れない。

私も。

背中へ。

腕を。

回した。

「……陽向」

「うん」

「ありがとう」

「俺が」

陽向が。

少し。

笑う。

「ありがとう」

◇◇◇

少し。

落ち着いて。

陽向が。

また。

指輪の箱を。

持つ。

「……つけてもいい?」

「うん」

私は。

左手を。

差し出した。

陽向の。

手。

まだ。

少し。

震えている。

「サイズ」

「合わなかったら」

「後で直せるから」

「そこ現実的」

「星ちゃんが」

「サイズ分かんなかったから!」

「やっぱり星と」

「買いに行ったの?」

「……はい」

「いつ?」

「言わない」

「何で?」

「恥ずいから」

「ふふっ」

リングが。

薬指に。

通される。

少しだけ。

大きい。

でも。

ちゃんと。

そこに。

ある。

私は。

左手を。

光へ。

かざした。

「……綺麗」

「似合う?」

陽向が。

ものすごく。

不安そう。

「うん」

私は。

笑った。

「すごく好き」

陽向の顔が。

ぱっと。

明るくなる。

「よかった!」

「星が選んだ?」

「一緒に」

「……そっか」

胸が。

また。

いっぱいになる。

「星ちゃんが」

陽向が。

言う。

「派手なのより」

「美月っぽいって」

「……」

「一見」

「そんなに目立とうとしないけど」

「ちゃんと見ると」

「すごく綺麗って」

涙が。

また。

滲んだ。

「……星」

「いいこと言うよな」

「うん」

◇◇◇

「でも」

私は。

陽向を見る。

「星には」

「もう」

「返事したって」

「伝えるの?」

「いや」

陽向が。

にやっと。

笑う。

「美月から」

「言って」

「え?」

「そのほうが」

「絶対喜ぶ」

「……」

私は。

スマートフォンを。

取り出した。

星との。

トーク画面。

でも。

少し。

止まる。

「どうした?」

「なんて」

「言おう」

「そのままでいいじゃん」

「そのままって?」

「プロポーズされたって」

「無理!」

「何で!」

「恥ずかしい!」

陽向が。

笑う。

結局。

私は。

左手の。

指輪の写真だけ。

撮った。

そして。

星へ。

送る。

文章。

『ありがとう』

それだけ。

数秒後。

既読。

そして。

電話。

「早!」

出る。

「もしもし」

『ママぁぁぁぁ!!』

スマートフォンを。

耳から。

離す。

「声大きい!」

『言ったの!?』

「何が?」

『陽向くん!』

「……うん」

『で!?』

「……」

『返事!』

「はいって」

言った瞬間。

『きゃあああああ!』

また。

大声。

「星!」

陽向が。

横で。

大笑いしている。

『おめでとう!』

「……ありがとう」

『ママ』

星の声が。

少し。

震える。

『幸せ?』

その質問。

何度目だろう。

でも。

今日は。

答えが。

いつも以上に。

はっきりしていた。

「うん」

私は。

陽向を見る。

陽向も。

私を。

見ている。

「幸せ」

『そっか』

星が。

小さく。

笑った。

『よかった』

◇◇◇

電話を。

切ったあと。

私は。

指輪を。

見つめた。

「陽向」

「何?」

「これ」

「今は」

「外では」

「つけられないよね」

「……うん」

熱愛報道。

まだ。

完全には。

落ち着いていない。

陽向は。

トップアイドル。

私も。

人気女優。

いきなり。

左手の薬指に。

指輪。

それだけで。

また。

ニュースになる。

「ごめん」

陽向が。

言った。

私は。

首を振る。

「謝らないで」

「でも」

「今」

私は。

リングに。

触れる。

「つけられないことと」

「嬉しくないことは」

「別」

「……」

「仕事のときは」

「外す」

「うん」

「でも」

少し。

笑う。

「家では」

「つける」

陽向の。

目が。

嬉しそうに。

細くなる。

「うん」

「それでいい」

「それに」

私は。

陽向の手を。

握る。

「公表するかどうかも」

「いつ結婚するかも」

「まだ」

「決めること」

「いっぱいある」

「うん」

「一緒に」

「決めよう」

陽向が。

笑った。

「うん」

「一人で」

「決めない」

「うん」

「約束」

指切り。

でも。

陽向は。

私の手を。

そのまま。

握った。

「指切りより」

「こっち」

「何それ」

「婚約者なんで」

「……」

婚約者。

その言葉。

破壊力。

すごい。

「美月?」

「何?」

「顔赤い」

「うるさい」

陽向が。

嬉しそうに。

笑う。

◇◇◇

帰り。

陽向が。

私を。

送ってくれた。

車を。

降りる前。

「美月」

「ん?」

「今日」

「忘れない?」

「忘れるわけないでしょ」

「そっか」

「うん」

少し。

笑う。

「最推しに」

「プロポーズされた日」

陽向が。

口を尖らせる。

「また最推し」

「じゃあ」

私は。

少し考える。

「大好きな人に」

「プロポーズされた日」

陽向が。

一瞬で。

嬉しそうになる。

「それ」

「採用」

「単純」

「美月相手だけ」

「知ってる」

そして。

私は。

車を降りる。

でも。

ドアを。

閉める前。

振り返った。

「陽向」

「何?」

「私も」

「……」

「陽向に」

「プロポーズされて」

「よかった」

陽向が。

固まる。

「……」

「じゃあ」

「おやすみ」

「待って!」

「何?」

「今の」

「もう一回!」

「言わない」

「美月!」

笑いながら。

ドアを閉めた。

◇◇◇

部屋に。

戻って。

私は。

鏡の前に。

立った。

左手。

薬指。

小さく。

輝くリング。

鏡の中には。

一ノ瀬紗良の。

顔。

でも。

私は。

その姿へ。

迷わず。

笑いかける。

「高瀬美月」

自分の名前を。

呼ぶ。

「三十四歳」

「五人の子どものママ」

「女優」

そして。

少し。

恥ずかしい。

でも。

言ってみる。

「天城陽向の」

一度。

息を吸う。

「婚約者」

顔が。

一気に。

熱くなった。

「……無理」

自分で。

言ったのに。

恥ずかしい。

でも。

笑ってしまう。

私は。

幸せ。

そう。

はっきり。

言える。

一度目の人生を。

消したからじゃない。

夫だった人を。

否定したからでもない。

子どもたちを。

置いてきたからでもない。

全部。

大切にしたまま。

新しい未来を。

選んだ。

私は。

ようやく。

理解した。

幸せになるって。

誰かを。

捨てることじゃない。

何かを。

諦めることでもない。

自分の人生に。

大切なものを。

一つずつ。

増やしていくことなのかもしれない。

スマートフォンが。

震えた。

陽向。

『婚約者さん』

「……」

もう。

絶対。

調子に乗ってる。

『何ですか』

すぐ。

返信。

『好き』

私は。

笑った。

『私も』

送信。

そして。

左手のリングを。

そっと。

撫でた。

二度目の人生で。

私は。

初めて。

未来を。

誰かに。

任せるのではなく。

自分で。

選んだ。

この人と。

生きていきたい。

そう。

自分の意思で。

選んだ。

だから。

次は。

二人で。

考えていく。

結婚のこと。

仕事のこと。

子どもたちのこと。

そして。

まだ。

世間には。

言えない。

私たちの未来を。

どう。

堂々と。

生きていくのか。

――これは。

プロポーズで。

終わる物語じゃない。

ここから。

高瀬美月として。

本当に。

未来を作っていく。

私たちの。

新しい始まりだった。
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