儚く散った初恋は十二年の時を経て芽吹く 〜犬猿の仲だった御曹司と再会したら溺愛されました〜

変わりつつある心

 日差しが強まり、暖かな風が頬を撫でる。結月は空を見上げて、目を細めた。

(日本に帰ってきたときは肌寒かったのに……もう夏か)

 最近では暑く感じる日が増えた。時間が経つのは早いものだ。

 結月は小さく息をついて店内に戻り、テーブルを拭いた。仕事に行く前に、開店準備を手伝うのも、もう慣れた。

「結月、出勤前にコーヒーを飲みなさい」
「ありがとう」

 そう言って、祖母はカウンターにコーヒーが入ったマグカップを置いた。そしてその脇には豆乳が入った小さなミルクピッチャーがそえられている。

 煎りたての香り高い自家焙煎コーヒーは味が濃くて、自分には少し苦いので、豆乳をたっぷり入れて飲むのだ。

(あれから数週間経つのか……)

 結月はマグカップを手に取り、拓真のことを思い出し、クスリと笑った。

 拓真は相変わらず、毎日やって来てくる。いつしか一緒に夕食をとるのが当たり前になった。近頃は昔の夢を見なくなったし、拓真に対して嫌な気持ちも起こることなく、普通に接せられている。

(こうして側にいることが自然になっていくのね……)

 というより、最近の拓真の接し方が一番大きい気がする。
 彼は結月の休みのたびに、自分も休みを合わせてデートに誘ってくれたり、結月がよく眠れるように温かい飲み物を淹れてくれたりする。

 昨夜はハニージンジャーのホットミルクだった。ほんのり甘く香るはちみつと生姜の香りが、心を落ち着かせてくれた。それにポカポカと身体を温めてくれて、よく眠れたのだ。

(シナモンがいいアクセントになっていて、すごく美味しかったな。今夜も飲みたいかも)

 そう考えている自分に気づいて、結月は苦笑いした。

 拓真との時間は、楽しいから困る。この街に帰ってきたばかりの頃、拓真との思い出が悪夢を見せて睡眠不足になっていたのに、まさかそれを解消してくれるのが拓真本人だとは……。

 人との縁や関係はどう変わるか分からないものだ。

「おはようございます、結月」
「おはよう」

 コーヒーを飲んでいると、お店に拓真が入って来た。考えていた本人が現れてドギマギしたが、結月は心の内を隠して平然な顔で挨拶をした。

「結月はいつも早いですね」
「それは拓真くんもでしょう。わざわざ仕事前に寄ってくれなくて大丈夫なのに」
「いいんです。朝はここでお茶を飲まないと一日がスタートしたって気がしませんから」
「何それ」

 結月が困り顔で笑うと、彼が嬉しそうに笑う。その表情が一瞬可愛く見えて、結月は驚きとともに自分の頬を叩いた。

(やだもう。何考えてるのよ、私ったら。しっかりして!)

 だが、綺麗に整えられた黒髪に意志の強そうな瞳。その上すらりとして長身で、均整の取れた体躯。拓真は素晴らしくかっこよく育った。

「結月、急にどうしました?」

 結月の奇行にとても驚いた拓真に、結月は誤魔化すように笑い立ち上がった。

「ごめんなさい。私、そろそろ仕事に行かなきゃ! 遅れちゃう……!」

 わざとらしく大きな声を出して、結月はカフェを飛び出した。店を出るとき、祖母の「あらあら」と笑う声が聞こえた気がしたが、そんなこと気にしていられなかった。

 きっと彼女には結月の動揺や気持ちの変化がバレているのだろう。
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