僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。

「私、トラウマなんてありません」
「そっか、まぁ、とりあえずいったんそれを読んでみて、思ったこと、話したいと思ったらなんでもいい、話してみて。」

 そう言われて、私はパンフレットに目を落とした。
 
 パンフレットにざっと目を通したあと、なんとなく、思い当たることがいくつかあって、心にすとんと落ちる感覚を覚えた。

「神田先生」

 腑に落ちたものを外に出したくなって、声をかけた。

「なに?」
「変なんです。こう、みぞおちの奥がぬるくて、少しずつ温度を上げてくるような感じがして。吐き気とも少し違って」

 うまく説明できず、手を揉んでは広げるを繰り返し続ける。

「どのあたりを読んでそう感じ始めた?」
「ボーっとしている、忘れたり、思い出せないことがある、不安で集中できない、小さな物音に驚いたり(※1)……でも、本当に、私にはトラウマなんてないんです!」

 パンフレットを膝に置いて、神田先生に訴えかけた。

「……少しくだいて説明を加えるわね。トラウマになるような出来事を見聞きするだけでも、似たようなことが起きるの」
「見聞きするだけで?」
「見聞きするだけで。私も初めて知ったときはとても驚いたわ。大学時代はまだ、今よりトラウマの分野自体が発展していなかったのもあって、体にも影響を及ぼして、時には生活に支障をきたすなんて知らなかったも同然でね……」

 神田先生はコーヒーを一口飲んで、ふぅと一息ついた。
 淹れたてのコーヒーの香りが、鼻を通り抜けていく。

「でもね、佐々木さんがどこまで知っているかはわからないけれど、この国では今までにさまざまな災害が起きているでしょう? そういうとき、人間の心や体にはさまざまな反応が起きるの。事件や事故に遭ったり、巻き込まれたりしたときもそう」

 さまざまな災害が起きて、多くの被害が出るたび、テレビや動画サイトでその内容が大々的に配信される。それに、今までも授業で震災の話になると、どの先生達もうまく説明できないようだったことを思い出す。その様子を見るたびに、これ以上は深入りできない、してはいけない、いわゆる世代間のあらゆる――差みたいなものを感じていた。

「そういえば一月から三月にかけて、震災に関するニュースとか多くなるなって感じてました。担任の先生とかに聞いても、ちゃんとは教えてもらえない、教えにくいことなのかもなって自然と私も避けがちになっていって」
「理由はわからないけれど、トラウマとは切っても切り離せない部分があった可能性はあったかもしれないし、なかったかもしれない。深入りすることでもっと傷つけてしまう可能性もあったとすれば、佐々木さんの行動や考えも、間違いではないと思う」

 神田先生のその言葉に胸をなでおろした。

「詳しい人たちのなかには、もっと日常のなかで、その個人にとっては衝撃的と感じる出来事のあとに起こりえるさまざまな症状を、トラウマとみて考える場合もあるんだけどね。まぁ、詳しいことは、佐々木さんが自分のペースで知っていくほうがいいかも」
「……」
「話を戻すと、今、佐々木さんのなかで起きていることは、何もおかしいことじゃないし、変なことでもない。人間が必死に生き延びようとする機能の正しい働き、それが今言えるすべてかな。きっと、校長先生もそういうことを伝えたかったのかもね」

 さてと、と神田先生はパソコンを閉じて立ち上がった。ドアを少し開けて体育館の様子を見ている。ドアを閉めると、私のほうを向いて、こちらに向かって歩いてきた。

「校長先生、だいぶ前に話し終わったみたい。教室、戻れそう?」
「はい」

 私はパンフレットをベッドに置いて立ち上がった。制服の乱れた部分を手で伸ばし、ちょうどいいところで終わりにしてドアに向かって歩き出した。そのとき、神田先生が「あ、ちょっと待って」とすれ違いざまに肩を軽く叩いてきた。
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