『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』
足が止まった。
「……お父様?」
『はい』
一拍置いて。
志水さんが続ける。
『本日、綾乃お嬢様のお宅へ伺いたいとのことですが、ご都合はいかがでしょうか』
「今日?」
『はい』
「聞いてないんだけど」
電話の向こうで。
志水さんが、ほんの少し苦笑したような気配がした。
『旦那様らしいと申しますか……決まってから伝えればいい、と』
「本当に変わらない」
思わず笑ってしまった。
「今日は休みだから大丈夫。来て」
『では、午後三時半頃に。私もご一緒いたします』
「分かりました。待ってます」
電話を切ってから。
しばらくその場に立っていた。
今日。
本当に。
いろいろなことが動く。
朝。
佐知子さんに秘密を見抜かれた。
病院で。
赤ちゃんを見た。
そして。
父が戻ってくる。
一年半前。
日本へ帰ってきた時には。
まだ何も終わっていなかった。
戻ってきただけだった。
それから少しずつ生活が変わり。
人が戻り。
遼河さんとの関係まで変わった。
そして今日。
ずっと止まったままだと思っていた過去まで。
ようやく。
動き始めるのかもしれない。
*
午後三時半を少し回った頃。
インターホンが鳴った。
「いらっしゃいましたね」
今日は予定を延ばして残ってくれていた佐知子さんが。
キッチンから顔を出す。
「うん」
返事をしたものの。
すぐには立てなかった。
モニターを見る。
志水さん。
そして。
その隣に。
父がいた。
「……お父様」
隣へ来た佐知子さんも。
画面を見た瞬間、わずかに息を呑んだ。
「……旦那様」
エントランスを解錠する。
やがて。
玄関のチャイムが鳴った。
扉を開ける。
父が。
そこに立っていた。
「久しぶりだな」
いつもの声だった。
少しだけ笑う顔も変わらない。
でも。
やっぱり痩せて。
以前より頬が落ちている。
長い治療が簡単なものではなかったことくらい。
何も聞かなくても分かった。
それでも。
私を見る目も。
背筋を伸ばして立つ姿も。
昔と変わらなかった。
「……何だ、その顔は」
「だって」
言葉が詰まる。
「もっと弱ってるかと思った」
「帰ってきた人間に最初に言う言葉か?」
「心配したんだもん」
「元気になったから来たんだ」
その一言を聞いた瞬間。
胸の奥で、ずっと張っていたものが。
ふっと緩んだ。
「……おかえりなさい」
やっと言えた。
父の目が。
柔らかく細められる。
「ああ。ただいま、綾乃」
その声を聞いた途端。
駄目だった。
目の奥が熱くなる。
「何で泣く」
「泣いてない」
「泣いてるだろ」
「見ないで」
「目の前にいるのに無理だろう」
そんな言い合いさえ。
懐かしく思えた。
気づけば一歩。
父へ近づいていた。
大きな手が。
そっと頭へ触れる。
子どもの頃から。
変わらない手だった。
「心配かけたな」
「……本当だよ」
「悪かった」
その時。
後ろから、小さく鼻を啜る音がした。
佐知子さんだった。
父も気づいて、そちらを見る。
「佐知子さん」
「……はい」
「留守の間、ありがとう」
佐知子さんは。
すぐには答えなかった。
目元を押さえ。
それから少しだけ、父を睨む。
「遅いです、旦那様」
父が小さく笑った。
「そうだな」
「本当に……」
声を詰まらせながらも。
佐知子さんは、きちんと頭を下げた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「ああ。ただいま」
「……お父様?」
『はい』
一拍置いて。
志水さんが続ける。
『本日、綾乃お嬢様のお宅へ伺いたいとのことですが、ご都合はいかがでしょうか』
「今日?」
『はい』
「聞いてないんだけど」
電話の向こうで。
志水さんが、ほんの少し苦笑したような気配がした。
『旦那様らしいと申しますか……決まってから伝えればいい、と』
「本当に変わらない」
思わず笑ってしまった。
「今日は休みだから大丈夫。来て」
『では、午後三時半頃に。私もご一緒いたします』
「分かりました。待ってます」
電話を切ってから。
しばらくその場に立っていた。
今日。
本当に。
いろいろなことが動く。
朝。
佐知子さんに秘密を見抜かれた。
病院で。
赤ちゃんを見た。
そして。
父が戻ってくる。
一年半前。
日本へ帰ってきた時には。
まだ何も終わっていなかった。
戻ってきただけだった。
それから少しずつ生活が変わり。
人が戻り。
遼河さんとの関係まで変わった。
そして今日。
ずっと止まったままだと思っていた過去まで。
ようやく。
動き始めるのかもしれない。
*
午後三時半を少し回った頃。
インターホンが鳴った。
「いらっしゃいましたね」
今日は予定を延ばして残ってくれていた佐知子さんが。
キッチンから顔を出す。
「うん」
返事をしたものの。
すぐには立てなかった。
モニターを見る。
志水さん。
そして。
その隣に。
父がいた。
「……お父様」
隣へ来た佐知子さんも。
画面を見た瞬間、わずかに息を呑んだ。
「……旦那様」
エントランスを解錠する。
やがて。
玄関のチャイムが鳴った。
扉を開ける。
父が。
そこに立っていた。
「久しぶりだな」
いつもの声だった。
少しだけ笑う顔も変わらない。
でも。
やっぱり痩せて。
以前より頬が落ちている。
長い治療が簡単なものではなかったことくらい。
何も聞かなくても分かった。
それでも。
私を見る目も。
背筋を伸ばして立つ姿も。
昔と変わらなかった。
「……何だ、その顔は」
「だって」
言葉が詰まる。
「もっと弱ってるかと思った」
「帰ってきた人間に最初に言う言葉か?」
「心配したんだもん」
「元気になったから来たんだ」
その一言を聞いた瞬間。
胸の奥で、ずっと張っていたものが。
ふっと緩んだ。
「……おかえりなさい」
やっと言えた。
父の目が。
柔らかく細められる。
「ああ。ただいま、綾乃」
その声を聞いた途端。
駄目だった。
目の奥が熱くなる。
「何で泣く」
「泣いてない」
「泣いてるだろ」
「見ないで」
「目の前にいるのに無理だろう」
そんな言い合いさえ。
懐かしく思えた。
気づけば一歩。
父へ近づいていた。
大きな手が。
そっと頭へ触れる。
子どもの頃から。
変わらない手だった。
「心配かけたな」
「……本当だよ」
「悪かった」
その時。
後ろから、小さく鼻を啜る音がした。
佐知子さんだった。
父も気づいて、そちらを見る。
「佐知子さん」
「……はい」
「留守の間、ありがとう」
佐知子さんは。
すぐには答えなかった。
目元を押さえ。
それから少しだけ、父を睨む。
「遅いです、旦那様」
父が小さく笑った。
「そうだな」
「本当に……」
声を詰まらせながらも。
佐知子さんは、きちんと頭を下げた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「ああ。ただいま」