僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。


「あなたにとって家族とはなんですか」


 課題の内容文の一言目に、そう表示されていた。

 ずっと、目を逸らしてきていること。

 まるで、実習中に思い悩んで苦しくなってしまった私を、実習担当でもあるこの講義の教授に見透かされているみたいに思えて、おでこに熱が寄る。
 学科の先輩、後輩、同回生、なんなら自由選択科目として履修した他の学科の学生たちから、あの教授はこう呼ばれている。
 ――鬼。
 例外なく、私もそう称している。
 鬼でしかない。鬼そのものでしかない。

 夢を叶えるために突破しなければならない壁というか、固く閉ざされた門の前にいる門番というか、そういう存在に思えてしまって。

 私が天井を仰ぎながらうだうだとしていると、教授が私のところへすたすたと何も気に留めていないような足取りで歩いてきた。

「佐々木さん」

 教授は、肩に資料のようなものがたくさん入ったバッグをかけたまま、その重さをものともしないような素振りで私を見下ろしてくる。

「は、はい!」

 鬼に怯えてしまい、声が変に上ずってしまう。

「その顔だと、私が出した課題、すぐには答えを出せなさそうね」

 鬼に言い当てられてしまったと、私は俯いた。

「実習ではあんなにはつらつと、堂々と人と関われているなあと感心していたし、それに、私が古い知識のまま学習が止まっていた法律や制度の部分も、佐々木さんが教えてくれて助かったなとも思ったし」

 私がまだ、鬼を、ただの教授だととらえていた頃の話だ、それは。

「あのときは、私がまだ、なんていうか、怖いもの知らずで」

 ああ! と両手で口を押さえ、目を見開きながら、教授を見上げた。
 私の様子になのか、言動になのか、教授はぷはっと吹き出す。

「鬼……でしょ? 私のあだ名、愛称? 嬉しいけどねぇ」

 教授は少し困ったような顔で、顔を傾けた。

「嬉しい?」

 私は教授の放った言葉が理解できず、どういうことなのかと考えることに必死になり、目の前に言葉の流星群が流れる。

「嬉しいわよ、学生たちに、私が存在を認知されているって証拠でしょ?」

 それでも " 鬼 " というあだ名をつけられること、嫌だとは思わないのだろうか。
 私が眉を八の字にさせて悩んでいると、教授が通路越しに隣に座ってきた。

「なんかね、勘違いさせているかもしれないから、あえて佐々木さんに話すけれど」
「私に?」

 驚いて、私はまた声が上ずる。

「実習を受けるための選抜試験のこと、覚えているかしら」

 去年の今頃に受けた、実習を受けられる人数を絞り込むための選抜試験のことだった。
 どうして、公認心理師の資格を取りたいのか、教授たちに訪ねられて、いろいろなことが脳裏によぎって、言葉が詰まったあの瞬間。冷汗が止まらなくなって、泣きそうになったこと。
 あれは、この教授を目の前にしたから起きた現象ではない、と今ならわかる。

 高校時代を突然、無意識に思い出したから起きた現象だと。

「覚えています」

 そう呟きながら、選抜試験で「児童心理司として、児童相談所で働きたい」と宣言したことを思い出す。

「いまだにわからないのよ。だって、児童心理司って、基本的には大学を卒業して、地方公務員試験を受けて採用されたらなれるものじゃない? わざわざ、時間とお金をかけてまで、公認心理師資格を取得したうえで児相に努めたいって言われたら驚くわよ、そりゃあもう。まあ、成績や姿勢自体に問題があるわけではないから合格させたはいいものの……」

 高校三年生の頃の三者面談、進路面談でも同じことを言われた。
 お母さんには、家で繰り返し「金食い虫」と言われて怒られた。
 それでも、公認心理師資格を取ったうえで、児童心理司になりたいと思うのは、

「子どもたちの " 今 " を支えて、その " 今 " を未来に繋げる、そういう仕事がしたいんです」

 私は教授の目をまっすぐ見つめて、そう伝えた。
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