『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』
一瞬。

意味が分からなかった。

言葉としては聞こえている。

けれど。

頭が、それを現実として受け入れない。

廊下の向こうでは、社員がいつもどおり歩いている。

遠くで電話が鳴って。

誰かが会議室から出てきて。

ガラス越しには、いつもと変わらないKSサイエンスの日常が広がっている。

それなのに。

私の周りだけ、音が遠くなった。

「……え?」

自分の声まで。

どこか別の場所から聞こえてくるようだった。

『今朝、意識を失われまして。現在は都内の大学病院へ入院されております』

「待って……」

気づけば、壁へ手をついていた。

「お父様が……倒れたの?」

確認するまでもない。

それでも、聞かずにはいられなかった。

『はい』

「今は?」

口の中が乾いていく。

「意識は? 話せるの?」

『意識は戻っておられます』

その一言に。

張り詰めていたものが、わずかに緩んだ。

よかった。

そう思った。

でも。

安心できたのは、ほんの一瞬だった。

――倒れた。

――意識を失った。

その事実そのものは、何も変わっていない。

そして。

頭の奥に。

一年前の記憶が、突然蘇った。

日本へ戻った日。

羽田空港。

後部座席に座っていた、お父様。

五年ぶりに直接会った父は、私が覚えていた姿より痩せていた。

頬が落ち。

顔色も冴えなくて。

以前にはなかった疲労の影があった。

私は、確かに聞こうとした。

――お父様、どうされたの。

でも。

バックミラー越しに志水さんと目が合った。

今は聞かないでください。

そう言われた気がして。

私は言葉をのみ込んだ。

あの時。

どうして、もっと聞かなかったのだろう。

帰国してからも。

気になることはあった。

以前より出張が増えたこと。

私が会いに行こうとしても、

『今日は都合が悪い』

そう断られることがあった。

鷹宮グループの代表なのだから。

忙しいのだろう。

そう思っていた。

いや。

――そう思いたかったのかもしれない。

「志水さん」

自分でも驚くほど、声が低くなった。

「早紀子さんは?」

電話の向こうに、短い沈黙が落ちた。

『ご存じありません』

「……え?」

「蘭は?」

『蘭様も、ご存じありません』

背中へ。

冷たいものが走った。

「どういうこと?」

『今回の件は、旦那様のご意向により、極秘扱いとなっております』

「極秘って……」

思わず眉を寄せる。

「倒れたことまで?」

『はい』

「でも」

声が強くなった。

「早紀子さんは、お父様の妻でしょう?」

好き嫌いの話ではない。

どんな関係であろうと。

法律上、妻なのだ。

なのに。

夫が倒れて。

入院までしていることを知らせない?

『鷹宮家には現在、旦那様は長期出張へ出られていることになっております』

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