『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』
第五話 ――冷徹CEOの意外な素顔――
入社二日目。
午前七時五十分。
KSサイエンスの地下駐車場へ車を滑り込ませながら、私は小さく息を吐いた。
昨日より、ほぼ三十分も早い。
理由は簡単。
昨夕、遼河さんに言われたからだ。
『明日の予定を全部組み直せ』
あの一言のおかげで、帰宅してからも頭の中ではずっと予定表が回っていた。
もちろん、仕事そのものを家へ持ち帰ったわけではない。
機密資料は社外へ出せない。
ただ。
あの会議をここへ移して。
移動時間を確保して。
海外との時差を考えたら、この案件は午前中。
昼食時間も最低三十分は確保して――。
考え始めたら止まらなくなった。
「完全に仕事人間の思考になってる……」
車を指定されたスペースへ停める。
昨日とは違い、今日は迎えなど必要ない。
社員証もある。
入館方法も分かった。
何より。
CEO自ら地下駐車場で待ち構えられる心配もない。
車を降り、社員用エレベーターへ向かう。
「今日は平和に始まりそう」
そう思った。
――甘かった。
CEOフロアへ到着し、秘書課のデスクへ向かった瞬間。
「おはよう、鷹宮さん」
城之内さんが声をかけてきた。
「おはようございます」
「早いですね」
「昨日、予定を組み直すよう言われましたので、念のため早めに」
「なるほど」
城之内さんが、少しだけ遠い目をした。
「藤和CEOの洗礼を受けましたね」
「洗礼……」
「本人は無茶を言っているつもりがないので、余計に厄介なんです」
ですよね。
危うく全力で頷きそうになった。
「鷹宮さん」
「はい」
「今、同意しかけました?」
「しておりません」
「そうですか」
絶対にばれてる。
自分のデスクへ向かい、業務端末を立ち上げる。
昨日組み直した予定を最終確認する。
八時三十分。
経営戦略会議。
十時。
国内開発部門レビュー。
十一時。
欧州支社とのオンライン会議。
十二時。
昼食。
十三時。
M&A案件事前協議。
十五時。
大手通信企業との商談。
十七時。
役員会。
十九時。
会食。
昨日よりは。
ほんの少しだけ余白がある。
本当に、ほんの少しだけだけど。
「これなら昨日よりマシ……」
「何がマシなんだ?」
背後から声がした。
「っ!」
振り返る。
遼河さんが立っていた。
「藤和CEO。おはようございます」
「ああ」
「いつからそこに?」
「今来た」
絶対嘘。
また独り言を聞かれた気がする。
「予定を見せろ」
「はい」
端末を渡す。
遼河さんの目が、上から下まで素早く動く。
数秒。
「昼が三十分ある」
「あります」
「昨日は十五分だった」
「昨日が短すぎたんです」
「十五分あれば食べられる」
「食べられるかどうかではありません」
遼河さんが顔を上げる。
「午後の判断力を落とさないためにも、最低限の休憩は必要です。移動時間も昨日より余裕を持たせました」
「会議が延びたら?」
「そのための余白です」
「十五時の商談前に三十分空いているな」
「予備時間です。資料確認にも使えます」
「十九時の会食まで一時間」
「移動と着替えを含めています」
そこまで答えたところで。
遼河さんが端末を返した。
「問題ない」
「……それだけですか?」
「何がだ」
「昨日、全部組み直せと仰ったので」
「組み直せている」
「はい」
「なら問題ない」
褒めるでもなく。
文句を言うでもなく。
ただ、それだけ。
なのに。
なぜか少し嬉しい。
昨日から、何なの。
この感覚。
「それから」
嫌な予感。
「はい」
「コーヒー」
やっぱり。
「午前は十時前でしたよね」
「ああ」
「覚えています」
「ならいい」
「自分で淹れるという選択肢は?」
「ある」
「あるんですか」
「ああ」
「では――」
「だが、お前がいる」
そう来る?
「……専属秘書って、本当に何でもありなんですね」
「昨日理解しただろう」
「理解したくなかっただけです」
「聞こえているぞ」
「今日は聞こえるように言いました」
遼河さんの口元が、わずかに緩んだ。
「慣れてきたな」
「何にですか」
「俺に」
一瞬。
言葉が止まる。
さらっと言わないで。
「……仕事にです」
言い返す。
「そうか」
遼河さんは、それ以上何も言わず執務室へ入っていった。
午前七時五十分。
KSサイエンスの地下駐車場へ車を滑り込ませながら、私は小さく息を吐いた。
昨日より、ほぼ三十分も早い。
理由は簡単。
昨夕、遼河さんに言われたからだ。
『明日の予定を全部組み直せ』
あの一言のおかげで、帰宅してからも頭の中ではずっと予定表が回っていた。
もちろん、仕事そのものを家へ持ち帰ったわけではない。
機密資料は社外へ出せない。
ただ。
あの会議をここへ移して。
移動時間を確保して。
海外との時差を考えたら、この案件は午前中。
昼食時間も最低三十分は確保して――。
考え始めたら止まらなくなった。
「完全に仕事人間の思考になってる……」
車を指定されたスペースへ停める。
昨日とは違い、今日は迎えなど必要ない。
社員証もある。
入館方法も分かった。
何より。
CEO自ら地下駐車場で待ち構えられる心配もない。
車を降り、社員用エレベーターへ向かう。
「今日は平和に始まりそう」
そう思った。
――甘かった。
CEOフロアへ到着し、秘書課のデスクへ向かった瞬間。
「おはよう、鷹宮さん」
城之内さんが声をかけてきた。
「おはようございます」
「早いですね」
「昨日、予定を組み直すよう言われましたので、念のため早めに」
「なるほど」
城之内さんが、少しだけ遠い目をした。
「藤和CEOの洗礼を受けましたね」
「洗礼……」
「本人は無茶を言っているつもりがないので、余計に厄介なんです」
ですよね。
危うく全力で頷きそうになった。
「鷹宮さん」
「はい」
「今、同意しかけました?」
「しておりません」
「そうですか」
絶対にばれてる。
自分のデスクへ向かい、業務端末を立ち上げる。
昨日組み直した予定を最終確認する。
八時三十分。
経営戦略会議。
十時。
国内開発部門レビュー。
十一時。
欧州支社とのオンライン会議。
十二時。
昼食。
十三時。
M&A案件事前協議。
十五時。
大手通信企業との商談。
十七時。
役員会。
十九時。
会食。
昨日よりは。
ほんの少しだけ余白がある。
本当に、ほんの少しだけだけど。
「これなら昨日よりマシ……」
「何がマシなんだ?」
背後から声がした。
「っ!」
振り返る。
遼河さんが立っていた。
「藤和CEO。おはようございます」
「ああ」
「いつからそこに?」
「今来た」
絶対嘘。
また独り言を聞かれた気がする。
「予定を見せろ」
「はい」
端末を渡す。
遼河さんの目が、上から下まで素早く動く。
数秒。
「昼が三十分ある」
「あります」
「昨日は十五分だった」
「昨日が短すぎたんです」
「十五分あれば食べられる」
「食べられるかどうかではありません」
遼河さんが顔を上げる。
「午後の判断力を落とさないためにも、最低限の休憩は必要です。移動時間も昨日より余裕を持たせました」
「会議が延びたら?」
「そのための余白です」
「十五時の商談前に三十分空いているな」
「予備時間です。資料確認にも使えます」
「十九時の会食まで一時間」
「移動と着替えを含めています」
そこまで答えたところで。
遼河さんが端末を返した。
「問題ない」
「……それだけですか?」
「何がだ」
「昨日、全部組み直せと仰ったので」
「組み直せている」
「はい」
「なら問題ない」
褒めるでもなく。
文句を言うでもなく。
ただ、それだけ。
なのに。
なぜか少し嬉しい。
昨日から、何なの。
この感覚。
「それから」
嫌な予感。
「はい」
「コーヒー」
やっぱり。
「午前は十時前でしたよね」
「ああ」
「覚えています」
「ならいい」
「自分で淹れるという選択肢は?」
「ある」
「あるんですか」
「ああ」
「では――」
「だが、お前がいる」
そう来る?
「……専属秘書って、本当に何でもありなんですね」
「昨日理解しただろう」
「理解したくなかっただけです」
「聞こえているぞ」
「今日は聞こえるように言いました」
遼河さんの口元が、わずかに緩んだ。
「慣れてきたな」
「何にですか」
「俺に」
一瞬。
言葉が止まる。
さらっと言わないで。
「……仕事にです」
言い返す。
「そうか」
遼河さんは、それ以上何も言わず執務室へ入っていった。