『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』
部屋の空気が。

変わった。

「お嬢様が日本を離れられる以前からのことも。その後のことも。現在へ繋がっているものも。こちらで確認できる限り、繋がっております」

志水さんが父を見る。

「そして昨日。こちらで追っていた最後の確認も取れました」

「……最後の確認?」

聞き返す。

父は答えず。

テーブルの資料へ視線を落とした。

「綾乃」

「うん」

「お前はずっと、早紀子と蘭の問題だと思っていただろう」

「……違うの?」

父は。

すぐには答えなかった。

その沈黙が。

何より怖かった。

「違った」

低い声だった。

「私も最初は、あの二人を追えば全部終わると思っていた。だが、調べれば調べるほど、別のものが出てきた」

関係がないと思っていたものが繋がり。

その先から。

さらに別のものが出てくる。

「……他にもいるの?」

父の目が。

わずかに細くなる。

「それは、今は言わない」

「ここまで話して?」

「ああ」

「気になるでしょう!」

「だろうな」

「お父様!」

「悪い」

全く悪いと思っていない顔だった。

佐知子さんが。

堪えきれないように小さく笑う。

「旦那様。それは綾乃お嬢様がお気の毒です」

「断片だけ話しても、余計に混乱させる」

「もう十分混乱してるんだけど」

そう言うと。

父の口元が、わずかに上がった。

でも。

その笑みはすぐに消えた。

「だから、揃えた」

父が。

一冊のファイルへ手を置く。

「早紀子と蘭だけじゃない。その先まで追った」

「……全部?」

「少なくとも、こちらから動くために必要なものはな」

「決着をつけられるの?」

今度は。

父は迷わなかった。

「ああ」

父の視線が。

志水さんへ向く。

「間違いないな?」

「はい、旦那様」

志水さんが深く頷いた。

「進められます」

その言葉を聞いて。

佐知子さんが、ゆっくり息を吐いた。

「……ようやくですね」

父が佐知子さんを見る。

「長かったな」

「本当に」

佐知子さんは笑った。

でも。

その目は少しだけ潤んでいた。

六年半ほど前。

私と慎ちゃんが日本を離れた。

私は何も知らないまま。

国外で五年を過ごした。

一年半前に帰国してからも。

過去は、すぐには終わらなかった。

父は治療を続け。

志水さんたちは動き続け。

遼河さんも。

ジュリアンも。

そして。

慎ちゃんも。

それぞれ別の場所にいながら。

ずっと同じ一点へ向かっていたのだ。

ようやく今日。

そのすべてが。

一つの場所へ集まり始めた。

父はしばらく誰も見ず。

テーブルの上に並んだ資料だけを見つめていた。

やがて。

一番上のファイルを手に取る。

数ページだけ。

確認するようにゆっくりめくり。

静かに閉じた。

ぱたん、と。

小さな音がした。

何かが終わった音ではなかった。

むしろ。

長い間。

止まっていたものが。

ようやく動き始める音のように聞こえた。

「さて」

父が顔を上げる。

その目には。

もう迷いがなかった。

長い時間をかけ。

失ったものも。

悔やんだものも。

全部抱えた上で。

それでも前へ進むと決めた人の目だった。

「随分、待たせたな」

誰に向けた言葉なのかは。

分からない。

私へなのか。

慎ちゃんへなのか。

佐知子さんや志水さんへなのか。

それとも。

六年半もの間。

止まったままだった時間そのものへなのか。

父の口元が。

ほんのわずかに上がった。

そして。

静かに。

迷いなく言った。

「――退治の時間だ」
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