目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~
第52話 俺、結婚します
「……無理」
陽向は。
楽屋の前で。
立ち止まっていた。
昨日。
マネージャーから。
言われた。
――明日、ASTER全員にお前から話せ。
そして。
今日。
その日が。
来てしまった。
「……」
ドアの向こうから。
いつもの。
笑い声が聞こえる。
何年も。
一緒にいる。
メンバー。
ライブ前も。
落ち込んだときも。
嬉しいときも。
ずっと。
同じ場所で。
走ってきた。
なのに。
ドアが。
開けられない。
「何してんの?」
突然。
後ろから。
声。
「うわっ!」
陽向が。
飛び上がる。
ASTERのメンバーの一人が。
不思議そうに。
見ている。
「入らないの?」
「入る!」
「じゃあ入れよ」
「心の準備!」
「楽屋入るだけで?」
「今日は違う!」
「何が?」
「それは……」
言えない。
ここで。
一人だけに。
先に言うのは。
違う。
「……とにかく」
陽向は。
深呼吸した。
「行く」
「何その顔」
「うるさい!」
そして。
ドアを。
開けた。
◇◇◇
「おはよー」
「おはよ」
「遅い」
「五分前だから!」
いつもの。
ASTER。
五人。
全員。
揃っている。
このあと。
番組収録。
その前の。
少しだけ。
空いた時間。
マネージャーが。
陽向を見る。
――今、言え。
その目。
「……」
陽向は。
座れない。
立ったまま。
「みんな」
「何?」
一人が。
お菓子を食べながら。
返事をする。
「ちょっと」
「話ある」
「何その改まった感じ」
「怖」
「また何か撮られた?」
「違う!」
「じゃあ何?」
四人の。
視線。
全部。
自分へ。
五人の子どもたちより。
怖い。
いや。
同じくらい。
怖い。
「俺」
「うん」
喉が。
乾く。
「……結婚します」
「……」
静寂。
一秒。
二秒。
三秒。
「は?」
最初に。
声が出た。
「……結婚?」
「うん」
「誰が?」
「俺」
「誰と?」
「……彼女」
「それは分かる!」
一気に。
楽屋が。
騒がしくなる。
「ちょっと待って!」
「プロポーズしたの!?」
「いつ!?」
「熱愛出たばっかだよな!?」
「マジ!?」
「お前!」
「一回黙って!」
陽向が。
両手を。
上げる。
でも。
誰も。
黙らない。
「相手って」
「この前の?」
「……うん」
「一ノ瀬紗良さん?」
その名前に。
陽向が。
一瞬。
止まる。
「……世間では」
「そう」
「世間では?」
空気が。
少し。
変わった。
しまった。
言い方。
「いや」
「そこは」
陽向が。
迷う。
どこまで。
話す?
美月のこと。
紗良の身体に。
高瀬美月が。
いること。
これは。
陽向だけの。
秘密じゃない。
美月の。
人生そのもの。
勝手に。
話していいことじゃない。
「とにかく」
「俺が」
「結婚したい人」
「……」
「その人に」
「プロポーズして」
「受けてもらった」
メンバーたちは。
それぞれ。
顔を見合わせた。
◇◇◇
最初に。
口を開いたのは。
以前。
陽向のスマートフォンを見て。
『それもう、家族になりたい顔してる』
と。
言ったメンバーだった。
「……おめでとう」
陽向の目が。
大きくなる。
「え?」
「いや」
少し。
笑う。
「まずそれだろ」
「……」
胸が。
熱くなる。
「ありがとう」
すると。
別のメンバーも。
「まあ」
「びっくりしたけど」
少し笑って。
「おめでとう」
「ありがとう」
「でも早!」
「そこは俺も思う!」
「自覚あるんかい!」
全員が。
笑った。
少しだけ。
肩の力が。
抜ける。
でも。
次の瞬間。
一人が。
真面目な顔になる。
「陽向」
「うん」
「本当に」
「考えた?」
その質問。
分かっていた。
「何を?」
「全部」
「……」
「お前一人の」
「話じゃないだろ」
楽屋が。
静かになる。
「ファン」
「グループ」
「スポンサー」
「仕事」
「……」
「一ノ瀬さん側の」
「仕事もある」
「うん」
「それで」
少し。
言葉を選ぶ。
「本当に」
「今なん?」
陽向は。
黙った。
責められているとは。
思わない。
むしろ。
当然の質問。
だから。
ちゃんと。
答えたい。
「結婚するって」
「今日明日」
「籍入れるって意味じゃない」
「……うん」
「まだ」
「時期も」
「公表も」
「何も決めてない」
「じゃあ」
「何でプロポーズした?」
「……」
陽向は。
少し。
考えた。
そして。
笑った。
「一緒に」
「考えたかったから」
「え?」
「結婚するかどうかを」
「俺一人で」
「ずっと考えるんじゃなくて」
「……」
「まず」
「美月と」
その名前が。
自然に。
出た。
「……美月?」
一人が。
眉を寄せる。
陽向が。
止まる。
「今」
「美月って言った?」
「……」
「一ノ瀬紗良さんじゃないの?」
「……」
しまった。
でも。
誤魔化すのも。
変。
陽向は。
大きく。
息を吐いた。
「その話」
「今は」
「全部は言えない」
メンバーたちが。
少し。
驚く。
「俺だけの」
「秘密じゃないから」
「……」
「でも」
「俺が」
「好きになった人は」
「俺の中では」
「美月」
「……」
「そこだけ」
「覚えといてほしい」
少し。
不思議そうな。
空気。
でも。
誰も。
それ以上。
踏み込まなかった。
長く。
一緒にいる。
だから。
分かる。
陽向が。
ふざけていない。
そして。
言えないことには。
理由がある。
「分かった」
一人が。
頷く。
「その人のことは」
「美月さんって」
「思っとけばいい?」
「……うん」
陽向が。
笑う。
「ありがとう」
◇◇◇
「で?」
別のメンバーが。
聞いた。
「一緒に考えたいから」
「プロポーズ?」
「うん」
「それ」
「どういう意味?」
陽向は。
ソファへ。
腰を下ろす。
「俺」
「前だったら」
「結婚したい!」
「じゃあする!」
「って」
「行ってたと思う」
マネージャーが。
無言で。
頷いた。
「そこ頷かなくていい!」
楽屋に。
少し。
笑い。
「でも」
陽向は。
続ける。
「美月って」
「俺より」
「いろんなもの」
「背負ってるから」
「……」
「仕事も」
「大事な家族も」
「過去も」
「……」
「それを」
「俺と結婚するために」
「捨ててほしくない」
メンバーたちが。
黙って。
聞いている。
「だから」
「結婚してくださいって」
「言ったけど」
「……」
「そこから」
「どういう形なら」
「二人とも」
「大事なもの守れるか」
「一緒に」
「考えようって」
「そういう意味」
一人が。
少し。
目を丸くした。
「……お前」
「何?」
「めちゃくちゃ」
「ちゃんとしてるじゃん」
「普段俺」
「どう思われてんの!?」
「勢い」
「テンション」
「ゲーム」
「アニメ」
「うるさい」
「ひど!」
全員が。
笑う。
◇◇◇
でも。
一番。
静かだったメンバーが。
ようやく。
口を開いた。
「俺」
「うん」
「正直」
少し。
間。
「怖い」
陽向が。
真っ直ぐ。
見る。
「何が?」
「グループ」
「……」
「結婚したら」
「お前のファン」
「離れるかもしれない」
「うん」
「ASTERの」
「売上」
「落ちるかもしれない」
「うん」
「仕事」
「減る可能性も」
「ある」
「……うん」
「俺ら」
「五人で」
「ここまで」
「来たじゃん」
陽向の胸が。
少し。
痛む。
「だから」
そのメンバーが。
言う。
「おめでとうって」
「思う気持ちと」
「簡単に」
「いいじゃん」
「って」
「言えない気持ち」
「両方ある」
静かだった。
でも。
陽向は。
少し。
嬉しかった。
ちゃんと。
言ってくれたから。
「……ありがとう」
「何で礼?」
「本音」
「言ってくれたから」
「……」
陽向が。
少し笑う。
「俺も」
「怖いよ」
メンバーたちが。
陽向を見る。
「ファンが」
「離れたら」
「嫌だし」
「うん」
「ASTERに」
「迷惑かかったら」
「嫌だし」
「……」
「結婚して」
「全部今まで通りです!」
「なんて」
「俺も思ってない」
「うん」
「だから」
陽向が。
少し。
前へ。
身を乗り出す。
「どうしたら」
「できるだけ」
「みんなを」
「大事にできるか」
「……」
「俺も」
「考えたい」
「でも」
少し。
声が。
弱くなる。
「だからって」
「美月と」
「別れるのは」
「違うと思ってる」
誰も。
口を挟まない。
「美月も」
「一回」
「俺のために」
「別れたほうがいいかもって」
「言った」
「……」
「俺」
「それ」
「めちゃくちゃ嫌だった」
「うん」
「俺のためって」
「言って」
「俺が一番嫌なこと」
「決められるの」
「嫌だった」
一人が。
小さく。
頷く。
「だから」
「ASTERのために」
「俺が」
「勝手に」
「結婚諦めましたって」
「決めるのも」
「違うだろ」
「……」
「みんなが」
「どう思うか」
「聞いて」
「俺がどうしたいかも」
「言って」
「それで」
少し。
笑う。
「一緒に」
「考えたい」
長い。
沈黙。
そして。
一人が。
ふっと。
笑った。
「……彼女に」
「影響されすぎ」
「え?」
「一人で決めないって」
「前のお前から」
「一番遠い言葉」
「そんな!?」
「だって」
別のメンバーが。
笑う。
「昔」
「ライブ演出」
「勝手に思いついて」
「朝四時に」
「グループLINE送ってきたじゃん」
「あれは!」
「しかも」
「俺これ絶対やりたい!」
「から始まってた」
「……」
「今」
「一緒に考えたい」
「になってる」
陽向が。
少し。
恥ずかしくなる。
「……悪い?」
「いや」
「いいと思う」
その言葉に。
陽向は。
顔を上げた。
◇◇◇
「俺は」
最初に。
おめでとう。
と言ったメンバーが。
口を開く。
「結婚」
「賛成」
「……」
「ただし」
「うん」
「ちゃんと」
「俺らにも」
「相談して」
「……うん」
「発表の時期とか」
「うん」
「グループへの影響とか」
「全部」
「分かった」
「それなら」
少し。
笑う。
「俺は」
「美月さんと」
「幸せになれって」
「言う」
陽向の。
目が。
熱くなる。
「ありがとう」
別のメンバーも。
手を。
上げる。
「俺も」
「ただ」
「ファンには」
「ちゃんと」
「向き合え」
「うん」
「嘘だけは」
「つくな」
「うん」
そして。
さっき。
怖いと。
言ったメンバー。
陽向は。
その人を見る。
「……」
少し。
間。
「俺は」
「まだ」
「怖い」
「うん」
「でも」
陽向を見る。
「お前が」
「結婚したいくらい」
「大事な人なんだろ?」
「うん」
即答。
「じゃあ」
「一回」
「会ってみたい」
「……え?」
「美月さん」
「……」
「お前が」
「そこまで」
「変わるくらいの人」
「どんな人か」
「知りたい」
陽向の顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「会う!?」
「いや」
「何でお前が」
「そんな嬉しそうなん」
「だって!」
陽向が。
身を乗り出す。
「美月」
「ASTERの」
「めちゃくちゃファンだから!」
「……」
しん。
四人。
全員。
止まる。
「……え?」
「あ」
また。
余計なこと。
言った。
「ファン?」
「……はい」
「誰推し?」
「……」
陽向が。
胸を張る。
「俺」
「うわ」
「急に腹立つ」
「なんで!」
「お前」
「推しと付き合って」
「結婚するの?」
「……はい」
「何その人生」
「俺も思う!」
全員が。
一気に。
騒ぎ始める。
「じゃあ」
「俺らに会うとき」
「普通に緊張する?」
「すると思う」
「面白」
「絶対会いたい」
「やめろ!」
陽向が。
慌てる。
「美月いじるなよ!」
「まだ会ってないのに」
「守り入るな」
「だって!」
いつもの。
ASTER。
陽向は。
笑った。
胸の。
奥にあった。
重いものが。
少しだけ。
軽くなった。
◇◇◇
その日の夜。
私は。
撮影から。
帰ったところだった。
主演ドラマ。
クランクイン。
朝から。
長い一日。
玄関を。
開けた瞬間。
「……疲れた」
ちゃんと。
口にする。
以前なら。
大丈夫。
って。
言っていた。
今は。
誰もいなくても。
疲れた。
と言える。
スマートフォン。
陽向から。
『電話できる?』
私は。
ソファへ。
座る。
『できるよ』
すぐ。
着信。
「もしもし」
『美月!』
元気。
「声大きい」
『ごめん』
「どうしたの?」
『今日』
少し。
間。
『ASTERに』
「……」
私は。
身体を。
起こした。
「話した?」
『うん』
「結婚のこと?」
『うん』
心臓が。
少し。
速くなる。
「……どうだった?」
陽向は。
すぐには。
答えない。
「陽向?」
『おめでとうって』
「……」
『言ってくれた』
胸が。
ふっと。
軽くなった。
「そっか」
『でも』
「うん」
『心配も』
『ちゃんと』
『言われた』
「……うん」
『ファンのこと』
『グループのこと』
『仕事のこと』
「うん」
『簡単に』
『全部いいじゃん』
『って』
『感じじゃなかった』
私は。
少し。
安心した。
「それでいいと思う」
『え?』
「だって」
私は。
ソファへ。
身体を預ける。
「みんなにとっても」
「人生に関わることだもん」
『……うん』
「陽向だけの」
「問題じゃない」
『うん』
「だから」
「ちゃんと」
「心配って」
「言ってくれる人がいるの」
「いいと思う」
電話の向こう。
少し。
静か。
『美月』
「何?」
『やっぱ』
「?」
『そういうとこ』
「何?」
『好き』
「急に?」
『いや』
少し。
笑う声。
『俺』
『最初』
『反対されたらどうしようって』
『思ってた』
「うん」
『でも』
『反対とか賛成とか』
『そういう二択じゃないんだよな』
「……うん」
『心配だけど』
『応援したいって』
『両方』
『あっていいんだなって』
私は。
少し。
笑った。
「そうだね」
◇◇◇
「それと」
陽向が。
急に。
少し。
楽しそうな声になる。
「何?」
『みんな』
『美月に』
『会いたいって』
「……」
私は。
固まった。
「誰が?」
『ASTER』
「……」
「え?」
『だから』
『メンバー四人』
「……」
数秒。
理解に。
時間がかかった。
「待って」
『うん』
「ASTER?」
『うん』
「全員?」
『うん』
「私が?」
『そう』
私は。
立ち上がった。
「無理!」
『ええ!?』
「無理無理無理!」
『なんで!?』
「だって!」
私は。
部屋を。
うろうろ。
歩く。
「陽向!」
『うん』
「私!」
『うん』
「ASTERの」
『うん』
「ファンなんだけど!」
『知ってる!』
「陽向だけじゃなくて!」
『知ってる!』
「全員」
「テレビで」
「何年も見てた人!」
『うん』
「その四人に!」
「陽向の!」
顔が。
一気に。
熱くなる。
「婚約者として!?」
『そう』
「無理!」
電話の向こう。
大爆笑。
『あはははっ!』
「笑わないで!」
『いや』
『美月が』
『五人の子どもに』
『俺紹介したとき』
『俺のこと』
『笑ってたじゃん!』
「今」
「気持ち分かった!」
『だろ!?』
「無理!」
『大丈夫』
「簡単に言わないで!」
『ごめん!』
もう。
心臓。
速い。
ASTER。
ずっと。
応援してきた。
陽向だけじゃない。
五人で。
笑って。
歌って。
ふざけて。
支え合って。
その姿を。
テレビ越しに。
何度も。
見てきた。
その人たちの前で。
私は。
一ノ瀬紗良としてではなく。
陽向が。
結婚したいと思った。
高瀬美月として。
会う。
「……陽向」
『何?』
「私」
「絶対」
「変なこと言う」
『大丈夫』
「だから」
「大丈夫って」
『じゃあ』
陽向が。
笑う。
『変なこと言っても』
『俺が一緒にいる』
「……」
胸が。
少し。
落ち着いた。
「それ」
「先に言って」
『ごめん』
「いつ?」
『来週』
「早い!」
『みんな楽しみにしてる』
「私はしてない!」
『嘘』
「……」
『ちょっと』
『楽しみでしょ?』
「……」
私は。
言葉に。
詰まる。
だって。
会いたい。
ファンとして。
ものすごく。
会いたい。
でも。
怖い。
「……少し」
『ほら』
「でも」
「すごく緊張する」
『うん』
「陽向」
『何?』
「絶対」
「隣にいてね」
陽向が。
一瞬。
黙った。
そして。
すごく。
優しい声。
『いるよ』
「……」
『婚約者なんで』
「それ」
「まだ慣れない」
『俺は慣れた』
「早い」
『むしろ』
少し。
嬉しそう。
『言いたい』
「外では言わないで」
『はい』
私は。
笑った。
◇◇◇
電話を。
切ったあと。
私は。
ソファに。
座り直す。
そして。
ふと。
思った。
不思議。
一度目の人生。
私は。
テレビの前で。
ASTERを。
見ていた。
陽向を。
見て。
笑って。
元気を。
もらっていた。
その。
画面の向こうにいた。
五人。
今度は。
その五人の中へ。
私は。
陽向の。
人生の。
大切な人として。
会いに行く。
「……人生」
「どうなってるの」
思わず。
笑った。
でも。
少し。
嬉しい。
子どもたちに。
陽向を。
紹介した。
今度は。
陽向が。
自分の大切な人たちへ。
私を。
紹介してくれる。
私だけが。
陽向の世界へ。
入れるんじゃない。
陽向も。
私の世界へ。
来てくれた。
お互いの。
大切なものを。
少しずつ。
知っていく。
それって。
きっと。
家族になる。
準備なのかもしれない。
そして。
一週間後。
私は。
人生で初めて。
『最推しの婚約者』として。
ASTERの。
四人と。
向き合うことになる。
――ただし。
その日。
緊張しすぎた私は。
会って三十秒で。
とんでもないことを。
口走ることになるのだった。
陽向は。
楽屋の前で。
立ち止まっていた。
昨日。
マネージャーから。
言われた。
――明日、ASTER全員にお前から話せ。
そして。
今日。
その日が。
来てしまった。
「……」
ドアの向こうから。
いつもの。
笑い声が聞こえる。
何年も。
一緒にいる。
メンバー。
ライブ前も。
落ち込んだときも。
嬉しいときも。
ずっと。
同じ場所で。
走ってきた。
なのに。
ドアが。
開けられない。
「何してんの?」
突然。
後ろから。
声。
「うわっ!」
陽向が。
飛び上がる。
ASTERのメンバーの一人が。
不思議そうに。
見ている。
「入らないの?」
「入る!」
「じゃあ入れよ」
「心の準備!」
「楽屋入るだけで?」
「今日は違う!」
「何が?」
「それは……」
言えない。
ここで。
一人だけに。
先に言うのは。
違う。
「……とにかく」
陽向は。
深呼吸した。
「行く」
「何その顔」
「うるさい!」
そして。
ドアを。
開けた。
◇◇◇
「おはよー」
「おはよ」
「遅い」
「五分前だから!」
いつもの。
ASTER。
五人。
全員。
揃っている。
このあと。
番組収録。
その前の。
少しだけ。
空いた時間。
マネージャーが。
陽向を見る。
――今、言え。
その目。
「……」
陽向は。
座れない。
立ったまま。
「みんな」
「何?」
一人が。
お菓子を食べながら。
返事をする。
「ちょっと」
「話ある」
「何その改まった感じ」
「怖」
「また何か撮られた?」
「違う!」
「じゃあ何?」
四人の。
視線。
全部。
自分へ。
五人の子どもたちより。
怖い。
いや。
同じくらい。
怖い。
「俺」
「うん」
喉が。
乾く。
「……結婚します」
「……」
静寂。
一秒。
二秒。
三秒。
「は?」
最初に。
声が出た。
「……結婚?」
「うん」
「誰が?」
「俺」
「誰と?」
「……彼女」
「それは分かる!」
一気に。
楽屋が。
騒がしくなる。
「ちょっと待って!」
「プロポーズしたの!?」
「いつ!?」
「熱愛出たばっかだよな!?」
「マジ!?」
「お前!」
「一回黙って!」
陽向が。
両手を。
上げる。
でも。
誰も。
黙らない。
「相手って」
「この前の?」
「……うん」
「一ノ瀬紗良さん?」
その名前に。
陽向が。
一瞬。
止まる。
「……世間では」
「そう」
「世間では?」
空気が。
少し。
変わった。
しまった。
言い方。
「いや」
「そこは」
陽向が。
迷う。
どこまで。
話す?
美月のこと。
紗良の身体に。
高瀬美月が。
いること。
これは。
陽向だけの。
秘密じゃない。
美月の。
人生そのもの。
勝手に。
話していいことじゃない。
「とにかく」
「俺が」
「結婚したい人」
「……」
「その人に」
「プロポーズして」
「受けてもらった」
メンバーたちは。
それぞれ。
顔を見合わせた。
◇◇◇
最初に。
口を開いたのは。
以前。
陽向のスマートフォンを見て。
『それもう、家族になりたい顔してる』
と。
言ったメンバーだった。
「……おめでとう」
陽向の目が。
大きくなる。
「え?」
「いや」
少し。
笑う。
「まずそれだろ」
「……」
胸が。
熱くなる。
「ありがとう」
すると。
別のメンバーも。
「まあ」
「びっくりしたけど」
少し笑って。
「おめでとう」
「ありがとう」
「でも早!」
「そこは俺も思う!」
「自覚あるんかい!」
全員が。
笑った。
少しだけ。
肩の力が。
抜ける。
でも。
次の瞬間。
一人が。
真面目な顔になる。
「陽向」
「うん」
「本当に」
「考えた?」
その質問。
分かっていた。
「何を?」
「全部」
「……」
「お前一人の」
「話じゃないだろ」
楽屋が。
静かになる。
「ファン」
「グループ」
「スポンサー」
「仕事」
「……」
「一ノ瀬さん側の」
「仕事もある」
「うん」
「それで」
少し。
言葉を選ぶ。
「本当に」
「今なん?」
陽向は。
黙った。
責められているとは。
思わない。
むしろ。
当然の質問。
だから。
ちゃんと。
答えたい。
「結婚するって」
「今日明日」
「籍入れるって意味じゃない」
「……うん」
「まだ」
「時期も」
「公表も」
「何も決めてない」
「じゃあ」
「何でプロポーズした?」
「……」
陽向は。
少し。
考えた。
そして。
笑った。
「一緒に」
「考えたかったから」
「え?」
「結婚するかどうかを」
「俺一人で」
「ずっと考えるんじゃなくて」
「……」
「まず」
「美月と」
その名前が。
自然に。
出た。
「……美月?」
一人が。
眉を寄せる。
陽向が。
止まる。
「今」
「美月って言った?」
「……」
「一ノ瀬紗良さんじゃないの?」
「……」
しまった。
でも。
誤魔化すのも。
変。
陽向は。
大きく。
息を吐いた。
「その話」
「今は」
「全部は言えない」
メンバーたちが。
少し。
驚く。
「俺だけの」
「秘密じゃないから」
「……」
「でも」
「俺が」
「好きになった人は」
「俺の中では」
「美月」
「……」
「そこだけ」
「覚えといてほしい」
少し。
不思議そうな。
空気。
でも。
誰も。
それ以上。
踏み込まなかった。
長く。
一緒にいる。
だから。
分かる。
陽向が。
ふざけていない。
そして。
言えないことには。
理由がある。
「分かった」
一人が。
頷く。
「その人のことは」
「美月さんって」
「思っとけばいい?」
「……うん」
陽向が。
笑う。
「ありがとう」
◇◇◇
「で?」
別のメンバーが。
聞いた。
「一緒に考えたいから」
「プロポーズ?」
「うん」
「それ」
「どういう意味?」
陽向は。
ソファへ。
腰を下ろす。
「俺」
「前だったら」
「結婚したい!」
「じゃあする!」
「って」
「行ってたと思う」
マネージャーが。
無言で。
頷いた。
「そこ頷かなくていい!」
楽屋に。
少し。
笑い。
「でも」
陽向は。
続ける。
「美月って」
「俺より」
「いろんなもの」
「背負ってるから」
「……」
「仕事も」
「大事な家族も」
「過去も」
「……」
「それを」
「俺と結婚するために」
「捨ててほしくない」
メンバーたちが。
黙って。
聞いている。
「だから」
「結婚してくださいって」
「言ったけど」
「……」
「そこから」
「どういう形なら」
「二人とも」
「大事なもの守れるか」
「一緒に」
「考えようって」
「そういう意味」
一人が。
少し。
目を丸くした。
「……お前」
「何?」
「めちゃくちゃ」
「ちゃんとしてるじゃん」
「普段俺」
「どう思われてんの!?」
「勢い」
「テンション」
「ゲーム」
「アニメ」
「うるさい」
「ひど!」
全員が。
笑う。
◇◇◇
でも。
一番。
静かだったメンバーが。
ようやく。
口を開いた。
「俺」
「うん」
「正直」
少し。
間。
「怖い」
陽向が。
真っ直ぐ。
見る。
「何が?」
「グループ」
「……」
「結婚したら」
「お前のファン」
「離れるかもしれない」
「うん」
「ASTERの」
「売上」
「落ちるかもしれない」
「うん」
「仕事」
「減る可能性も」
「ある」
「……うん」
「俺ら」
「五人で」
「ここまで」
「来たじゃん」
陽向の胸が。
少し。
痛む。
「だから」
そのメンバーが。
言う。
「おめでとうって」
「思う気持ちと」
「簡単に」
「いいじゃん」
「って」
「言えない気持ち」
「両方ある」
静かだった。
でも。
陽向は。
少し。
嬉しかった。
ちゃんと。
言ってくれたから。
「……ありがとう」
「何で礼?」
「本音」
「言ってくれたから」
「……」
陽向が。
少し笑う。
「俺も」
「怖いよ」
メンバーたちが。
陽向を見る。
「ファンが」
「離れたら」
「嫌だし」
「うん」
「ASTERに」
「迷惑かかったら」
「嫌だし」
「……」
「結婚して」
「全部今まで通りです!」
「なんて」
「俺も思ってない」
「うん」
「だから」
陽向が。
少し。
前へ。
身を乗り出す。
「どうしたら」
「できるだけ」
「みんなを」
「大事にできるか」
「……」
「俺も」
「考えたい」
「でも」
少し。
声が。
弱くなる。
「だからって」
「美月と」
「別れるのは」
「違うと思ってる」
誰も。
口を挟まない。
「美月も」
「一回」
「俺のために」
「別れたほうがいいかもって」
「言った」
「……」
「俺」
「それ」
「めちゃくちゃ嫌だった」
「うん」
「俺のためって」
「言って」
「俺が一番嫌なこと」
「決められるの」
「嫌だった」
一人が。
小さく。
頷く。
「だから」
「ASTERのために」
「俺が」
「勝手に」
「結婚諦めましたって」
「決めるのも」
「違うだろ」
「……」
「みんなが」
「どう思うか」
「聞いて」
「俺がどうしたいかも」
「言って」
「それで」
少し。
笑う。
「一緒に」
「考えたい」
長い。
沈黙。
そして。
一人が。
ふっと。
笑った。
「……彼女に」
「影響されすぎ」
「え?」
「一人で決めないって」
「前のお前から」
「一番遠い言葉」
「そんな!?」
「だって」
別のメンバーが。
笑う。
「昔」
「ライブ演出」
「勝手に思いついて」
「朝四時に」
「グループLINE送ってきたじゃん」
「あれは!」
「しかも」
「俺これ絶対やりたい!」
「から始まってた」
「……」
「今」
「一緒に考えたい」
「になってる」
陽向が。
少し。
恥ずかしくなる。
「……悪い?」
「いや」
「いいと思う」
その言葉に。
陽向は。
顔を上げた。
◇◇◇
「俺は」
最初に。
おめでとう。
と言ったメンバーが。
口を開く。
「結婚」
「賛成」
「……」
「ただし」
「うん」
「ちゃんと」
「俺らにも」
「相談して」
「……うん」
「発表の時期とか」
「うん」
「グループへの影響とか」
「全部」
「分かった」
「それなら」
少し。
笑う。
「俺は」
「美月さんと」
「幸せになれって」
「言う」
陽向の。
目が。
熱くなる。
「ありがとう」
別のメンバーも。
手を。
上げる。
「俺も」
「ただ」
「ファンには」
「ちゃんと」
「向き合え」
「うん」
「嘘だけは」
「つくな」
「うん」
そして。
さっき。
怖いと。
言ったメンバー。
陽向は。
その人を見る。
「……」
少し。
間。
「俺は」
「まだ」
「怖い」
「うん」
「でも」
陽向を見る。
「お前が」
「結婚したいくらい」
「大事な人なんだろ?」
「うん」
即答。
「じゃあ」
「一回」
「会ってみたい」
「……え?」
「美月さん」
「……」
「お前が」
「そこまで」
「変わるくらいの人」
「どんな人か」
「知りたい」
陽向の顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「会う!?」
「いや」
「何でお前が」
「そんな嬉しそうなん」
「だって!」
陽向が。
身を乗り出す。
「美月」
「ASTERの」
「めちゃくちゃファンだから!」
「……」
しん。
四人。
全員。
止まる。
「……え?」
「あ」
また。
余計なこと。
言った。
「ファン?」
「……はい」
「誰推し?」
「……」
陽向が。
胸を張る。
「俺」
「うわ」
「急に腹立つ」
「なんで!」
「お前」
「推しと付き合って」
「結婚するの?」
「……はい」
「何その人生」
「俺も思う!」
全員が。
一気に。
騒ぎ始める。
「じゃあ」
「俺らに会うとき」
「普通に緊張する?」
「すると思う」
「面白」
「絶対会いたい」
「やめろ!」
陽向が。
慌てる。
「美月いじるなよ!」
「まだ会ってないのに」
「守り入るな」
「だって!」
いつもの。
ASTER。
陽向は。
笑った。
胸の。
奥にあった。
重いものが。
少しだけ。
軽くなった。
◇◇◇
その日の夜。
私は。
撮影から。
帰ったところだった。
主演ドラマ。
クランクイン。
朝から。
長い一日。
玄関を。
開けた瞬間。
「……疲れた」
ちゃんと。
口にする。
以前なら。
大丈夫。
って。
言っていた。
今は。
誰もいなくても。
疲れた。
と言える。
スマートフォン。
陽向から。
『電話できる?』
私は。
ソファへ。
座る。
『できるよ』
すぐ。
着信。
「もしもし」
『美月!』
元気。
「声大きい」
『ごめん』
「どうしたの?」
『今日』
少し。
間。
『ASTERに』
「……」
私は。
身体を。
起こした。
「話した?」
『うん』
「結婚のこと?」
『うん』
心臓が。
少し。
速くなる。
「……どうだった?」
陽向は。
すぐには。
答えない。
「陽向?」
『おめでとうって』
「……」
『言ってくれた』
胸が。
ふっと。
軽くなった。
「そっか」
『でも』
「うん」
『心配も』
『ちゃんと』
『言われた』
「……うん」
『ファンのこと』
『グループのこと』
『仕事のこと』
「うん」
『簡単に』
『全部いいじゃん』
『って』
『感じじゃなかった』
私は。
少し。
安心した。
「それでいいと思う」
『え?』
「だって」
私は。
ソファへ。
身体を預ける。
「みんなにとっても」
「人生に関わることだもん」
『……うん』
「陽向だけの」
「問題じゃない」
『うん』
「だから」
「ちゃんと」
「心配って」
「言ってくれる人がいるの」
「いいと思う」
電話の向こう。
少し。
静か。
『美月』
「何?」
『やっぱ』
「?」
『そういうとこ』
「何?」
『好き』
「急に?」
『いや』
少し。
笑う声。
『俺』
『最初』
『反対されたらどうしようって』
『思ってた』
「うん」
『でも』
『反対とか賛成とか』
『そういう二択じゃないんだよな』
「……うん」
『心配だけど』
『応援したいって』
『両方』
『あっていいんだなって』
私は。
少し。
笑った。
「そうだね」
◇◇◇
「それと」
陽向が。
急に。
少し。
楽しそうな声になる。
「何?」
『みんな』
『美月に』
『会いたいって』
「……」
私は。
固まった。
「誰が?」
『ASTER』
「……」
「え?」
『だから』
『メンバー四人』
「……」
数秒。
理解に。
時間がかかった。
「待って」
『うん』
「ASTER?」
『うん』
「全員?」
『うん』
「私が?」
『そう』
私は。
立ち上がった。
「無理!」
『ええ!?』
「無理無理無理!」
『なんで!?』
「だって!」
私は。
部屋を。
うろうろ。
歩く。
「陽向!」
『うん』
「私!」
『うん』
「ASTERの」
『うん』
「ファンなんだけど!」
『知ってる!』
「陽向だけじゃなくて!」
『知ってる!』
「全員」
「テレビで」
「何年も見てた人!」
『うん』
「その四人に!」
「陽向の!」
顔が。
一気に。
熱くなる。
「婚約者として!?」
『そう』
「無理!」
電話の向こう。
大爆笑。
『あはははっ!』
「笑わないで!」
『いや』
『美月が』
『五人の子どもに』
『俺紹介したとき』
『俺のこと』
『笑ってたじゃん!』
「今」
「気持ち分かった!」
『だろ!?』
「無理!」
『大丈夫』
「簡単に言わないで!」
『ごめん!』
もう。
心臓。
速い。
ASTER。
ずっと。
応援してきた。
陽向だけじゃない。
五人で。
笑って。
歌って。
ふざけて。
支え合って。
その姿を。
テレビ越しに。
何度も。
見てきた。
その人たちの前で。
私は。
一ノ瀬紗良としてではなく。
陽向が。
結婚したいと思った。
高瀬美月として。
会う。
「……陽向」
『何?』
「私」
「絶対」
「変なこと言う」
『大丈夫』
「だから」
「大丈夫って」
『じゃあ』
陽向が。
笑う。
『変なこと言っても』
『俺が一緒にいる』
「……」
胸が。
少し。
落ち着いた。
「それ」
「先に言って」
『ごめん』
「いつ?」
『来週』
「早い!」
『みんな楽しみにしてる』
「私はしてない!」
『嘘』
「……」
『ちょっと』
『楽しみでしょ?』
「……」
私は。
言葉に。
詰まる。
だって。
会いたい。
ファンとして。
ものすごく。
会いたい。
でも。
怖い。
「……少し」
『ほら』
「でも」
「すごく緊張する」
『うん』
「陽向」
『何?』
「絶対」
「隣にいてね」
陽向が。
一瞬。
黙った。
そして。
すごく。
優しい声。
『いるよ』
「……」
『婚約者なんで』
「それ」
「まだ慣れない」
『俺は慣れた』
「早い」
『むしろ』
少し。
嬉しそう。
『言いたい』
「外では言わないで」
『はい』
私は。
笑った。
◇◇◇
電話を。
切ったあと。
私は。
ソファに。
座り直す。
そして。
ふと。
思った。
不思議。
一度目の人生。
私は。
テレビの前で。
ASTERを。
見ていた。
陽向を。
見て。
笑って。
元気を。
もらっていた。
その。
画面の向こうにいた。
五人。
今度は。
その五人の中へ。
私は。
陽向の。
人生の。
大切な人として。
会いに行く。
「……人生」
「どうなってるの」
思わず。
笑った。
でも。
少し。
嬉しい。
子どもたちに。
陽向を。
紹介した。
今度は。
陽向が。
自分の大切な人たちへ。
私を。
紹介してくれる。
私だけが。
陽向の世界へ。
入れるんじゃない。
陽向も。
私の世界へ。
来てくれた。
お互いの。
大切なものを。
少しずつ。
知っていく。
それって。
きっと。
家族になる。
準備なのかもしれない。
そして。
一週間後。
私は。
人生で初めて。
『最推しの婚約者』として。
ASTERの。
四人と。
向き合うことになる。
――ただし。
その日。
緊張しすぎた私は。
会って三十秒で。
とんでもないことを。
口走ることになるのだった。