『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』
全員の視線がこちらへ集まる。

父が眉を寄せる。

「まだ何かあるのか?」

慎二が嫌そうな顔をした。

「姉ちゃん、もう事件はいらないよ」

「事件じゃない」

「じゃあ何」

「私たちのこと」

「余計怖いんだけど」

真崎が吹き出しそうになるのを堪えている。

私は遼河さんと顔を見合わせた。

今日。

この場所へ来る前に。

病院へ行った。

まだ小さくて。

本当に小さくて。

でも確かに。

私のお腹の中にいる。

私たちが選んだ未来。

私はそっと自分のお腹へ手を添えた。

「今日、受診してきました」

父の表情が止まる。

母も。

慎二も。

ジュリアンも。

全員が私を見ている。

隣で遼河さんが私の肩を抱いた。

私は笑った。

「私たち、子どもを授かりました」

――静寂。

一秒。

二秒。

三秒。

「……は?」

最初に声を出したのは慎二だった。

父が立ち上がる。

「綾乃」

「順調です」

慌てて付け加える。

「今日、ちゃんと診てもらいました。今のところ問題ないって」

「いつ分かった!」

「お父さん、声大きい」

「遼河!」

「なぜ俺なんですか」

「お前以外に誰がいる!」

「父親ですから俺ですけど」

「そういう意味じゃない!」

「じゃあどういう意味です?」

「藤和CEO」

ジュリアンが肩を震わせている。

「今そこ詰める?」

母は両手で口元を覆っていた。

「綾乃……本当に?」

「うん」

その瞬間。

母にもう一度抱きしめられた。

「おめでとう……!」

トーマスも満面の笑みを浮かべている。

「Congratulations!」

「ありがとう」

慎二はまだ固まっている。

「俺……叔父さん?」

「そうなるね」

「十八で?」

「年齢は関係ないでしょ」

「ちょっと待って。心の準備が」

「あと何か月もあるよ」

「そういう問題じゃなくて!」

真崎が慎二の肩を叩く。

「諦めろ」

「何を?」

「叔父さん」

「真崎さんに言われたくない」

「なぜだ」

充さんまで笑っている。

父だけは。

まだ遼河さんを睨んでいた。

「遼河」

「はい」

「話がある」

「後日でお願いします」

「今だ」

「綾乃を休ませたいので」

父が黙る。

強い。

さすが遼河さん。

こういう時でも一歩も引かない。

そして彼は、私のバッグを持つと当然のように私の手を取った。

「帰るぞ」

「え?」

「今日はもう終わりだ」

「でも」

「受診したばかりだろ」

「元気だけど」

「知ってる。それでも帰る」

父がまだ何か言いたそうにしている。

慎二も。

母も。

ジュリアンも。

真崎も。

みんな一斉に話し始めて、さっきまであれほど重苦しかった大会議室が、嘘みたいに騒がしくなった。

私は思わず笑ってしまった。

十五年。

長かった。

傷ついて。

逃げて。

忘れたふりをして。

それでも忘れられなくて。

日本へ戻ってきた。

帰ってきてからも、怖かった。

何度も過去に引き戻された。

それでも。

隣には遼河さんがいた。

慎二がいた。

私を守ろうとしてくれる人たちがいた。

そして今。

私のお腹の中には。

新しい命がいる。

遼河さんが扉を開けた。

私は一度だけ振り返った。

父。

母。

慎二。

真崎。

ジュリアン。

トーマス。

充さん。

そして。

長い年月の果てに、ようやく暴かれたすべての真実。

早紀子も。

蘭も。

直政も。

志織も。

長谷川も。

もう。

私を縛るものではない。

過去は消えない。

傷もなかったことにはならない。

だけど。

私の人生は。

もう、あの人たちのものじゃない。

「綾乃?」

廊下から遼河さんが呼ぶ。

私は前を向いた。

「今行く」

彼の隣へ並ぶ。

すると遼河さんが、当たり前のように私の手を握った。

温かい。

私はその手を握り返した。

「終わったね」

そう言うと。

遼河さんは少しだけ考えてから、首を振った。

「違う」

「え?」

「終わったんじゃない」

彼の視線が、私のお腹へ落ちる。

そして。

優しく笑った。

「俺たちは、これから始まる」

胸の奥が、じんわりと温かくなった。

「……そうだね」

エレベーターの扉が開く。

二人で乗り込み。

遼河さんが一階のボタンを押した。

ゆっくりと扉が閉じていく。

最後に見えたのは。

眩しいほどの午後の光だった。

十五年前。

あの日からずっと続いていた因縁は。

今日。

ようやく終わった。

そして――。

私たちが選んだ未来は。

ここから始まる。
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