儚く散った初恋は十二年の時を経て芽吹く 〜犬猿の仲だった御曹司と再会したら溺愛されました〜
 祖母からしたら、家族が遠くにいてなかなか会えないときに、孫の話ができる人は貴重だったのかもしれない。それに色々手伝ってくれるし……。

 困った顔をしている祖母の背中をさすり、結月は無理やり話題を変えた。そして当たり障りのない会話で、朝食を終える。
 そして食器を片づけながら、開店準備について教えてもらった。

「あ。じゃあ、今後は私が店内やお店の前の掃除をするよ。おばあちゃん、毎日じゃ大変でしょう」
「ありがとう、助かるわ」
「早く帰って来られる日は、閉店後の片づけもするわ。重いものだって持てる。いっぱい手伝えるから拓真くんじゃなくて私を頼りにしてね」

 祖母には経営や調理などに専念して、ほかのことは拓真ではなく自分に任せてほしい。

 結月は胸をドンッと叩いて笑い、一階にある店のほうにおりた。昔と変わらない木のぬくもりを感じる温かみのあるカフェだ。

(懐かしいな……)

 ドアにうさぎのイラストが描かれている。これは、祖母が卯年なので、祖父がドアに描いたのだ。うさぎは縁起のいい動物なので、それにあやかりたいという思いも込められているらしい。

(私もこのうさぎにあやかって、これからは前を向いていきたいわ)

 ドアの絵にそっと触れる。祖父が、祖母を想って描いたイラストは、決して上手とは言えないけれど、温かみと味がある一度見たら心に残る絵だ。

「あ、桜」

 ドアを開けて店まわりの掃除をはじめたとき、不意に桜の花びらが手の上に落ちてきた。

 花びらは穏やかな春の風に乗って、ふわりと舞っている。そのまま視線を動かすと、碓氷文具に向かう道が真っ直ぐとのびていた。

「謝られたからって……はいそうですかって頷けるほど、簡単なものじゃないのよ」

 許す、許さないの二択なら、もっと気が楽だっただろう。でも人間の心はそんな単純にはできていない。容易く答えなど出せないのだ。

(会って文句を言ってやりたいって息巻いていたけど……実際会えたからって、昔のように言い合えないのよ)

 素直な気持ちがぽつりと言葉の形を取って漏れ出る。

 自分たち家族が側にいないときに、祖母を気にかけてくれたのは助かるが、自分と拓馬の間には大きな溝がある。それは一朝一夕で埋められるものではない。過去を水に流して笑えるほど大人にはなれない。

(私だって昔に戻れたらどんなにいいか……)

 それとも昔にこだわっているからいけないのだろうか。うさぎのように、前を向いてぴょんぴょん進めば、心は穏やかでいられるのだろうか。

 落ち込む結月の耳に、鳥のさえずりが聞こえてくる。暖かく穏やかな風が、まるで結月を励ましてくれているようだった。
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